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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集

クリオネの君

作者: 石蕗ユリ

「はい皆さん静かに! 朝のホームルームを始めるわよ」

 先生の掛け声とともに、教室の中が静かになる。いよいよだ。

「今日は新しいクラスメイトを紹介しまーす」

「先生! それって転校生?」

「御名答。さあ、入っておいで」

 その声を聞いて、私は教室の扉を開けた。みんなの視線が私に集まる。注目されるの、苦手なんだよね……。うわ、名前も知らない男子が私を見てるよ。その隣の女子も、その隣の男子も。教壇の横に立ち、私は自己紹介をした。

「初めまして、私は……」

 一呼吸おいて、私は自分の名前を言う。先生に促されるように黒板に漢字の名前を書き、家族の都合でここに来たこととかを喋る。き、緊張した……。教壇の横に立つ前からピンと張っている背筋がまだ緩まない。

「じゃあ、あなたはあの席ね」

 無事私の自己紹介が一段落し、新しい私の席が決まる。私が通されたのは窓際の一番奥、いわゆる主人公席という場所だ。アニメや小説ではやたらよく見る席だけど、転校してからここに座ることになるとは。まあ教室の真ん中の席がどんと空いていることに比べたら全然あり得る話ではある。

「じゃ、そのまま一限目を始めるわよ」

ホームルームが終わり、続けて転校してから初めての授業が始まる。新品の国語の教科書を出さなきゃ。



 授業が終わり、教室から先生が出ていくと、教室中のすべての目が私を向き始めた。いや、流石にそれは言い過ぎたかもしれない。でも、私が一体何者かという知的好奇心の獣が私を襲い始める。

「なあ、あんたなんて名前だっけ?」「ちょっと、名前くらい覚えてやりなさいよ」「どこから来たの?」「私転校生見るの初めて!」「バスケ部入らない?」

 転校生の宿命なのか、どたばたと集まったクラスメイトのみんなにわあわあと質問攻めに遭う。これもきっと数日の辛抱……。

「あ、あの、そんなにいっぺんに聞かれても……」

「ちょっと、困ってるじゃない」

 クラスメイトの一人がその場を制した。なんでもない一言のハズなのに、その人物の一言は強烈に響いたらしい。

「あ、クリオネさん」

 クラスメイトの一人がその人物の名前を呼んだ。うん? クリ、オネ……? 何かと空耳したかな。非常に可憐なその人物は、腰まで届く緑の黒髪を持ち、可愛らしさと美しさを――そしてなんだろう、どこかしら妖艶さも――兼ね備えていた。

「私はこのクラスの委員長をやっています。みんなからはクリオネって呼ばれているから、クリオネでいいですよ」

「は、はぁ……」

 どうやら委員長はクリオネと呼ばれているらしい。不思議なあだ名。なんだっけ、確か流水の天使だとか呼ばれている深海生物。

「転校初日でなにもわからなくて大変でしょう? せっかくだから、昼休みに校内を案内しましょうか?」

「あ、ありがとうございます。じゃあお昼休みに」

 ぎょっとしているクラスメイトたちを尻目に、クリオネ、もとい委員長との約束を取り付けた。

「別に、今すぐ取って食おうなんて考えてないから安心して」

その日の昼休み、私は委員長に連れられて学校の案内をしてもらった。教室に戻ってきたら、みんなにずいぶんと怪訝な顔で見られたけど、どうかしたのかしら。



 それから数日。お昼は仲良くなったクラスメイトの子達とご飯を食べるようになった。三つ机をくっつけて、弁当を広げながら談笑する。

「クラスにはだいぶ慣れた?」

「まぁまぁかな」

 そんなふうに話していると、気になる会話が聞こえてくる。

「クリオネさん、ちょっとお願いがあるんだけど……」

 最近ではやっと聞き慣れた――それでもまだ気にはなる――あだ名が聞こえてくる。

気になってふっとその方向を向くと、委員長がクラスメイトと話していた。

「もしかして数学? あなたいつもそれよね」

「えへへ、ごめんなさーい。それで、ここを教えてほしいんだけど」

 委員長がクリオネと呼ばれている。どうやら宿題のことで聞かれているようだ。

「一番慣れないのはあれかな」

「クリオネちゃんがどったの?」

 あまりにも馴染みすぎているのか疑問にすら思われなかった。

「委員長だよ、なんでクリオネって呼ばれてるの?」

 二人は「あ~」と声を出し、途端に困った顔をした。そんなに変な質問したかな。

「クリオネはまぁ、クリオネだからだよ~……」

 あまりにも答えになっていない。別に躍起になって問いただすようなことでもないけど。関係のありそうな話題で会話を続ける。

「クリオネってさ、確か流水の天使って呼ばれるくらい神秘的な生き物じゃない?」

「そーそー、クリオネちゃんは天使みたいに可愛いんだ。だからクリオネちゃん」

 ふーん、そういうものか。それなら「天使」とか「エンジェル」とかでもいい気がするけどな。いや、それはちょっと嫌だな。自分が天使とかエンジェルとか呼ばれるのは身の丈に合ってないし気恥ずかしすぎる。別に私がそう呼ばれるわけじゃないけどさ。



 その日の授業も終わり、家路につく。電車に揺られながら、ふと気になってスマホでクリオネを検索してみる。正式名称はハダカカメガイ。へぇ、あんな見た目してて本当は巻き貝なんだ。えっ、肉食なの? バッカルコーンという名前の触手でミジンウキマイマイを食べるそう。ミジンウキマイマイに触手を刺して30分かけて捕食し、殻だけを残す。だから悪魔的だと言われるんだ。こ、怖い……。きっとそんな人ではないんだろうけど、クリオネさんの新たな一面を見たような気になってしまった。てか、捕食って何。もういいや、スマホを片付けてぼーっとすることにする。



 とある日。今日の日直は私とクリオネさん。私もすっかりクリオネさんと呼ぶことに慣れてしまった。放課後に集めた宿題を抱え、クリオネさんと一緒に職員室まで持っていく。教室へ戻るタイミングで、ここにきて入学当初から不思議に思っていたことをクリオネさんに聞いた。

「ねえ、クリオネさんってなんでクリオネなの?」

「私? う~ん、なんでかしらね」

 とぼけられた。そんなに答えにくい質問だったかな。

「でも、確かに珍しいわよね、クリオネっていうあだ名」

「あはは、そうそう。それで気になって、この間クリオネで調べちゃって」

「ふぅん、それで、なんて書いてあったんですか?」

 私はクリオネさんに、前に調べたことをかいつまんで話した。天使と呼ばれたり悪魔と呼ばれたりすること。実は巻き貝の一種だということ。

「天使だなんてそんな……」

「やっぱそんな反応になるよね。悪魔はちょっと失礼かなと思うけど、でも天使かなとは思うよ」

 そんな話をしながら、がらんどうとした教室まで戻ってきた。誰もいない、夕焼けが差し込んでいる教室に入る。さて帰ろうと思い、自席に置いてあるカバンを手に取ろうとする。

「ねえ、知ってる?」

 クリオネさんからそんな一言が発せられた。振り返るとすぐ目の前にクリオネさんがいた。なんだか妙に近い。

「あなたは私のことを天使だと思ってます?」

 一体何を意図した質問だろう。

「もしかしたら、悪魔のような面もあると思いました?」

「あの、クリオネさん……?」

 じりじりと詰め寄られる私。なぜか私の頬を手のひらで撫でられる。なんだかこそばゆい。

「そういえば、先程の話を聞いて、リサーチ不足だと思ったことがあるんです」

 そういうと、クリオネさんは私の肩を掴んで、しゃがまされた。机が壁になって、教室の外からは見えないところに座った。なに? これはどういう状況?

「天使だ悪魔だで有名なクリオネだけど、実は雌雄同体でもあるんですよ。私、どっちもいけるんです」

 その瞬間、正面を向いていた私の視界は天井を見上げ、彼女が私に覆いかぶさった。視界は彼女の長い髪に覆われ、愛らしくも艶美な顔しか見えなくなっていた。ああ、好奇心に殺される猫って、こういう気持ちなのかな。

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