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一見すると、エステルを前にものすごく嬉しそうにしているように見える。
けれど、違う、と彼女は正面にいるから気づいた。彼は笑顔を作ってはいるけれど、よこに気を向けている感じからすると、直前までどこかを見ていた様子もうかがえる。
「いや〜、若いなぁ~と思って?」
「……はい?」
エステルは小首を傾げる。
すると彼が、彼女がどこかを見てしまう前に、と言わんばかりにエスコートした。
「まっ、ひとまずは行きましょう」
腕をぎゅっと引き寄せられる。
「今から女性をくどきに行かれますのに、あなたときたら……」
「ふふふ、すごく面白い心の音があって」
「……一人で楽しそうですわね?」
「ええ、楽しいですよ。私は性格が悪いですからね」
周りに聞こえないように、彼が頭を寄せて囁いてくる。
いったい、何を楽しんでいるのかは分からない。
(たぶん……リリーローズ様に会えるのが、よほど楽しみというのもあるのね)
彼のためにも、そして彼女のためにもしっかり紹介人を頑張ろう。そうエステルは改めて思った。
∞・∞・∞・∞・∞
王太子との婚約は、ほぼだめだろうと言われてからエステル・ベルンディ公爵令嬢はどこへ行っても注目の的だ。
舞踏会に参加していたユーニは、視線の集まりから彼女に気づいた。
(まぁ、相変わらずお綺麗だわ……)
とても着飾っていないが、上品なそのドレスもやっぱりエステルによく似合うと思った。
彼女を直々にエスコートしているのは、隣国のアルツィオ・バラン・ヴィング第三王子だ。珍しい灰色の髪が、優しい美貌を持った彼に大変似合っている。
魔力量第二位で、王太子の婚約者。
エステルの名前は、ユーニも以前からよく知っていた。
何もかも恵まれた才女だとみんないうが、努力家なのだとユーニは思った。
他の貴族のように遊ぶ話も聞かないし、社交界に行っても、女性達を偉そうに集めている姿などは見たことがない。
密かに憧れていたのに、まさかこんなことになるとは――。
(でも、よかった)
彼女には、アルツィオがいる。
父は再三『王太子と彼女はだめになった、大丈夫だ』と言ってきた。
魔法数国内第二位になったことで、ユーニはエステルとはまたタイプが違う、王太子にとって目にかけられる女性にはなったらしい。
誘ったら応えてくれるし、今回は舞踏会にも同伴させてくれた。
そしてエステルは、痛ましい事故でほとんどの魔力を失ってしまった。
(――私の、せいよね)
けれど、王太子とはずっと冷えた仲だった。
久しぶりにその姿を見かけた時、どこか解放されたみたいな笑顔を見て、ユーニは『それなら、このまま――』と思った。
どうせ、暴走している父のことからは逃げられない。
確かにアンドレアは美しい男だった。
エステルが憧れの女性だったから、眺めていたユーニも、自然とその婚約相手だった彼も次第に特別目で追いかけてるようになっていた。
父の言う通り、彼がユーニでいいというのなら積極的にいくまでだ。
エステルが身を引いてしまった今、よほどのことがない限りはユーニが婚約者として繰り上がるはず。
そう、周りの貴族達は噂していた。
ユーニだってそう考えてはいた。
魔力量第三位の令嬢はすでに結婚してしまっているし、令嬢でこれだけ魔法が使える女性というのは珍しい。
エステルがランキングから除外されればユーニだろうと、誰もが口を揃えている。
アンドレアのエスコートを受けながら、次の話し相手との談笑を楽しんでいたユーニは、ふと騒がしさを聞いた。
「まぁ大変っ」
「やはり体調が戻られていないのだ」
そう聞こえた途端、思わずハッとそちらを見た。
エステルが、ふらりとよろける。
(今日参加したら、別荘に戻られるというのは本当なのかも――)
噂を思う。舞踏会に急きょ出席を決めたというから、体調が戻って別荘から引き上げたのだとユーニは思っていた。
すると、エステルをアルツィオが支える。
――なんとも絵になる二人だ。
いい雰囲気だと、周りの貴族達も囁いている。
エステルはうまいこと隣国の第三王子に支えてもらったうえ、両腕を取られ、貴重な魔力まで分け与えられていた。
ユーニは『それなら私も』と思い、アンドレアに抱きついた。
「あら、よろけてしまいましたわ。ごめんなさい」
少し前まではひどく緊張したものだが、こうして触れることさえアンドレアは許してくれている。
そう分かってからは、父の指示がなくとも積極的にいけた。
(さあ、これで意識するはず)
ユーニはエステルのような大きな胸は持っていなかったので、子供みたいに押しつけた。
エステルと違って美女ではない。
けれど可愛いから、こういう仕草だって許されるのだとは、魔法数第二位になって社交界かで注目されるようになって分かった。
これでアンドレアがユーニを気にかければ、エステルへの注目はこちらへと再び集まるだろう。
「アンドレア様ぁ」
ごめんなさいと言うニュアンスで、甘えるような声で彼の名前を呼ぶ。
上目遣いで彼を見上げ、ユーニはゾッとした。
アンドレアは、とても怖い顔でエステルを――というよりは、彼女をその場から連れ出したアルツィオの後ろ姿を睨みつけていた。
ユーニが抱きついているなんて、気づいてもいない様子だ。
こんなに怖い顔をしているのは初めて見た。恐ろしくて、ユーニは震えそうになる手をそっと離す。
「ん? なんだ、ユーニ嬢」
ふっとアンドレアの顔を、ユーニへと向く。
意識したみたいな『ん?』は、あまり表情を変えないアンドレアにしては『優しい』とも感じるものだ。
しかし、ユーニは今、彼が表情をとても変える男だと知った。
「い、いえ……」
「そうか。次に行きたいところはあるか」
「あっ、そ、その、喉が渇いたような」
「分かった」
アンドレアはすぐ頷く。そして談笑していた貴族達に、申し訳ないが休ませたいのでまとあとでと、話す。
そんな優しい姿も、ユーニにはもう『優しい』とは思えなくなった。
彼は作法の通りに、紳士として対応しているだけ。
これまでユーニが勝手に期待して、どきどきしていたせいで気づかなかっただけ。
(本当に二人は仲がお悪いの? ねぇ、お父様――)
ユーニは、手を引く彼が何かを気にしていることを感じた。
移動しながらも何かがとても気になっていて、動きたいのに動きけないことに、珍しく苛々しているような――。
まさか、エステルの様子を気にしているのだろうか。
ユーニはまだ始まって間もない舞踏会、彼とのダンスの時間が訪れることに緊張を覚えた。
∞・∞・∞・∞・∞