ある少年の手記(僕がどのようにして宇宙人になったか)
つい先日、僕は宇宙人にアブダクションされた。
アブダクション、つまり僕は拉致されたんだ。
夜目が覚めると、カーテンの隙間から入り込む眩しい光を背に、宇宙人は立っていた。
あのシルエット!君にも見せたかったよ。どこか映画のカットみたいに綺麗だった。
僕は宇宙船に連れ去られ、体の中身を何時間にもわたっていじくりまわされたりした。
それなのに、朝目が覚めると体には傷一つない。
驚いちゃうかもしれないけど、頭を開いたりお腹をひらいたり、もっと言えないようなこともたくさんされたのに、傷一つないんだ。
それどころか、現実にはそんな事があった"跡”のようなものさえない。
こんな話はよくテレビかなんかで見たり聞いたりすると思う。でもそれはテレビの中の話じゃなくて、確かに僕自身の身におきたことなんだ。
テレビでみる宇宙人は頭や目が大きくて、あるいは胡散臭いものだと足がタコのように何本もあったり、光線銃をもっていたりするけど、そんなものは鼻で笑ってしまえるほどつまらない話なんだよ。
この目でみた僕がいうんだから間違いない。
じゃあどんな姿をしているかって?聞きたいだろう。聞きたいのはわかる。僕も答えたいさ。
でも、答えられないんだ。散々みんなにも聞かれたけど、僕にはわからないんだ。
わからないというと少し誤解があるかもしれない。僕はそれを確かに"知っているはず”なんだけど、口に出して誰かに説明するっていうことが、どうしてもできないんだ。
僕は宇宙人はこうこうこういう姿をしていて、こんな場所にどれくらいいて、どんな事を喋っていたんだっていうような事柄を細かに記憶している。けど、それを言葉や絵に示すことができないんだ。
「それはね━━」なんて僕が話し始めた瞬間には、もうすでに頭から色んなものが飛んでいって、僕の中にある"宇宙人”の姿はスポンジみたいにスカスカで、それなのにどんな形にもなりえるんだ。不思議なことなんだけど。
言葉にできない気持ちというのを感じたことはある?好きとか嫌いとか、綺麗とか汚いとかそういったものとも違って、どこか遠くから眺めているように、ただあるもののことがよくわからなくなるような感覚。
自分というものから一歩下がったようなところに世界があるような感覚。
言葉にしようとしたその瞬間にはそれが嘘になっちゃうような、脆いけれど確かな感覚。
それとどこか似ているんだ。小さい時にみた夕焼けみたいに、どこか輪郭をなしていないんだ。
「ねえ、あなた勉強のしすぎなんじゃない?」と彼女は呆れたように言った。
「そうかもしれない。でも本当のことなんだよ」と僕は言った。
君も宇宙人を知ってるはずだ。本当はみんな、宇宙人の存在を知っている。
「勉強もいいけど、たまには息抜きも必要よ?」と母親は心配そうに言った。
「そうかもしれない。でも、嘘じゃないんだ」と僕は言った。
それはハサミで綺麗に切り抜かれるようにして、僕たちの視界から無いものとして扱われている。
僕たちの目には、存在を認識することのない世界がいつからかあった。
拒むための進化を僕たちはしてきた。
でも宇宙人は確かにいるんだ。僕は見えないものを知っている。
今だって、ほら、そこにいるのがわからないの?
「おまえ、勉強のしすぎなんじゃねえの?」と友人はにやけた顔で言った。
「そうかもしれない。でも信じないならそれでいいよ」と僕は言った。
その日から僕は学校で宇宙人と呼ばれるようになった。
理解できない他人を「宇宙人」と揶揄するのを君も聞いたことがあると思う。
宇宙人というものがどういったものであって、どういった主張や意見をもっているのかなんて僕たちが知った事じゃない。なぜならそれらは揶揄されるとおりの、"理解できない他人”だからだ。
僕だって何も知らない。理解なんてできるはずはない。
ただそこにあるのがわかるだけなんだ。
少なくとも僕が宇宙人について知っていると言える事柄は、宇宙から何かの拍子にこの地球にやって来たという、事実だけだ。
理解できない他人、みえない他人、その中の一人。僕。
何も間違ってはないだろう。