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(……なぐさめられている、ような?)


 どうか逃げないでくださいと、男性に不慣れなのを分かっているうえで、軽く握る程度に形ばかり手を包んでいる感じだ。


「そうです」


 手をそのままにも、エステルは彼の目に視線を戻して答えた。


「ふむ、あなたほど美しい女性なら、引く手もあまたでしょうに」

「ふふっ、ご冗談を」

「魔力量だけをみるとは変わっていますね、我が国では魔法が使えところもみます」

「あ……それなら私は、ご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんわね」

「魔法もほとんど使えない、ですよね? とはいえ私は軍人の仕事をしていることが多いですから、医療系の魔法であれば大歓迎ですよ」


 冗談なのか社交辞令なのかは、分からない。


 期待の目で見ていないせいなのか、彼の言葉はエステルを期待させるためのものではないとは、なんとなく感じられた。


 時々、話しながらよそへ気をやっているようにも思える。


(素振りが自然だから、うまく掴めないけれど)


 エステルも、こんなふうに長らく誰かと個人的に話す機会もなかった。


 気のせいなのかどうなのか、首をひねるばかりだ。


「元々大きな魔力を持っていたのでしたなら、魔力譲渡も可能かと」


 聞こえた言葉にどきっとして、思考が止まった。


 いつの間にか外してしまっていた視線をぱっと向けると、彼の灰色の目が甘ったるく細められる。


(これは分かるわ)


 いや、たぶん分かるように、露骨にしてくれたのだ。


(今のは、わざとねっ)


 なんの意味があって、と思うし、悔しくも感じるものの、初心な娘だと証明するみたいに頬を種に染めてしまうのを止められない。


 魔力譲渡は、魔力の相性のいい者同士が行える方法の一つだ。


 男女の行為で、深いところに魔法を刻んでそこから魔力を注ぎ足す方法。


 その場合、魔力は消費しない限り外に流れ出ていくことはない。


 通常、魔力というものは他人のものを保有することができないのだ。与えられても、一時しのぎにしかならない。


 流れ出ていかない栄養剤というのが、魔力譲渡になる。


「結局は、相手の魔力を奪うことになるのでしません」


 エステルはこの手の話題をおしまいにしたくて視線を逃がしたのだが、アルツィオが『こっちを見て』というように、甘い雰囲気で髪を指に絡めてきた。


「魔力は自然回復しますよ。そうですね、その場合は毎日微量ずつ魔力譲渡すれば、ある健康状態までは戻せるかと」

「ま、毎日……!」


 ぱっと顔を上げた瞬間、彼の灰色の目に赤面した自分の顔が熱っているのが見えた。


「軍人ですので、体力にも自信はあります」


 アルツィオが、にっこりと微笑む。


 距離が近い。いつの間にかレは頭を屈めていた。


 二人は誓い距離で互いの顔を見つめ合っている状況だった。周りから見ると、好感を覚えてエステルが頬を染めたように見えるのではないだろうか。


 そんな勘繰りをした途端、離れたくなった。


 一瞬脳裏によぎったのは『この会場にはアンドレアもいる』ということだ。


 その時、勘がいいのかアルツィオがエステルの頭の横に、大きな手を添えた。


「なっ――」

「大丈夫です。落ち着いて」


 先程の甘い雰囲気の声から、優しい声へ変わった。


 その瞬間、エステルは彼以外の声が一切聞こえなくなったのを感じた。


 驚きで、勘違いしそうになった羞恥も飛んでしまう。


「……あら?」


 周りを見てみると、自分と彼の周りに水のような薄い膜が球体のように覆っているのが見える。


「前触れもなく失礼いたしました、音を遮断する魔法です」


 アルツィオが、エステルの頭からそっと手を話し、身を起こした。


「秘密の話をしたい時、我が国では軍人同士がこうして話したりもします」

「秘密の、話……」

「エステル・ベルンディ公爵令嬢、先程はわざと聞かせるべく話しました。初めて会う女性にする話ではなかったと、お詫びを」


 突如アルツィオが態度を改めるようにして、胸に手を添えて軽く頭を下げた。


「ど、どういうことですか?」

「王太子殿下が見ていたものですから」


 エステルは、今度こそ絶句しそうになった。


「……なんで、そんなことを……」

「まぁ、そちらは今は気にしないでください」

「気になりますわ」

「私としても今、とても気になっていることがあります。なぜ結婚相手を変更しようとしているのですか? それで本当に構わないと思っていないのに」

「えっ?」

「あなたが王太子殿下に未練がないとは思えないのです。心は正直ですからね」


 アルツィオが魅力的な目を、ほんの少し申し訳なさそうに細め、エステルの胸元の近くを指差した。


「実は、私は〝心の音〟が聞こえるのです」

「音?」

「結晶のように、きん、と触れ合う音を立てて感情を伝えてきます。話しているとその奏でる音の具合から、考えもある程度は読めたりもします――だから私が、軍を父たちに任されているわけですが」


 そう、だったのかと身体から力が抜ける思いかした。


 やけにタイミングよく言葉が返ってきたりしたと感じていたが、それは〝心の音〟を聞いていたせいなのだ。


 魔力は未知な部分が多く、まれにその人しか持てない特殊な能力も発現させると言われている。


 多言語翻訳、歌うだけで眠らせられる――。


 国によって説明のつかない特殊能力も、他に色々とあるとされてきた。


 ヴィング王国の第三王子、アルツィオ・バラン・ヴィングもそうなのだ。それを言えば成人と同時に魔法数が国内第二位へと一気に浮上したユーニも、その一人ということになるだろう。


(彼に、嘘は通じない)


 わざわざ婚姻の候補としてやってきた隣国の第三王子だ。


 もし夫婦になるとしたら、何も言わないままというのも申し訳なかった。


「……あの、私達の声は誰にも聞こえないのですか?」

「はい、聞こえませんよ」


 彼がにこっと笑う。


「どんな魔法だろうと聞き出すことは無理です。私のもっとも得意とする魔法でもあります」


 だから安心してくださいと、彼の笑顔は伝えているみたいだった。


 かなり強い魔法なのだろう。


(にこにこしているお方だけれど、とてもすごい軍人でもあるみたい)


 それでいて――安全な人なのだと直感した。


 彼は婚姻候補の審査をしているわけではなさそうだ。


 自分の意思をしっかり持っていて、先程から伝えることは伝えてくる。


 妻に娶るのかどうかは分からないが気付いているのなら、話すたべきだと思う。


 聞きたいから、彼は魔法を貼った。何か事情があると勘繰ったのだ。


 無理に婚姻の話しを進めず、聞いてくれるのは滅多にない優しい対応であるとも感じる。


 偶然ではあるが、彼が、一人目の顔合わせの相手でよかったとエステルは思った。


「今でも……昔からずっと、私は王太子殿下を尊敬していました」


 エステルは、正直に伝えた。


 ユーニのことはまだ知られていないはずだから、エステルは〝自国の王太子に捨てられた公爵令嬢〟だと他国の誰もが思うだろう。


 嫁の貰い手にと引き受けてくれるかもしれない相手なのに、話さないままでいいはずがない。


 そしてエステルもまた、誰かにこの胸の内を話したいと感じた。


「……今でも、……まだ、好きで……」


 話そうとすると、結婚資格を失った事実に涙が出そうになる。


 それはしてはいけないと思い、途中言葉を切っては、何度も話し方を探した。


 その間も、アルツィオは穏やかにこちらを見つめていた。ただただ黙って聞き手になってくれて、それがエステルはとても有難かった。


 話すと、心も落ち着いくのを感じた。

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