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カレーライス  作者: 彩羽
1/1

余命二年の彼氏を好きでいられるのか


「お前の余命は二年らしい」




 暗い雰囲気の食卓。大切な話があるからと単身赴任中の父が帰って来ていたので離婚話でもされるのかと身構えていたのに。


「どういうこと、?」 


「前、病院で検査しただろう?」


「でも、なんともないって」


「あれは、すまない。父さんたちの心の準備ができていなかったんだ。」


「そんな、、」


 ある日の部活中、急に呼吸ができなくなってその場にうずくまった。部員メンバーや顧問の先生に囲まれて少し大事になって、すぐに大丈夫になったのだが念のためにと大学病院で精密検査を行った。そのときには特に異常なしと診断されていたはず、それなのに。

「すまない、俺たちに勇気がなかったがために伝えるのに時間がかかった。」


 ずるいよ。泣かれたら俺は許してしまうじゃないか。許すしかないじゃないか。


「俺は、大丈夫。大丈夫だよ。ほら、母さんもそんな顔しないで?」


「ごめんね、明輝あき


 どうしよう。俺は彼女を一人にしてしまうのだろうか。咲希さき、僕は君を残してこの世を去らないといけないらしいんだ。咲希のことを考えると涙が溢れてきた。深呼吸して落ち着いた顔つきで父が口を開く。


「これからのことを話し合いたい。」


「これからのこと?」


「学校は行っても行かなくても文句は言わない。だけど、部活はやめてもらいたい。」


 『目指せ県大会出場!!』弱小校ではあったもののサッカー部のみんなとは毎日練習して汗を流して同じ目標を持って頑張っていた。


「そんな、」


「医者には運動は控えるように、と。学校にはもう話はついている。」


「余計なことしないでくれ!」


 普段、口数が少ない俺だったからなのか声を荒げた俺に両親はとても驚いていた。


「いや、もういいや。部屋に戻る。」


「明輝!」


 母さんがなにか叫んでいたが俺はもうどうでも良くなった。あんなに頑張っていたのに。今までの努力ってなんだよ。






「明輝、どうしたの?」


「え?」


「なんか元気ないみたいだから」


「そんなことないよ」


「そう?なにか食べる?」


「咲希の手作りが食べたいなぁ」


「明輝は本当に甘えん坊だね」


「だって、咲希が大好きだから」


「えへへ、照れるなぁ。あるものでなにか作るね」


「ありがとう、楽しみにしてる。」


 余命を知らされて一週間。咲希に本当のことを伝えていいものなのか悩んでいる。本当のことを伝えるのが咲希のためなのかどうか、俺にはまだわからない。だから、こうして大好きを壁に黙って逃げている。


「できたよー」


「おっ、うまそう」


「結構上手にできたんだ。」


「いただきます。」


 学校が終わって、咲希の家に帰って、咲希と寝て、朝起きたら咲希が隣りにいてくれて、朝ごはんを作ってくれて、こんな幸せがずっと続けばいいのにな。


「どうした?美味しくない?」


「おいしいよ、」


「らしくないよ?」


 おかしい。何かがおかしい。


「本当にどうしたの?顔色悪いよ、、」


「ゔぅ」


「どうしたの?なにか悲しいことあった?!」


「味が、味が、、、。」


 味がしない。なんで?どうして。


「あじ?味がどうかしたの?」


「いや、なんでもない。なんでもないんだ。」


 咲希が作ってくれたご飯は味がなくてボソボソした布なんかを食べている気分だった。病院に行かないと。バレないようにしないと。伝えないと。言わないと。


「大丈夫、大丈夫だよ。」


 何もわからないのに咲希はただ抱きしめてくれた。理由も聞かないでくれた。その優しさが今は辛かった。一生、咲希に頼ってしまいそうで。優しさに甘えてしまいそうで怖い。 怖い。


「怖い、怖いよ。」


 とてつもなく、怖い。






「おい、部活辞めるってほんとかよ?」


「うん、ホントだよ。かい


「なんでだよ、今まで頑張って来たじゃんか?!」


「もう、決めたことなんだ」


「荒山たちに何か言われたのか?」


 荒山は俺に嫌がらせをしてきている一つ上のサッカー部の先輩のこと。咲希との出会いは荒山の嫌がらせだった。




「お前さ、気に食わねぇんだよ」


「奇遇ですね、俺もっす。」


「あんまし舐めた態度取るなよ一年が」




 はじめは可愛いものだった。試合中、俺にだけ先輩たちからのパスが来なかったり、練習中にわざとボールをぶつけられたりするだけだった。でも、俺が冷めた対応しかしなかったせいなのか、段々とエスカレートしていった。殴られたり、靴がなくなっていたりなどの王道系だ。やり返す勇気もなく、相談する勇気もなく、俺はされっぱなしだった。櫂や他の一年生は俺のことをかばってくれていたけれど、正直少し疲れてきていた。そんなとき、咲希が手を差し伸べてくれた。




「スタメン、降りろよ!」




 その日も俺は殴られていた。一年でスタメンに入っていた俺が気に入らないらしく、スタメンから降りることを強要してきた。


「ちょっと!!やめなさいよ」


「あ?誰だ」


「先生を呼んだからあと少しでくるわよ、退学は嫌でしょ?」


「あ、そうかよ」


 不服そうな顔をしながらも荒山は試合が近かったので揉め事を起こしたくないらしくどっかに行ってくれた。


「大丈夫?」


「余計なことしないでくれるかな」


「もしかして、先生を呼んだこと?」


「…」


「それなら大丈夫!嘘だから」




 荒山は嫌いだ。でも、荒山がいなければ咲希に出会わなかったのかもしれないと思うと荒山にも少しだけ感謝をしている。


「なぁ、お前が辞める必要なんか無いって!」


「櫂、俺が辞めるのは荒山が原因じゃない。だから気にしないでくれ。」


「そんな、。」


「ごめんな。」


「理由、ちゃんと話してくれよ?説明無しに辞めるなんてみんな納得しない」


「ごめん。理由はないんだ。」


「嘘だろ?お前が一番頑張ってるってみんなが知ってるよ」 


「嘘だったら、良かったのにな。すまない。」


「そんなの、、」


 もっとたくさん話してこればよかったのかな。荒山のこともすぐに相談して、家族のこととか、勉強のこととか、そういう小さな相談事をしてきていたのなら、今だって…。


「幻滅だ」


 傷つくべきなんだろうけど、櫂が泣いている事に気がついて傷つくよりも驚きが勝ってしまった。


「俺はどうすればいいんだろーな。」


 だれか、教えてくれよ。







「夏祭り、一緒に行かない?」


「え?」


「ほら、来月あるじゃん?」


「あぁ、あるね。河川敷のやつか」


「そうそう!ね、いいでしょ?」


「別に家から見ればいいじゃん、人混み嫌いだし。」


「そんなこと言って去年も行ってくれなかったじゃん!」


「普通に去年行かなかったら、今年も行かないだろ。」


「愛ちゃんは櫂くんと行くんだって」


「それは…。」


「どうかしたの?」


「はぁ、わかったよ。一緒に行こう」


「え!ほんと!?ホントだよね!!」


「ほんとほんと」


「やった」


 そうだ。後二年。後二年しかないんだ。もう咲希と夏祭りに行けるのは二回だけ。


「もっと説得するのに時間かかると思ってた。もしかして、機嫌良い?」


 嬉しそうな顔して彼女が話しかけてくる。この笑顔が見れるなら、俺は人混みでも、地獄にでも行くさ。


「咲希とならどこでも行くよ」


「明輝はそうやってすぐに恥ずかしい事言うんだから」


 顔を赤くして伏せる仕草が可愛くて強く抱きしめる。


「もう痛いって、笑」


「絶対に離さない!」


「反撃だ!くらえ!!」


 負けじと俺を強く抱きしめる咲希はやっぱり可愛かった。




『余命二年』




 幸せを感じたとき、すぐに思い出す。現実と後悔。


「なぁ、咲希」


「なに?」


「来年は同じクラスがいいね。」


「そうだね」


「俺さ、バイトしようかな」


「バイト?急にどうしたの?」


「うーん、人生経験かなぁ。」


「じゃぁ、一緒にする?」


「それは夢みたいに幸せだね」


「でしょ?近くのファミレスとかどう?」


「いいね、」


「ねぇ、最近どうしたの?変だよ」


「変じゃないよ。咲希を幸せにしたいって思ったからだよ。」


「人生のパートナーになってくれるってこと?」


「秘密だよ。そういうのはきちんとした場所で俺に言わせて?」


「うん!」


 俺にできること。俺ができること。俺が生きているうちも、死んだ後も咲希が笑っていられるようにすること。






「心臓病です。」


「部活を辞めるのはなんでですか」


「適度な運動でしたら大丈夫なのですが、過度な運動は心臓に負担をかけてしまいます。お父様方とも話し合って辞めさせるべきという決断をいたしました。」


「…」


「一度、詳しく調べるために検査入院をしていただきます。一泊二日になると思います、いつが空いていますか?」


「いつでも」


「そうですか、一九日はどうですか」


「わかりました。」


 優しそうな四十代男性。でも、こいつは病気じゃない。俺の気持ちなんてわかりっこない。いくつかの説明をされて診察は終わった。帰る気になれず院内を歩き回っているとコンビニを見つけた。ラムネを購入して適当な椅子に座って曲を再生する。


「おい、そこどけろよ」


 曲のクライマックス、話しかけられた。背は低く、細くて顔色も悪い。中学生くらいだろうか。


「なんで?」


「そこ、俺の席」


「公共の場なのに専用とかないでしょ。」


「たのむ」


 面倒事は嫌だったので席を譲ることにした。相手は入院患者用の服で点滴をお供につけていた。そんな哀れなやつに席を譲るくらいするさ。


「あ、いや、違う。違うんだ」


 なにか言っているが気にせずバス停に向かった。


「ちょ、おい!!」


「え?」


 バス停に着いたあたりでイヤホンを外すと少し遠くから声が聞こえた。声のした方向をみると先程の少年がいた。


「あの、!」


 なにか言いたげな顔をしている。


「なに?」


「さっきはごめん。確かにお前の言うとおりだ」


「わざわざそれ言うために来たの?」


「嫌だろ?ずっと気に病むなんて。」


「そうだな。」


「なにか奢らせてくれよ」


「なんでだよ」


「いいだろ?」


 裏表のなさそうな純粋で真っ直ぐな笑顔。咲希にそっくりだな。


「年下に奢られるのは気が引ける。」


「なっ!お前、何年?」


「高二だけど…」


「なら安心しろ、俺は高三だ。」


「は?」


「どうした?」


 身長は一五〇センチほど。俺が一七〇前後ということもあってなのかとても小さく見え、到底信じられない。


「なんだよ、失礼なやつだな」


「え?」


「顔に出てんぞ、チビってな」


「すまない、そんなつもりはないんだ。」


「ま、別にいいさ。用がないなら話し相手になってくれよ」


「わかったよ、食堂で昼ごはんでも食べよう。」


「決まりだな」


「ただし、俺のは俺が払う。これは条件だ。」


「頑固者って言われないか?」


「うっせぇよ」


 院内にある食堂に行くと昼時を過ぎていたため人は少なかった。彼はうどんを、俺は生姜焼き定食を頼み席につく。


「そういえば名前は?」


「あき、明るく輝くで明輝だ。」


「いい名前だな」


「君は?」


「みなと、さんずいに奏でるの方の湊な!」


「湊か。」


「俺のほうが歳上なんだから先輩ってつけろよ。」


「なんでだよ」


「あたりまえだろ?」


 俺よりも一年長く生きているはずだが、中学生ぐらいの幼さがある。身長もあるのだろうがやはり性格も子供っぽいな。


「わかったよ、湊先輩」


「明輝はなにか病気なのか?」


「うん、まぁ。湊先輩は?」


「俺はガン。」


「へー」


「まぁ手術で治してみせるけどな」


 そうだよな。なにか勘違いしていた。入院してるからって全員余命宣告されて死が決まってるわけじゃない。


「なに暗い顔してんだよ!」


「俺、一九日あたりに検査入院あるからそのときには仲良くしてよね。」


「かわいい後輩の願いだ!いいだろう。」


「湊先輩は彼女とかいる?」


 しばらくの沈黙が訪れる。しまった、触れてはいけない内容だったか。


「いたよ」


「過去形」


 自分から振っておいて引き下がる方法が分からず、話を広げてしまう。


「半年前に死んだよ。まぁ、最後は隣にいられないからって振られたんだけどね。」


「悲しいな。」


「そうだな。」


「湊先輩はさ、彼女の病を知りたかった?」


 咲希は知りたいのかな。話したら知りたくなかったなんて言われるのかな。もし言ったとしたら受け入れてくれるかな。こんな未熟な俺だけど受け入れてくれるかな。きっと、咲希なら…


「知りたくなかったよ。」


「え、」


「そりゃ、そうだろ。病気とか何も知らずに飯食って勉強して遊んで。そのほうが幸せに決まってる。」


「そっか。そうだよな」


 湊先輩が咲希に少し似ているからなのか、ちょっと咲希に話すのが怖くなった。



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