たった一つだけの注意点!
この法門を修得すれば、自分の思いのままにこの世界を造れるといういうことですか?
そうだ、ただし一つだけ注意しなければならないことがある。
それは、この「一念」というのは、表面上に現れる「思い」とか「願い」とかではなく、表面上ではわからない心の底から涌き出る「一念」、つまり「思い」や「願い」であることじや。
だから、そちが、いくら表面上で、顔つきや言葉、あるいは行動を取り繕って「私はこの世界の平安を願っています」としても、そちを取り巻く世界はそちの奥底にある「一念」が造った世界となる。
奥低の一念が善いことを望むなら、そちを取り巻く世界も住み善い世界となるであろう。また、奥底の一念が悪いことを望んでいるなら、そちが暮らす世界も悪い世界とならであろう。
…(少し間が空く)
お師匠様、これってどんな願いでも叶える魔法とは違んじゃないですか!
いやいや、魔法と一緒だ、どんな願いでも叶えると言う点では…、ただ願いをする本人が自分自身の本当の願いに気づかないだけだ…。
この「一念三千」の法門は、人が自ら気づかない本来の心の願いを「開き」、「示し」、「悟らせ」その道に「入れる」ようにするためにあるんじゃ。
師匠、先から、「表面上の心」、「奥低の心、「本来の心」と言っていますが、それぞれ何が何を指しどう違うのか分かりませんが?
そうじゃの、今のそちじゃよく分からないのが当たり前じゃ、今は一つだけ教えてやろう。
まず、人の心というのは、表面的に現れたものの上にも、またその下にも、幾つもの階層があると言うことじゃ。
だから、改めてそちに問う。この法門を修得したいか否か?
望むなら、毎晩そちのためにこの教えをよく分かるように説いて聴かせるが。
毎晩ですか?私が願わなくても押し掛けて夢に出てくるということですか?
そうじゃ!何故ならそちの奥低の本心がそう願っていることを私は知っているからだ。
(この時の観音様の表情は、何時もの蓮池の華を観ているだけの表情とは違って、久しぶりに手応えのある弟子に逢って少し嬉しそうです。)
…
(続く「仮:心の階層について」)




