第13話『肉の頂』
《ドンドンッ!!》
力強くノックをする。
おそらく奥にいるからこうでもしないと聞こえないだろう。
「……」
周囲を見やる。
ここら一体は全て畑だ。
そしてその中にポツンとこの古屋がある。
よく考えればやっぱりおかしいのだ。
東の街ヒノトリから肉を持ってきているらしいが、あの街までは馬車で大体四日かかる。
冷凍技術がこの世界にもあるとはいえ、あまりにも効率が悪いだろう。
なのにこの小屋には牧場がない。
あの日、あの時点からおかしいと思っていたのだ。
あの男は――
《ガチャ》
「はいはいどちらさ……ッ! み、ミンクレス?
こんな大雨の中どうしたんだい?」
――信用できないってな。
「……」
「ミンクレス?」
「……いや何、姉さんを探しに来たんだよ」
「こんな時間にか? 探す気になったのは喜ばしいが、もう暗いしこの雨だ。今日のところは帰――」
「いや嘘、もう見つけたんだ、実は」
「……何?」
大雨が傘を叩く。
周りの音は全て雨の音で掻き消されている。
だが不思議と互いの呼吸音は聞こえてくるようであった。
「見つけたんだよ、姉さんを」
「そ、そうか……それはよかった」
「あれ? 嬉しくなさそうだね。
子供が好きなんだったらもっと喜びそうだけど」
「い、いや! 嬉しいよ、嬉しい。
ただ、心の整理ができていないだけだ……」
嘘をつけ。
気持ち悪い笑顔貼り付けやがって。
もう分かってるんだろ。
俺が何をしに来たのか。
なぜここに来たのか。
「ねぇダミリアンさん」
「な、なんだい? ミンクレス」
「子供の頃さ。
ダミリアンさんはこんなことしたことない?」
俺はそう言って持ち手を引いて傘を縮小させた。
あぁそう、小学生の頃誰もがやった。
傘を使ったことがあるものなら誰でも。
「こうやって、傘を小さくして、表面についた水滴を――」
この世界でも同じだろう。
「――友達に弾き飛ばすんだよ」
《バサァァァア!!》
「なっ……!!」
水滴が中を舞う。
こんな雨だ。かなりの量が付いていただろう。
友達にやれば三日は口を聞いてくれなくなる。
――だがこの異世界ではちと違う。
《バリバリッ……》
「……!?」
こうやって傘と水滴に魔力を流して――
「――弾けろ」
――雷魔法を爆散させる。
「あがぁ……!? がぁぁああ!!」
ダミリアンが痛みに悶える。
皮膚に刺さる雷撃の旋律。
体勢を崩し、顔が俺と同じ位置に並んだ。
ダメージはそこまでだ。
不意打ちで混乱させるだけ。
だが少しの痛みと一瞬の隙。
「……!?」
それさえあれば。
「さぁ、正体を見せてみろ――!」
俺はその場で回転しながら飛び上がり、
その勢いのまま男の顔面を蹴りつけた――!
ダミリアンの身体は吹き飛ばされ、目の前の壁を、そして奥の壁を破壊しながら奥へと消えた。
「……さて、宝箱のご開帳だ」
空いた穴をそのまま抜けて奥の部屋へと移動する。
二つ目の穴に差し掛かったとき、隠されていた全てが目に飛び込んできた。
吊られた子供の死体。
血濡れた台所。
鼻を突き刺さす悪臭。
「悪趣味な部屋だ。もうちょい衛生面に気を遣った方がいいんじゃないか?」
部屋の中を見渡す。
お、二人とも無事じゃないか。
ミシェルは気絶してしまってるな。
まぁ大丈夫そうで安心安心。
「あ、なたは……」
何やらエルフが喋っているが無視だ無視。
目の前の敵を見る。
あの程度でやられるほど柔ではないだろう。
《ガラガラガラッ!!》
おっと、衝撃で天井が崩れてしまったようだ。
当たらなければ問題はない。
こんなものによそ見なんてしない。
ただ男を睨む。
油断はしない。舐めはしない。
確実に、男の息の根を止める。
「なぁ、ダミリアン。
今日こそ、罪が決壊するときだ」
――――――――――――――――――――――
「……なにしやがんだ、このクソガキ。
ビリビリするし、見ろ、顔から血が出てる」
「知るか。自分で消毒しろ」
そこに現れた少年はミシェルちゃんの弟、ミンクレスくんであった。
だが、以前と違う。
以前見た時と雰囲気が違う。
あの時の少年はただ可愛らしかっただけだった。
不老不死を目指してる変な子だったけど。
だが今目の前にいる少年は可愛いとは違う。
ただ美しく、優美、そして震え上がるような恐ろしさを秘めていた。
「しかし……やっぱり食人鬼だったか。
ここに来たときから薄々確信はしていたがな」
「なんでだ、なんで俺が誘拐犯だと分かった……!? このクソガキ……!!」
「三つある。
まず一つ、牧場が存在しない」
「それはヒノトリにあるって――」
ミンクレスが片手にもった紙をピラッと垂れ下がらせる。
「なかったぞ? そんなもの」
「あぁ?」
「うちの使用人は優秀でな。
ヒノトリにある牧場を調べさせた。
ダミリアンって名義のものがあるかどうかな」
「……」
「まさか……」
事件が起きる前から調査していた?
いつか誘拐が起こると確信して?
なんて行動力だ。
思い立ちはするかもだが、絶対に実行に移そうとはしない。
「ねぇじゃねぇか。そんなもの。
お前はどこにも牧場なんて持ってねぇだろ」
「……小賢しいガキだ」
ダミリアンが彼の目を見つめながら、衝撃で落とした肉切り包丁に近づく。
ミンクレスも絶対に目を離さない。
「だがヒノトリにいい肉があるってのは本当みたいだな……天井に吊るされた肉、これヒノトリの子供だろ?」
「……あぁ、その通りだ。この街だけじゃ商売にならないんでな」
「……!!」
この男はどこまで腐っているのか。
他の街にも手を出していたとは。
「二つ。肉が臭った。
買いにきたあの日、普通の肉じゃないと匂いで分かった。俺の鼻は中々に肥えているからな。もちろん御試食もお断りさせて貰った」
「……まずいって言ってたのはなんだ?」
手が伸ばされる、あと指先三つ分、二、一……
包丁が手に握られた。
その瞬間、ダミリアンの巨体は弾け、ミンクレスの顔前まで迫る――!
包丁が握られた右の腕、筋肉が盛り上がり、血管がビキビキと浮き出る。
そして圧倒的な速度で包丁を薙ぎ払った――!
包丁と平行線上にあったもの全てが真っ二つになる。
奥の壁、死体の首、私の頭上の少し先まで。
三百六十度、全方向に。
「う、嘘でしょ……!?」
壊滅的な攻撃力。
喰らえば胴体が分裂してしまうだろう。
それを彼は――
「……ふっ!!」
「ぐがぁあ!!」
空中ギリギリまで飛び上がり回避、そのまま目の前にあったダミリアンの顔面を蹴り払った――!
「まずいって言った理由?
見た感じ不味そうだったからだよ。
人間の肉なんて死んでもごめんだ。死なないけど」
「な、何あの動き……?」
あれが八歳時のする動きか?
普通ならば避けることに集中してしまうだろう。
しかし彼がやったのは回避と攻撃の両立。
「が、ぁぁああ!!」
「三つ。それは――」
しかしダミリアンも凄まじい。
膝を着いた身体を即座に立て直し、縦に包丁を振り落とした。
《ガキイィィイン!!》
その一撃をミンクレスは、腰から抜刀、即座に受け止めた――!
とてつもない風圧。
机に置いていたもの、壁に貼ったもの全てがバラバラと落ちていく。
「クソガキィィイ!!」
「衝撃を受け流すにはさほどの力も使わん。力の差などくだらない。あぁ、三つ」
剣をそのまま振り上げ、ダミリアンの腕が上へ弾かれる。
そのままミンクレスは余った方の腕で男の腹筋を殴り抜けた。
「ぐぉがぁあ……!!」
「『死の気配』、この店に入った瞬間、八年ぶりに全身で感じた。
思い出したくないものを思い出して気分が悪くなったよ。本当に」
――圧倒的だ。
相性がいいのだ。
二メートルの巨体が相手するは百五十センチぐらいの少年。
実力はかなり差。
だがあのすばしっこさでは捉えきるのは難しい。
いま、流れはミンクレスが完全に掴んでいた。
「以上より、お前が誘拐犯、
そして食人鬼であると結論付けた。
結局お前はボロを出した。
大人しく死ね、このクズ野郎」
「はぁ、はぁ、はぁ、フフフ……」
「ん……?」
「フフフ、ハハハハハハッ!!」
ダミリアンが狂ったように笑い始めた。
先ほどの焦りが嘘のように、余裕をもって笑い続ける。
ミンクレスは目を離すことなく睨み続けていた。
「ハハハッ! 俺はよぉ、今まであらゆる生物を食ってきたが、同時に全てを狩ってきたんだ」
「この身体じゃどんな生物でも苦労はしなかったが、ある一つの生物にだけ、俺は死ぬほど苦戦したんだぁ! なんだと思う!?」
ミンクレスの眉が微かに動く。
彼には何か分かったのだろう。
そして私にも分かった。
先ほど挙げていた生物の中にいたあの名前。
「竜、ドラゴンさ!!
ガンツルキー大陸の冷蔵竜!!
俺の攻撃はあいつに通じなかった!!
だから、俺は学習したのさ……!!」
私は目を見張る。
その異形の光景から目を離せない。
――ダミリアンの身体が膨張する。
筋肉が膨れ上がり、
ブクブクと泡をふいてるようだ。
「効かねぇんだったらぁ!!
竜を捻り潰せるまで筋肉をつければいい。
あの大陸に伝わる秘技!!
寒さを凌ぐ為に編み出された技術!!」
身長もさらに伸びる。
表情筋も膨れ上がる。
全てが、怪物のように変貌する。
「『無限筋肉収縮法』!!
自身の筋肉を十分の一まで縮小させ、保存。
さらに筋肉を鍛え縮小!! そして保存!!
身体がでかけりゃでかいほど保存量も上がる!!
これが竜を殺した俺の身体ァア!!」
「――何よ、それ」
身体の大きさが倍近くなった。
腕の長さも足の太さも。
全てが規格外。
彼は壁にかかった二メートルはあるであろう、何かの記念品らしき巨大な包丁を手に取った。
「あんなの、ズルじゃない!
ミンクレス、ミンクレスは、――ッ!?」
彼の顔を見て、私は戦慄する。
――笑っていた。愉快そうに。口を釣り上げて。
「面白い技じゃないか。その身体……」
ミンクレスは剣を頭の横に構え、攻撃に備えた。
「くれよ……!!」
ダミリアンも口を悪魔のように釣り上げる。
「やるわけねぇえだろぉお!!
お前は食材だ!! 俺はお前を必ず食らう!
この肉体!! この最強こそが!!
肉の頂だぁ!! さぁ、いただきますッ!!」
「だったらその身体ごと喰らってやるよ!!
抗ってみろ!! 災厄の食人鬼!!」
雨がただ、二人の身体を打ち続けていた。