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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

時の神子シリーズ

【短編】時の神子、強制的に二度目の人生へ

作者: みなと

 どうして、こうなった?

 王は、目の前に転がる王妃だった存在を呆然と見下ろした。

 売り言葉に買い言葉、まさにそれが一番しっくりくる表現であったが、目の前に横たわる王妃だった彼女に拒絶され、それを受け入れたくなくて拒否ばかりしていた。

 結果、王妃はバルコニーから身を投げた。


『もう、いやだ』


 その一文だけ残し、飛び降りる瞬間を見た王妃宮の侍女曰く『あんなに綺麗に微笑んでいた王妃殿下を見たのは、きっと初めてです』、ということだそうだ。


 棺桶の中、真っ白な薔薇の中、彼女は綺麗な顔で横たわっていた。

 飛び降りた先、たまたまあった柵に体を貫かれて絶命した彼女は、まるで磔の刑にあっていたような有り様で亡くなっていたそうだ。

 心臓をざっくりと貫かれ、更には両腕までも貫かれていたことが『磔のよう』と言われる所以だが、そんなもの聞きたくなかった。

 どうして、優しくしてあげなかったんだろうと、王はただただ後悔するが、時を戻すことなどできはしないのだ。

 そう、思っていた。


「できますよぉ」

「は…?」


 駄目元で相談に行った聖教会の中。大司教であるユリエラは微笑んで、のんびりとした口調で断言した。


「だ、だが、普段はできないと!」

「願った方にも反動は来ますからねぇ。ただ、その反動を良しとしても良いのであれば、私はこうして人によって結果の異なる可否を告げておりますのでぇ」


 底の読めない笑顔のまま、ユリエラは笑い続ける。


「でもぉ、代償は勿論必要ですよぉ?」

「何だ、金か?」

「そんなものあっても、死んだら役に立たないじゃないですか~。陛下は存外お馬鹿さんでいらっしゃることでぇ」


 ケラケラとひとしきり笑ってから、ユリエラが出してきたのは大司教にのみ受け継がれている聖書。


「我が国の守護神であらせられる神のお力を借りるために、代償としていただくものは、『蘇らせた者の記憶』にございます」

「は…?」

「生前の記憶をお持ちになったまま、王妃殿下がお目覚めになればそれはそれは悲壮な運命が待ち構えておりますよぉ?」


 だって、とユリエラは続けた。


「そもそも王妃殿下の自死の原因を作ったのは、貴方様ではございませんか。…こ、く、お、う、へ、い、か」


 わざと、一言一言区切って告げる。

 ユリエラの表情は普段のヘラヘラとした読めない笑顔から一転、何の感情も読み取れない『無』であった。


「陛下がもう一つの世界からやってきた聖女様に構いきりになり、王妃殿下との思い出を次々破棄なさり、王妃殿下のお部屋も何もかも奪って」

「やめろ」

「挙げ句、聖女様がご懐妊」

「やめて、くれ」

「それで王妃殿下が自死なされたら『反魂』を使って生き返らせてくれ、だなんてぇ…」

「あ、あぁ…」

「私なら生き返った事情を知った瞬間に首かっ切りますねぇ」


 あっははは!!と高らかな笑い声が響く。

 言われたことは全て事実。

 否定できない、己の不貞。そして、それを知った王妃の絶望は相当なものだった。

 聖女が望むまま、ただひたすら彼女を甘やかしてはいたが、聖女としての役割を果たしてもらうためのご機嫌取りだった。ただ、本当にそれだけだった、と繰り返した。

 結果として王妃は心を病んでしまい、自死を選んだ。


「どうせ陛下が妃殿下を蘇らせたい理由なんて一つでしょう?」

「……っ」

「妃殿下のご実家、ヴァイセンベルク公爵家のお力が必要だからでしょう?」

「ち、違う!本当に、それは違うんだ!」

「信じてもらえるとでもお思いです? 王妃殿下よりも聖女様の所に足繁く通った挙句に子まで成した男の言葉を。信じる価値、あります?」

「あ…」

「真実の愛とか運命の出会いとか、どうでもいいんですよぉ。いくら綺麗な言葉を並べ立てようとも、単なる浮気ですもん」


『単なる浮気』というストレートな罵り文句が、思い切り突き刺さる。だが、国王はぎっとユリエラを睨みつけた。


「黙れ! 聖女は後々の側妃となる女性だ! それに、ヴァイセンベルク公爵家と我が王家の縁談は国が定めたものだ、不貞だとかではない!」

「それを苦にして王妃殿下は自死されましたけどねぇ」


 あぁ言えばこう言う、まさにそれがぴったりな二人のやり取りに国王の側近は冷や汗が噴き出している。


「そ、それは、王妃が…、エーディトの理解が足りぬせいだ!」

「ふーん?」

「大体、正妃がいるのであれば側妃がいて何の問題がある! 我が国は側妃制度を禁止してはおらん!」

「んで?」


 気が付かぬうちに取れているユリエラの敬語。

 あれ、と思った側近だったが、次いだ言葉に顔面蒼白になった。


「エーディトがきちんと理解せぬまま国母になったのが、そもそもの問題なのだぞ! 大司教は国、そして国王や王妃が、何たるかを理解する必要があるのではないか?!」


 ぴしり、と空気が凍り付いた音が聞こえた気がした。

 ユリエラの顔からは一切の表情が消え、ひたりと国王であるアルベリヒを見据えていた。


「今の発言は、エーディト姉様がわたくしの従姉だということを知った上でのものですかしら」

「……………………あ、っ」


 今更ながら思い出したらしい。

 ユリエラと、王妃であったエーディトはとても仲のいい従姉妹同士だったのだ。

 本来であればエーディトは生まれ持った特殊スキル故に神殿所属となるはずだったところを、王家がヴァイセンベルク公爵家の力を欲しいと願ったために、拝み倒して半ば無理矢理に嫁がされたのだ。

 ユリエラと二人で、それぞれが持った特殊スキルを民のために活かしていこう、と笑いあっていたのに次第にエーディトからは笑顔が消えていった。

 もともと体が少し弱かったエーディトは、無理矢理婚約を結ばされた後、ヴァイセンベルク公爵家から無理矢理連れ出され王妃教育を相当な速度で行ったと聞く。


 見ている方が泣きたくなるような苛烈な教育スケジュール。

 眠る暇があるならば勉強しろ!と幾度も怒鳴られ、まともな休息など得られないままに進められた教育。

 エーディトが優秀であったからどうにかこなしたけれど、結婚式を挙げてからも心休まる暇などなかった。

 新婚初夜は相当乱暴に行われ、あまりに呆気なくエーディトの純潔は散らされ、ただ夫であるアルベリヒが快楽を得た後、子種を吐き出すためだけの行為として終えられたのだ。


 もう嫌だ、と泣き叫んでも誰も手を貸してなどくれなかった。

 ヴァイセンベルク公爵が娘との面会を求めた時だけ、彼女は外の人間と会うことが出来たそうだ。そして、その際はしっかりとアルベリヒが付き添い、余計なことを言わないように思いきり背を抓っていた、とも聞く。


 それらが伝聞調なのは、ユリエラが血反吐を吐く勢いであっという間に大司教の地位に上り詰めたうえで、城の人間を引っ捕まえてヴァイセンベルク家へと引き渡し、拷問に近いことを行って情報を吐き出させたからだ。


 知った時はもう遅かった。


 エーディトは天へと召され、もの言わぬ亡骸が公爵家へと帰ってきた。というか、帰って来させた。

 王家は『王妃の亡骸はこちらで弔う!』と必死だったが、ヴァイセンベルク公爵とエーディトの姉や兄、妹や弟も許さなかった。


 様々な事柄があってからの、アルベリヒからの『時を戻してほしい』という何とも厚かましすぎる願い。

 バッカじゃねぇの?!と、要望書を幾度も引き裂きばら蒔いた。はらはらと舞う紙がまるで雪のようだった。

 どうして自分勝手なクソ男のために、愛しき従姉妹の時を戻して笑やらねばならないのか、と大司教は叫んだ。教会の人間は事情を知っているから、ユリエラの悲痛な叫び声をただ聞くだけしか出来なかった。

 王家からの要請だとしても、教会側もこれを受け入れたくはなかったという異例の事態。


 だが、アルベリヒが王家の依頼だぞ!と乗り込んできたことによって事態は一変する。


 完全にブチ切れたユリエラが『まぁ、話くらいは聞いてあげなくもないですねぇ』と言ったことでこうして会話をしていたのだが、アルベリヒからは一切の謝罪も何も無かった。

 挙句の果てに『エーディトが悪い』と言い出す始末。

 アルベリヒの側近も知っていたのだ、エーディトがユリエラの従姉妹であるということは。勿論、アルベリヒも知っていたはずだ。王妃となる人間の親戚関係は把握されている。

 知っていて罵ったのであれば、今回の件はエーディトのことを馬鹿にしに来ただけ、としか思えない。まさに鬼畜の所業とも言えるだろう。


「時の神、クロノス神に愛された『時の神子』たるエーディト姉様に対しての暴言の数々。よくもまぁ、このわたくしの前で言えましたわね…?」


 ぶわりと殺気が膨れ上がる。


「お答えくださいませ、陛下。時の神子たるエーディト姉様の価値はそんなにも軽いものでしたか?」

「あ、っ、ち、ちが、…違うん、だ」

「……何が違いますぅ?」


 二人の間には、ティーセットが乗せられたローテーブルがある。

 冷たい微笑みを浮かべたまま、ユリエラは思いきり足を振り上げてそのテーブルを蹴り上げ、吹き飛ばした。

 ガン!と物凄い音がして、テーブルが床に落ちる。少し時間をおいてガシャガシャ!とティーカップやらが落ち、割れ、紅茶やケーキの残骸が散らばる。


「ねぇ、何が違うんですかぁ?」


 国王も、側近も、動けなかった。

 ユリエラの放つ殺気があまりに強大で、密度が濃く、彼女の瞳に宿る怒気が、その場を支配していた。


 エーディトが『時の神子』であるということは、持っている特殊スキルから判明していた。

 数百年に一度生まれるかどうか、という類まれなる存在である『時の神子』。

 時の神であるクロノス神の愛し子であり、時の力を借りながら民の力となっていくための存在。

 クロノスが過去から未来へと続く時の流れを支配する神であるが、時の神子はこの時の流れを支配する力の一部を借り受ける存在。


 そして更に、ユリエラ自身も『時の神子』である。

 細かく分けるとユリエラが過去から現在。エーディトが現在から未来、と本来であれば二分されていた能力だったのだが、エーディトが純潔でなくなった瞬間に、全ての能力がユリエラへと譲渡された。

 仕方の無いことだと理解はしつつも、どうしてあんな勝手な王家のためにエーディトの力が失われなければならないのかと思ってしまった。だが、皮肉にもそのお陰で『時の神子』の役割を持った大司教が誕生した、というわけである。


「陛下、わたくし。貴方をとぉっても恨んでおります」

「……っ」

「姉様は、あんな風に死ぬような人ではなかった。あなたと結婚しなければ、きっと今頃はわたくしと共に教会でクロノス神に仕える神子としての役割を果たしていたに違いありません」

「ま、まて」

「あなた方の我儘のせいで、愛しき我が姉様は天へと召されました。なんて可哀想なお姉様」

「わ、わたしはエーディトをきちんと愛していたのだぞ!」

「だから?」

「……え?」

「愛していれば何をしても許されるというのでしょうか?」

「あの、っ」

「で、確か陛下はエーディト姉様の時を戻してほしいと…そのように仰っていらっしゃいましたわね」

「…!」

「よろしいですわよ。わたくしの持てる力全てを投じて、何もかもを戻しましょう」


 その言葉を聞いたアルベリヒは、安堵したようにほぅっと息を吐き出したのだが、続いた言葉に凍り付くこととなる。


「全てを戻しますが、貴方には記憶を残したままにしておいてさしあげますわ。それと、わたくしやヴァイセンベルク公爵家に連なる方々にも、ね」


 話が違う!と叫びかけるが聖書を持ち上げてひらひらとはためかせる。


「なら良いですよぉ。戻しませんからぁ」


 あまりにあっけらかんと言われた内容に、アルベリヒは顔色が赤くなったり青くなったり忙しい。


「そ、そんな…」

「やり直したとしても、陛下はまた同じことを繰り返しますよぉ」


 笑いながら言うユリエラに反論したいが、できない。

 もし、やり直すとしてもうまくエーディトに接することができるのか分からないし、何をやり直したら良いのか今のこの状況では分からないことだらけだ。


「どうするんですかぁ?」


 急かすような問いに、『次にやり直したらきっと上手くやれる』という根拠の無い自信が満ちた。

 記憶があるならば、うまく接して愛し、次こそは国王と王妃、二人でいい国を作っていこうと決意する。


「お願いする、大司教。…お前の言う通りの回帰でかまわない。だから…!」

「まぁ、上から目線で腹が立ちますがやってさしあげましょうか。…次、うまくやれると良いですわねぇ」


 ぱらぱらと聖書を捲り、目的の箇所で止める。


「では、参ります」


 静かに呪文を唱え始めるユリエラ。

 足元に陣が展開され、何やら見たことの無い文字で縁取られているのを興味津々、というように見つめていると次第に意識がぼんやりとしてきた。

 ありがとう、と言おうとしたけれど、ユリエラの言葉に思わず手が伸びた。


「そうそう。先程わたくし『蘇らせた者の記憶』を代償に、と言いましたが、やめました」


 にこやかに言葉は続けられる。


「エーディト姉様、そして公爵家の皆様、わたくし、陛下の記憶は持ち越した上でやり直させていただきます。だって…」


 ニタ、と初めて見せる笑いでユリエラは言う。


「普通にやり直しなんてさせてあげるわけ、ないじゃないですかぁ? この人殺し!!」


 違う!と叫びたかったが叶わなかった。

 あっという間に、首根っこを掴んで引きずられるような感覚で過去へと戻されていく奇妙な感覚に襲われる。



 アルベリヒは、考えもしていなかった。



 エーディトとやり直すことが、己の思うよりも相当難しいこと。そして、やり直しを希望したばかりにヴァイセンベルク公爵家を本格的に敵に回したことを、後悔することとなるのである…。

お読みくださいましてありがとうございます!


書きたいところがまずここだったので、勢いに任せて書きました!

色々設定自体は考えているので、ご希望があればそのうち連載にするかもしれません。


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― 新着の感想 ―
[一言] これはアフター読みたい
[一言] 続き気になる
[一言] 続きが非常に気になります。回帰前、公爵家以外の貴族がどう思っていたのか、聖女は下種なのか。 回帰後の公爵家が、どのように王を追い詰めていくのか
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