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       ∞・∞・∞・∞・∞


 領地の別荘に戻って二週間が過ぎた。


 家族を王都に残し、一人だけこうして休みを過ごすのはエステルは初めてだった。


 時間は何も定められておらず、好きなだけ本も読めるし、避暑用である公爵家の別荘をぐるりと囲む大きな庭は美しい――。


 とはいえ、行動は制限されるから、なかなかやり方を考えあぐねいている。


「ふぅ――まるで本当に病人ね」


 広い別荘を移動するだけで疲労感が込み上げた。


 手紙に目を通したいだけなのに、父もいないので自由にできる二階の書斎へ移動するまでに、階段さえ今のエステルにはきついものがある。


「お嬢様、ご無理をされなくとも」

「ありがとう。大丈夫よ」


 屋敷からついてきてくれたメイドに、常々心配されるのも心苦しい。


 できれば一人にする時間を増やして欲しいものの、転移魔法で近くまで行き、そこから馬車で一時間揺られただけでエステルは倒れてしまったのだ。


 それを父に報告されてしまい、使用人の数も増やされた。


(魔力の量が大きいほど、失った反動も大きくなるみたいね……)


 パカル院長が、貴重な記録の原本を貸すといって送ってくれた。


 目を通してみたところ、二週間以上が経ってもエステルほど虚弱で回復していない者は、いなかった。


 国内第二位の魔力量、王族に次ぐ量を持つという珍しい令嬢。


 それが――今回の原因になっているようだ。


(最後まで、厄介なことしか起こしてこないわね)


 体力は自然回復するそうだが、エステルはいまだちょっとしたことですぐにバテてしまう。


 魔力量が多いほど、魔力がほぼない状態に身体が慣れるまでには時間がかかるのだろうか。


 それとも、本来は魔力をそれだけ持っているべき身体だから、ずっとこのまま……?


 そう考えると、さすがに不安が込み上げる。


(……きちんと嫁げるのかしら)


 この症状を黙って嫁ぐわけにはいかない。虚偽は、罪に問われる。


 待機状態の間には、できるだけ体力はついて欲しいと思う。


 嫁ぎ先で迷惑をかける花嫁であれば、婚姻先を捜すのも難しいだろう。


 アンドレアのことは数日では結果が出ると思っていたのだが、あれからとくに連絡はない。


 ただただ、待機状態だ。

 父達から進展の報告もない。エステルは、アンドレアとユーニの幸せ自慢みたいな記事を到底見られそうにないと考え、情報誌などは一切取っていないため、王都の状況もまるで分からなかった。


 結末の着地点は変わることがない。


 だから、こうなったら長い目で見ようと、落ち着いて休みを過ごしている。


 アルツィオが一番目の婚姻候補になって顔合わせからすることができたおかげ、でもあると思う。余計なことを考える時間も、減る。


「それでは、何かあればお呼びくださいませ」


 父から届いた封筒を開ける前に、使用人を部屋から出した。


 今、エステルが何をしているのか知っているのは家族だけだ。


「さて、と」


 ようやく届いた、三通目の便りだ。


 届いた封筒を開けてみると、調査書類が入っていた。


 もちろん、リリーローズ・エルボワ子爵令嬢のものだ。父にお願いして調べてもらっている。


 先に届いた身上書も報告書も、もうここにはないけれど。


(リリーローズ・エルボワ嬢……とても、素敵な女性だわ)


 俯いているのがもったいないくらいだ。


 エステルは、紙の上で彼女を知っていくほどどんどん好きになってしまった。


 リリーローズは、魔力の属性が植物を育てることに特化していて、野菜や花を育てることも個人的に愛していた。


 裏表がなく、人一倍他人の心に敏感で、優しい女性だと感じた。


 家業の手伝いに専念したのは、デビュタントの際にも緑の髪を奇異の目で見られたことがきっかけだが、後悔は何もないという。


『とても楽しそうに、領民の手伝いにも進んで入っている令嬢』


 各専門の調査員達も、思わずそう感想を記しているくらいだ。


 彼女はとても領民に愛されていた。

 それは土地や屋敷を持った誰かの妻になるのに、もっとも必要な能力や素質だとエステルは思っている。


(社交界の外では、とても活き活きとしているのね)


 エステルは、社交界の外には行けない環境にあったから彼女がかえって羨ましかった。


(殿下の婚約者でなかったのなら……すべて、違っていたのかしら)


 好きなように交友を楽しみ、気にせず趣味を見つける。


 けれと、アンドレアと出会わなかった世界を想像すると、やはりエステルの胸はが苦しくなった。


 彼と出会わない人生は、嫌だ、と。


「……彼女を見習わないと」


 エステルは、リリーローズを強い女性だと思った。


 彼女は社交界が合わないと感じてすぐ、自分にとって素敵な世界を見つけた。


(私の居場所は……外に行けば、何かみつかるのかしら)


 このまま病弱で、結婚もできなかったとしたらどうか。


 でもその間、何か自由に好きなことができるのだとしたら?


 すぐには何も浮かばなかったが、考えつつエステルは書斎の後ろの左右に大きくある、開かれたバルコニーの右側の方を眺めた。


 とてもいい天気だ。差し込む午前中の日差し、大自然の風に揺れる透き通った白い内側のカーテン。


(結婚先を捜すまで時間がかかると言われたら、私、何かしていいのかしら)


 そうしたら、自分は何がしたいのだろう。


 自由――そう考えると、心に軽やかな秋風が吹き込んでくるのを感じた。


 その時、魔力を含んだ風を感じた。


「あら、また」


 そこにふわりと降り立ったのは、アルツィオだ。


「や」


 彼は風魔法をとくになり、気楽な感じで手をあげて応えてくる。


「毎回、玄関からお入りくださいと申し上げていますのに」

「そんな堅苦しいことをおっしゃらないでください」


 言いながら彼が歩いてくる。


「私のメイドが気にするんです。お茶の用意をお待たせしてしまいますし」


 ひとまず『第三王子来訪モード』でベルを鳴らした。


「毎回思いますが、結構鳴らされていますよね」

「ええ、そうですね。それが何か?」

「あなたが力いっぱい鳴らすイメージがなかったものですから。もしかしたら私は、数回の訪問で嫌われてしまったのでしょうか?」


 思ってもいない癖に、彼がにこやかにベルを指差して聞いてくる。


「これは、あなたが来たことを知らせるために作った方法です」

「それは嬉しいですね。ますます私達の友好関係は深まったようです」


 何事も、ポジティブに捉える男だ。


 いや、言葉がうまいだけなのだ。

 スエテルが知っているどの〝王子様〟とも違いすぎた。


「本当に、また来たのですね」


 そこにもつい呆れた吐息をもらしてしまう。


「そろそろ三通目の調査資料が届く頃かと思いまして」

「それ、一昨日と昨日もおっしゃっていましたわ」

「どうしても待ちきれなくて」


 書斎机に寄りかかった彼は、あっさりと認める。


(彼が強力な転移魔法の持ち主のせいね)


 ここまでフットワークが軽いと、本当に一度自国に戻っているのかも疑わしくなる。


 彼の護衛部隊は近くで待機しているらしいので、きちんと自国には戻っているし、仕事もこなしているのは確かだろうけれど。


「それが、最後の資料ですよね?」


 彼が書斎机の上で、エステルが開いている書類を示す。


「ええ。ですが私が目を通すまで、少し待っていてくださる?」


 王子に向かってそんなことを言えるようになったのも、彼がエステルにそういう発言を許しているからだ。


 今日までの、紳士にしては『待て』ができないような前触れもない来訪が続いていて、エステルも彼を年上の王子で部隊をみている偉い軍人――というよりは、本当に友人みたいに年齢差も感じない人になっていた。


 あれから二週間、アルツィオはこうして魔法でやってきた。


 はじめは一日置きに来ていたが、一週間目に身上書を渡したら、毎日来るようになってしまった。


 彼が欲しがっていたようなので、もちろん一回目と二回目に届いた資料も、彼にプレゼントしていた。


「知ったら、どうも顔を見たくなりまして」


 甘い言葉に聞こえるが、彼が言っている『顔が見たい女性』は、リリーローズのことである。


 彼女が現在いる場所が分かり、毎日魔法で見に行っているわけだ。


 その言い訳に、彼は婚姻候補であるエステルに会いに入国しているのだと国王に報告、そして魔法入国管理局に、申請なしで直接の魔法転移を特別に許された。


 うまく理由されているのは感じるが、エステル自身は別になんとも思ってはいない。


 上手な男だなとは関心している。

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