宮沢賢治、白金、イリジウム、オスミウム、イリドスミンの夢
宮沢賢治は岩手県産蛇紋岩から貴金属をとりだす夢を抱いていました。
1918年6月6日。宮沢賢治は、盛岡高等農林学校の薄暗い実験室でペンを走らせていた。
「お父さん、僕は鉱山の研究を続けたいと思っています。岩手の蛇紋岩には、白金やイリジウム、オスミウム、それらの合金のイリドスミンが含まれている可能性が高いのです。これを分析する機器を購入したいので、60円の出資をお願いできないでしょうか。」
手紙を書き終えた彼は、インクの乾きを待つ間、窓の外をぼんやりと眺めた。夕暮れの空は深いオスミウムのような青色に染まり、雲の端が砂金のように金色に輝いている。
彼は、まぶたが重くなっていくのを感じた。
賢治は手紙を机の端に置き、顕微鏡の前に戻った。実験室には、王水が入ったビーカーや、蛇紋岩の細かい破片が並んでいる。
彼はピンセットで蛇紋岩のかけらをつまみ、慎重に王水の中へ落とした。シュウウウ……と微かな泡が立ちのぼり、岩の表面が徐々に溶けていく。
(この残りかすの中に……白金やイリジウム、オスミウム、イリドスミンがあるはずだ。)
だが、目を凝らしても、それらしきものは見えない。彼は溶け残りを中和してスライドガラスに乗せ顕微鏡を覗き込んだ。
やった白金、イリジウム、オスミウム、イリドスミンだ!白く輝く白金とイリジウム、青く輝くオスミウムとイリドスミンの粒がよく見えた。
次の瞬間、彼はどこかに飛んでいく自分を感じた。
「社長! ついに成功しました!」
パチリと目を開くと、そこは見知らぬ場所だった。
広々とした研究室の中央には、巨大な精製装置が鎮座している。白衣を着た研究者たちが、熱心にデータを記録していた。
「社長、蛇紋岩から純度の高い白金とイリジウム、さらにオスミウムの精製に成功しました!」
驚いて周囲を見渡すと、壁には「宮沢鉱業株式会社」の看板がかかっている。デスクの上には分厚い書類が積まれ、表紙には「第四期決算報告書」と書かれていた。
「宮沢鉱業……?」
何が起きているのか分からないまま、報告書を手に取る。そこには、年間生産量、利益率、輸出先などが詳細に記されていた。
「社長、これで日本の鉱業界に革命を起こせますよ!」
興奮気味に語る部下の言葉が、まるで夢のように響いた。いや、実際にこれは夢なのかもしれない。しかし、手にした書類の感触は確かだった。
賢治は、机の上の試験管を手に取った。中には、金属光沢を放つ白金の粒が揺らめいている。
「……本当に成功したんだな。」
「ええ、これからこの技術を活かし、日本の鉱業を世界に誇れるものにしていきましょう!」
彼は深く息を吸った。父からの出資を受け、研究を続けた結果、ここまで来たのだ。
(父さん、僕はやりましたよ。)
しかし、ふと手元の万年筆に目をやると、「お父さんより」と刻まれた文字が目に入った瞬間、世界がぐらりと揺らいだ。
「……んっ!」
目を覚ますと、そこは見慣れた実験室だった。窓の外はすっかり暗くなり、机の上には書きかけの手紙が残っている。
「……夢、だったのか?」
彼はしばらく呆然としていた。実験台の上のビーカーには、まだ溶け残った蛇紋岩のかけらが残っている。ビーカーを手に取ってみるが、それはただの岩で、夢の中で見た貴金属の輝きはなかった。
だが、不思議と悔しさはなかった。むしろ、心の奥底に熱いものが灯っていた。なあに、いつか貴金属を含む蛇紋岩を見つければいいのさ。
「社長、か……ちょっと面白いな。」
封筒に手紙を入れながら、賢治はそっと微笑んだ。
彼は手紙を丁寧に封をし、窓の外を見上げた。オスミウムのような青い夜空には、まるでイリドスミンのように瞬く星々が広がっていた。
貴金属の生産が成功していたら、宮沢賢治はどんな作品を書いていたでしょうか。




