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僕と兄  作者: 金沢桜介
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兄への愛と復讐の果て

僕には兄がいた。

今でも、とても尊敬する格好いい兄が。

でも、そんな兄はもうこの世にはいない。

僕が3歳の時に亡くなったんだ。下校している際に背後からナイフで刺され、そのあと、胸や腹を何度も何度も刺されたらしい。なんとも無惨な死体だったと聞いている。僕と両親は兄の訃報を家に来た警官二人から聞いた時、悲しみに暮れた。

その日の夕飯は兄の好きなカレーライスだったのに。

15年経った今でも目を閉じると、瞼の裏に兄の顔が映る。いつも笑顔で僕に優しくしてくれた兄の顔が。そんな顔が毎回、僕の目頭を熱くさせる。だから、僕は決心を決めた。兄を殺った奴に兄と同じ苦しみを味あわせることにした。僕は兄が殺された時の状況を調べた。「背中や胸、腹を複数箇所刺されて亡くなった中学生発見される」「中学生が刃物で複数箇所を刺されて殺害される」などのニュースを穴が開くほど調べた。そして、当時の死亡鑑定を行った人にも聞き込みをした。「背中と腹と胸それぞれ急所を刺されていてなんとも無惨だった。それに何度も刺したとなる犯人はかなり凶悪な人物だろう」と言っていた。また、現場に行って聞き込みもした。そして、当時現場の近くにいた人をピックアップした。現場の近所に住む老人、近くの商店街の果物屋の店主、魚屋の奥さん、兄と同じ学校の同級生、様々な人が出てきた。僕はその人達に今から聞き込みに行こうと思う。この中に兄を殺めた奴がいるかもしれない。そうなったら僕は怒りを抑えきれずに、そいつを兄と同じように果物ナイフで殺すだろう。

だが、それでいい。

僕は兄が大好きだから。



「何故、こんなことを」

僕の眼前に座っている40代ほどの男が聞いてきた。座っていても体格はかなり大きいことが分かり、まるでクマを前にしているようだった。男の問いに対し僕は沈黙を貫く。

「なんでだ」

沈黙する僕に男は身を乗り出し、先刻よりドスの利いた低い声で聞いてきた。男の目はとても鋭く、僕は喉元に鋭利なナイフを突きつけられた感覚になった。

「••••••僕の身元は調べましたか?」

「ああ、調べたさ。まさか15年前のあの事件の家族だったとはな」

そう言うと男の鋭かった目は少し悲しそうになった。だが、すぐにまた元の鋭い目に変わった。

「••••••調べたなら、分かるでしょう」

「はあ?何を言って•••お前、まさか!?」

男は僕の言葉を聞いて目を見開き、心の底から驚いた声を出した。僕はその声を聞いて、ああ、やっと気づいたんだなと思った。気づくと僕はゲラゲラと笑い声を上げていた。最高の気分だった。やっと仇を打てたんだ。やっと兄の復讐を成し遂げたんだと心の中はそんな気持ちでいっぱいだった。

「•••クククッ、アハッ••••アハハハハッ!」

僕は天井を見上げて笑い続けた。まるで今、楽園にいるかのような気持ちで。すると突然、僕の胸元を男が掴んできた。

「てめぇ、いい加減にしろよ!!」

男の顔は怒りで赤く染まっていた。僕の胸元を掴む手もとわなわなと震えていた。僕はそんな男の様子が可笑しくてたまらなかった。

「アハハッ!何を怒ってるんですか?そんなに苦しいですか?信じられないですか?あの事件の犯人がまさか、そんな近くにいたとは思ってなかったでしょうねぇ!アハハッ!」

「こ…この野郎ッ!!」

男は僕に怒号を放つと僕を椅子から押し倒し馬乗りになって僕に拳を振りかざした。その時、僕からして向かいにあった部屋のドアが開く音がした。ドアが開くと眼鏡をかけた細身の若い男が入ってきた。若い男は部屋の状況を見るや否や僕に今にも僕に拳を振り下ろそうとする男を後ろから止めに入った。

「猪狩さん!マズイですよ!落ち着いて!」

「佐藤!止めてくれるな!こいつはここで一発殴らんと気が済まん!」

今にも僕を殴ろうとする勢いの猪狩を後ろから止めに入った佐藤はなんとか僕から引き剥がすと

「何やってんですか!猪狩さん!」

と言った。その声に猪狩は我に帰ったのか怒りで赤色に染まった顔を徐々に元の肌色に変えていった。

「•••すまん、佐藤」

「謝罪はいいです。それより一体何が」

佐藤の言葉に猪狩は僕の方に目をやった。佐藤もそれに釣られて僕の方を見てきた。

「•••おい、お前がなんかやったのか?」

佐藤は低い声で聞いてきた。

「まあ、やったというより話しただけですけどね」

「何を話したんだ?」

「•••15年前の事件についてだ」

猪狩は静かな口調で言った。佐藤は少し悩んでから何かに気づいたような表情をして見せた。

「もしかして、宇野辺町小学生殺害事件ですか?」

「ああ」

「でも、あの事件なんて何も話すことなんか無いんじゃ。警察が隈なく調査しても何も見つからなかったし、犯人も見つからないまま未解決に」

「•••その事件の犯人が今回こいつが殺した奴なんだよ」

「なんですって!?」

佐藤は驚きのあまり目を丸くして素っ頓狂な声を出した。

「じゃ、じゃあ」

佐藤は唇を震わして言った。

「••••••」

猪狩は無言のまま僕を見ていた。顔は冷静なのか怒っているのか分からない、そんな複雑な顔であった。

猪狩は僕の眼前に座り直した。そして、佐藤はドアにもたれて僕と猪狩の様子を見ていた。そんな二人の鋭い視線が僕の心を抉るように突き刺した。

「•••なんで、あの人が犯人だと?」

猪狩が静かに口を開いた。その声は最初に聞いた声より低く、ドスが効いていたが何処か物寂しげな雰囲気を醸し出していた。僕を憐んでいるのか、あいつが殺されたことを悲しんでいるのか、僕には分からなかった。

「•••僕が兄の事件を探っている時、気づいたことがあったんです」

僕はそっと撫でるような口調で話し出した。

「まず、凶器の果物ナイフ。あれは近所の果物屋で使われていたものです。独特の形をしていたので、そのことはすぐに分かりました」

「そのことはこちらでも調べはついている」

ドアにもたれかかっていた佐藤が言葉を放った。少し怒気のようなものが含まれた強い口調であった。

「凶器の果物ナイフは事件後すぐに果物屋で使われていたものだと分かり、有力な容疑者として果物屋の主人が挙げられた。だが主人によるとナイフは三日程前から見当たらなかったと言った。だが、見当たらないということに対し、裏付ける根拠はいくら探してもなかったんだ。しかし、現場から見つかったナイフには指紋は確認されず、これと言った証拠も無かった。主人を犯人と断定するには、あまりにも証拠が不足していた。だから、証拠不十分として容疑者リストから外されたんだ」

佐藤は事件を調べたのか、元々知っていたのか、事細かに事件についてを話した。

「かと言って、他に容疑者らしき人は見当たらなかったと」

僕がそう聞くと猪狩が口を開いた。

「•••そうなる。だが、今回、お前が殺した被疑者が、あの事件の犯人と断定する証拠もないんじゃ無いか?」

猪狩が僕に尋ねた。未だに、あいつを犯人だと認めていないような感じだった。

「•••あなたは市場の周辺の出身だと聞いています」

「•••ああ、そうだ」

「市場にもよく行っていたと」

「•••まあな」

「そんな市場の活気溢れる様子、誰もが優しい雰囲気、そんな市場が、あなたにとってとても居心地が良かった」

「••••••」

「そして次第にあなたはこう思ったはずです。この市場を、この地域を、地域住人をずっと守り続けたいと」

「••••••」

「そして、あなたは決意した。警官になることを。そして、大学を卒業し警察学校に入校した」

「•••よく調べてるな」

猪狩は重い口調で話したが、僕はそれを無視して話を続けた。

「警察学校では優秀な成績を残し、無事に卒業した。そして、あなたの願望通りに市場の近くの交番に配属されることが決まった」

「••••••」

「とても喜んだことでしょう。なんせ憧れていた人が自分の直属の先輩となったのですから」

「••••••」

「子供の頃からずっと身近で見てきた憧れのある彼と一緒に市場を守ることができる。とても嬉しいことだったでしょう。実際、とてもやりがいを感じていたそうですね」

「••••••」

「しかし、配属して二年が経った頃、あの事件が発生した。あなたはとても残念に思えたでしょう。地域の住人たちを守ってみせると昔から心に誓っていたのに、よりによって小学生が殺されるとなると心を痛めたことでしょう」

「••••••」

「そして、あの事件の第一発見者は巡回をしていたあなたとあなたが憧れていた警官でしたね」

「••••••」

「あなたともう一人の警官は、すぐに警察本部に連絡し応援を求めた。とても苦しいものだったでしょう。遺体の状態やら状況を伝えるのは」

「••••••」

「そして、あなた方は事件を事前に防げなかったことを後悔し僕たち被害者家族に兄が殺されたことを伝えるという役目に渡った」

「••••••」

「そして、僕の家に着き事件のことを話そうとしたが、あなたはとても話を切り出す勇気を持てなかった。そこで、代わりにもう一人がその役目を買って出た」

「••••••」

「そして、私たちにこう告げたのです。”背後からナイフで刺され、そのあと、胸や腹を何度も何度も刺されたらしい。なんとも無惨な死体だった”と」

「••••••」

「初めての殺人事件の現場を見たこと、それも小学生という幼い子供の無惨な死体、そんなことに対し、とてつもない重圧を受けていたことでしょう。だからでしょうね。あなたはきっと何も疑問に思わなかった、いや、思えなかった。なんで最初に背中を刺し、その後に腹や胸を刺したことが分かるのかと」

「•••••」

「そんなことを考える暇もなかったでしょうね。それ以来、あなたは殺人事件に強いコンプレックスを持つようになり、元来の地域住人を守るということから殺人事件を調査することに身を捧げるようになった。まあ、要するにあなたの憧れていた警官が犯人だったのですよ。そう、あなたの父である猪狩誠がね」

「•••そんなこと、そんなこと」

猪狩は顔を埋めて弱々しい口調で言葉を放った。

「ちょ、ちょっと待て。凶器はどうなるんだ?立証できないじゃないか」

佐藤がドアにもたれた体を起こし、引き攣った表情で尋ねてきた。

「そこは立証できますよ」

「一体どうやって」

「簡単ですよ。あれは果物屋のナイフではないのです」

「え。ど、どういう事だ?」

「まず、果物屋はナイフを損失したと言いました。あれは紛れもない事実です。なぜなら事件の後、発見されていますからね」

「そ、そんなこと、警察に伝えられていないぞ」

「当然ですよ。あのナイフは3ヶ月前に見つかりましたからね」

「はあ?」

佐藤は信じられない表情と共に素っ頓狂な声を出した。

「僕が果物屋を尋ねた時、ナイフについて聞きました。するとナイフはこの前、見つかったと言っていました。実際、僕もナイフを見せてもらいました。どうやら家の中の奥底に眠っていたそうです。凶器のナイフは、もちろん警察の方で回収されているので見つかったナイフは果物屋の物と見て間違いありませんでした。しかし、警察には伝えなかった。なぜなら、当の果物屋の主人は亡くなっていましたからね」

「な、そんな•••」

「今の果物屋は息子さんが引き継いでいますよ。息子さんは6歳の頃にあの事件が起こったのは知っていたが、まさか父親が犯人として疑われていたとは知らなかったと言っていました。それに主人が亡くなられたのは丁度一年前らしいです。シングルブァーザーで育ててくれた父親の店を潰したくなかったらしく、後を息子さんが引き継いだらしいですよ」

「主人は息子に事件のことを話していなかったのか?」

「ええ、そうらしいですよ。それでですね、ナイフの件なのですが果物屋で見たナイフには柄の部分にバツ印が施してあったんですよ。それは主人が残した自分のナイフであることを紐づける物でした。しかし、現場のナイフには柄の部分に何も印は無かったと聞いています」

「何処でそんな情報を」

佐藤は驚いた表情で聞いてきた。

「まあ、十五年も探り続けていたらそれなりの脈は得れますよ」

僕は微かに笑って含みのある言い方で言った。猪狩の方をチラリと見ると未だに顔を埋めたままピクリとも体を動かしていなかった。そんな猪狩に構わず僕は話を続けた。

「僕はナイフが果物屋の物と違うことを知りもう一度、事件を洗いざらい調査しました。そんな中で僕の頭に、猪狩さん、あなたの父親の発言が浮かび上がったのです。その瞬間、僕は脳天から雷が落ちたような衝撃を受けました。僕は猪狩誠が犯人だと確信しました。しかし、肝心の凶器をどのように手に入れたかが分からない。なので、僕は様々なツテを使って猪狩誠がどのようにしてナイフを手に入れたのか調べ上げました。途方もない作業でした。通販サイト、スーパー、刃物屋、様々な場所に調べを入れましたよ。いつの間にかこんなに時間が経ってしまった。でも、先日ついに見つけたんです。事件の1か月前、隣県のある刃物屋で猪狩誠がナイフを買った購入履歴を」

僕は一つ深呼吸をして、少し早くなった口調を整えた。そんな僕の行動を二人は黙って見続けていた。

「僕はとても喜んだ。やっと兄の仇を討てると。そこからは早かった。同じ通販サイトからナイフを購入し、兄が殺された同じ日、時間に彼を殺しましたよ。もちろん同じ場所でね。彼を呼び出すのは簡単でしたよ。”あの事件についてお前が犯人だと知っている。もしバラされたくなかったら事件の現場まで来い”とのメールを送ったらまんまと来ましたよ。その時点で猪狩誠が犯人だと、また確信しましたよ」

「••••••」

猪狩はまだ顔を埋めたままだった。しかし、少し体が震えていた。

「殺し方も同じく背中を一度刺した後、腹と胸を何度も何度も刺しましたよ。あの最初の一突き。刃先が皮膚に当たり、そのまま押し込むと皮膚の下の筋肉や血管が切れるような感触を覚えました。最高でした。ナイフの刃に沿って血がたらりと垂れ出てきたので、そのままナイフを抜くと血がじわーっと滲み出てきましたよ。彼は膝から崩れ落ち、涙を流して許しを請っていました。”ごめんなさい。ごめんなさい…”ってね。でも僕はそんな許しの声を聞かずに腹と胸を何度も刺した。刺すごとに「ギャッ」と痛々しい悲鳴が彼から漏れ出てましたよ。次第にそんな声も聞こえなくなり彼は目を大きく見開いたまま無惨な死体となりましたよ」

僕が話を終えると佐藤は身体をくの字に曲げて勢いよく吐き出した。猪狩は身体をプルプルと震わしていた。そして、大きく息を吐くと顔を上げた。怒りと憎悪で満たされたその顔は今まで見たどの顔よりも怖く見えた。だが、僕はそんな猪狩にニンマリと微笑んで見せた。

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