07話 普樂歩智
≪世花≫
それは裏の社会でも大きな勢力をもち、この国を表と裏で支え続けた組織。
その組織の始まりとなる三つの一族。
≪閏≫ ≪赤神≫ ≪百厄≫
表の世界で最も影響を与えている。
≪綾嶄寺≫
≪睦月≫から≪極月≫と月を冠した十二の一族達。
そしてそれらに尽くす護衛の一族≪儚義≫。
約二十の一族によって構成された組織である。
その中でも裏の世界で最も有名でありながら、謎大き影響力のある一族がある。
≪普樂≫
この国は愚か、裏にいる人間であれば世界問わず知らぬ者はいない、世界最高峰の情報屋の一族である。
なぜ最高峰と呼ばれるか。
曰く、未解決事件の真相を知っている。
曰く、世界全て、約八十億の人間一人一人のこれまでの生い立ちを記録している。
曰く、この世のものであれば知らぬモノなど無い。
そう言われる程に彼らの持つその情報力は途轍もなく正確で不気味なものなのだ。
なら何故、世界を騒がせていた行方不明者の居場所を知らせないのか。
情報屋とはその都度違う人間と仕事を行う。あくまで彼らは敵味方など無く、常に公平の立場に位置するため情報によってはどんな利益よりも隠蔽を優先することがある。
だが、もしかするとその『普樂』達でさえ分からないのかも知れない。
普樂歩智もその一族の一人である。
歳は大体四十くらいか。
彼とは俺が六歳頃からの仲で、別に幼馴染のような仲ではなく、言わば仕事の関係上の仲というのが正しいだろう。
互いに≪閏≫の専属の護衛者であり情報屋。
だが、それも俺が≪儚義≫として現役だった頃の話。
今はその時の事での腐れ縁で色々と世話になっている。
「つまり君はその子とやっ」
「やってない」
「そんな趣味が」
「ない」
ニマニマと面白そうにこちらを見て口を開くのに閏花はシラケつらで即否定をする。
「まぁ、冗談は置いといて異形の出現と少女の顕現、願いの花、戻った世界…ふむ、面白いな」
「こうやって話さなくても知ってたんだろ。どうせ見ていたんだから」
普樂とのやり取りは決まってこちらの情報の開示、そこから知りたいことを聞くと決まっている。
全てを知っているような彼らにそれは不要ではないか、そう思われるだろうがちゃんとした理由がある。
それは言わば取引を行う際の駆け引きのようなもの。
どれほどの情報を有しているのかの確認、何処まで開示するのか、その必要な情報の価値の査定、そしてその情報を与えるのかと様々なことがその数秒で決まっていくのだ。
「いや、残念ながら今回ばかりは私は見れていないから知らなかったよ」
「は?」
「君の違和感を感じた零時になるその瞬間、俺の放っていた全
ての使いが消えたからね。知る術がなかった」
「つまり今回の件はあんたでも一切分からないと」
「ああ。だけど君の体と建物などが治った事は分からないが、それ以外の事は今の話を聞いてなんとなくわかったよ」
たった今話した情報だけで何が分かったんだよ…。やはりすごいな。
「いくらなんだ」
貯金はそれなりにあるが、それでも俺が働かずに節約すれば十年生きていける程の彼らにとって塵にも満たない額。はたして足りるだろうか。
そう不安になりながら尋ねる。
「君と俺の仲だ。今の情報で十分だよ。それに今回のこれは知らなければならないことの様だからな」
「まず初めにその子の事だが、君の考えている通り人ではない。魔術儀式というより魔法寄りな何かによってできたナニカだ。残念な事にこの子に関しては俺にも全く分からないよ」
「魔術や儀式にも詳しいあんたでも分からないことがあるんだな」
「私はあくまでも人間だ。全知の神では無いのだから分からないこともある。まぁこの子に関しては全知の神ですら知らないナニカなのかもしれないがな」
神すら知らないって明らかにやばそうに感じられるのだが。
「次にそのナニカが君に伝えた七つの事。
一つ´既に願いは受けた´二つ´願いの変更は可能である´を聞くにそれは何か願望を叶える儀式に関わるものだろう。そしてその願いは恐らく閏達が願ったものだろうな。君なら二人から何か聞いているんじゃないか?」
少し寂しげに否定するように首を横に振る。
「いや、何も聞いていないからその願いまでは分からない。あんたなら二人の願望とか知ってると思ったんだけどな」
まぁあの二人が願った事。それは恐らく長く一緒にいた俺達からすればどんな願いかはだいたい予想はつくが。
「三つ´この三百六十六の虚ろ夜 なんとかの存在達から守り抜け´その儀式の完了にはその夜から一年の時間を要する。存在達から守れというのは恐らくその虚ろ夜に君の前に現れる倒した様な奴らから守れということだな。そして虚ろ夜についてはもう少し分かった事があるがそれは五つ目に関わるから後でだ。
四つ…常に栄養を与え続けろ´これは単純に面倒を見ろと捉えていいだろう。今日の朝一緒に食事などをしたようだしな。ず随分と仲良くできてるようだね」
こいつ何か見たな…。
「そして五つ´境界の外へは出られない´。これはかなり重要なことだ。君は気がついていないだろうが既にこの四国を囲うように結界が張られている」
「四国を囲うってかなり大規模だが、そんなこと可能なのか?」
「軍隊規模の上級魔術師がいればできるんじゃないか?まぁ魔法の儀式となれば納得するしかないよ。こればっかりは」
「それで、その結界が虚ろ夜と何の関わりがあるんだ?」
「今はこの結界は出入りは自由だ。俺の使い魔や外の者に確かめてもらったからな。となると´境界の外へは出られない´はその子が出ることができないということだろうな」
「別に俺も出るつもりは無いからな。それに今の俺なら先の夜のような奴なら、まだ何とかなる」
「まぁ今の君ならなんとかできるだろうが、それだけならの話だよ」
「それだけ?」
何かを既に知っていると意味深に言うその言葉に疑問の声が漏れる。
「まぁまぁ、焦らず話を進めよう。虚ろ夜、その虚ろの意味は分かるか」
少し考え
「虚しいと同じ漢字だから、空っぽって事じゃないのか?」
「合ってるよ。他には内容がないやぼんやりとした心と幾つかあるが今回はぼんやりとしたが正しいだろうな。
虚ろ夜、俺が測ったところ、約一時間。この結界内以外、つまり世界の時が完全に止まっていた。
考えられるのは二つ。先の通りその空間以外の時間の停止。もう一つはその時間のみ結界内のものを別の空間、次元へと転移させられた」
「有り得るのかそんな事」
「有り得ないなんて事こそ有り得ないんだよ、閏花」
何を言ってんだコイツと言うように見る閏花をフッと鼻で笑う。
「俺達は俺達の持つ情報を元に常識が作られる。だがこの世界というものは俺達が想像する何倍もの情報がある。それは簡単に言うならば地球の外、宇宙、銀河と。だからありえない事なんて存在しないんだよ」
「まぁそれは分かったが、つまり虚ろ夜の時間の内は中にいる者は外へ出ることができるが、外の者は中へ入る事が出来ないという事でいいんだよな」
「一ならその通りだが、二であれば中から外へ出ることも恐らくできないだろうな。それと、異形の出現、君の肉体や建物、森の修復が何となくだがそれで説明はつくのだろうが、今回の場合はそうでは無い」
「なんでだ?」
そう尋ねると袖を捲り右腕を出すと、そこには血の滲んだ包帯が巻き付けられていた。
「別の次元での出来事はこちらへ戻った時反映されないという考えであれば君の肉体は滅び、壊れた建物や荒らされた森が元に戻ったようになるという考察をすることができるが、この傷が治ってない事からそれは否定される」
「分かったが、どうしたんだその傷は」
「さっき言ったろ全ての目が無くなったと。だから調査のために新しい使い魔を作ったのだが使役に手間取ってなこのとおりだよ。ちなみに召喚に使った場所は荒らされて直っていない」
「つまり元通りの件に関してはさっぱりだということか」
「今はな」
今はなということは一応そちらの方でも調べてくれるみたいだな。本当にありがたい。
「そして残りの六つ、´終わりし時に摘み取れ´これは色んな捉え方があるだろうからはっきりとは分からない。まぁその時になれば分かる事だ。
七つ、´決して失ってはならない´これはそのままだな。だいたいあの子を死なせてはならない、手放してはならないという事だろう。ここまでが君から聞いた事だけで出た情報だが、質問はあるか?」
「今はないな」
「なら話を続けよう。ここからは俺が軽く調査して分かったことだが、その虚ろ夜の直後に世界のあちこちで動きがみられた」
「世界?」
「ああ、主に七大国だな。その動きというのが現戦場の激化に新たな魔術師を率いた別の軍隊に近いものの編成だ。しかもかなり手際の良さだ事前に準備をしていたのだろう。君はこれをどう見る」
「もったいぶらずにあんたの考えを教えてくれよ」
「恐らくだが、その夜のこと知っていた何者かが世界各地に事前に情報を与えていた」
「何の為に」
「さあな、だがもうわかっているだろ。それがどういう意味になるのか」
「ああ、理解してるよ」
閏花は隣で絵本を読むナニカを見る。それに気が付きナニカはこちらを向き不思議そうにしながら首を傾げる。
「この子が狙いなんだろ」
願望を叶えるものがあるのならば何者だってそれを手に入れようとする。それが正常であり悪などない正義だ
「俺が思うに今行われている戦争はこれからすぐに始まる本当の戦争の目くらましだったんだろうな。それでどうする」
「何が」
「今君は世界中が望むモノを持っている。つまり異形の怪物たちだけでなく世界そのものも君の敵となるわけだ。今ならそれを放棄して逃げることもできるが」
「逃げる?馬鹿なこと言うなよ。あんたは俺のことよくわかっているだろ、俺は御二人が残した願いを守る。それだけだ」
「失礼、余計な事だったな。だが、≪世花≫というかつて味方だった者も敵だという事を忘れるなよ」
「分かっているが、あんたはどうなんだ」
「普樂に欲などないよ。だが、君がそういうのであれば俺はこれまで通り公平の立場でいるため君との関わりを一時的に切らなければならないが」
「気にしてない」
「すまないな」
そう珍しく困り顔を浮かべていた。初めて見るその顔を見て自身も少し困るな。そう目の行く先を考えていると自然とナニカへと向かう。
「まあ、本当に申し訳ないと思っているなら、一つ一緒に考えてほしいことがあるのだが」
「なんだ?」
「名付けについてヒントをくれないか」
「そういえばその子には名前が無いと言っていたな。今は何て呼んでいるんだ」
「ナニカ」
「は?」
それを聞いて珍しくキョトンとした顔で固まる。そして頭を徐々に俯けて肩が震えだす。
「ハハハ、ナニカってひどいな君は」
「そんなに笑うことはないだろ。あんたなら何て呼ぶんだよ」
「そんなもの普通に嬢ちゃんと呼んだらいいだろ」
「…確かに」
「それに名付けなんて適当でいいんだよ。呼びやすければ」
「適当は可哀想だろ」
「君の名前だってそうだろ。閏に花。自分達の名前に自身達の好きな花を合わせて名付けたのだから。それにその懐きようだ」
何を見てそう再びナニカを見ると、気がつかなかったがナニカはずっとその左手で閏花の服の裾を摘まんでいたのだ。それは恐らく気がつかないように、話の邪魔にならないようにとナニカなりの気遣い。
「だから君自身で考えている名付けをしてやるといい、どんな名前でもその子は喜ぶだろうよ」
「分かったよ。しっかり悩ませてもらうとするよ」
「ああ、そうしろ。っと、そろそろ時間だな」
時間はもうそろそろ十二時になろうとしていた。歩智は椅子から立ち上がり横にある冷蔵庫に改造されたクローゼットを開きそれを取り出し閏花へ渡す。
それを見てナニカは「わぁ」と声を漏らす。
それは世間に出回っていない珍しい花の花束。花の名前は『咲枯』。橙、ピンク、黄色、赤、青、緑と色の種類がある花。閏の庭で大事に育てられていたものだ。一年をかけて面倒を見続けなければならない管理の難しい花。
「いつも悪いな、こんな大変なものを毎年」
「いいんだよ。俺も二人にはよくしてもらったからな。後これも返しておくよ」
そう差し出されたものを受け取ると、それは一つの黒い真珠のあるネックレスだった。
「いいのか?勝手にこれを俺に返して」
「言っただろ公平の立場に着くと、つまりこれはそのうち手放すことになる。それなら今ここで返しておくのが一番だと思っただけだ。それにお前自身必要なんだろそれは」
「ああ、ありがとう…」
「そんな顔をするな。これが最後の別れと決まったわけではないだろ」
「ああ…」
閏花はナニカと手をつなぎ、ゆっくりと外へと繋がる扉へと向かう。
「またな」
振り向き別れの挨拶をすると
「ああ、達者でな」
と手をひらひらと振り返事をする。
二人が外へと出て静かな部屋に扉の閉まる音がガチャンと響く。
机の引き出しを開きタバコを吸い煙を天を見ながら吹く。
「悩み抗い頑張りたまえ。少年、僕は君を信頼しているからね」
波音が耳に鳴り響く。
目の前に広がるのは整備されていないために漂着した大きな流木やタイヤ、船の部品と様々なものがある砂浜。青々とした広大な海に点々とある島々。
閏花は花を抱えたまま海の先を向いて瞼を閉じながら見ていた。
ナニカは邪魔はしてはいけないと、見ながらマネするようにそちらを向いて瞳を閉じる。
そして閏花は瞳を開き、波打つ海の方へと向かい手に持つその花束を置く。
すると波が少し、少しとその花を攫って行く。
「ママ、何してるの」
「墓参りだよ」
「墓参り?」
「ああ、とても大切な人達に挨拶をしに来たんだよ」
「大切な人達?」
不思議そうに周囲を見渡すがそんな人の影は見当たらない。
「何処にもいないよ」
「ここにはいないよ。この先のずっと遠くにいるんだよ」
「ずっと遠く…」
たぶんこの子からすれば最後まで分からないことかもしれないだろうが、今はそれでいい。なんとなく伝わるだけでいい。
さて、終わったしもうそろそろこの子の名前を決めないとな。適当って言ってたけど本当にそれでいいのだろうか。いや、もしかすると適当に考えるように落ち着いて考えろというのもあるかもしれないな、そうなると。
今まではナニカと呼んではいないが呼んでいた。ナニカのカは花として読むことができるな。二人もそうだが俺自身も好きな漢字だからな。それは入れるとしよう。となると残ったナニだが、よく考えるとナニは漢字に似ているよな、十と二に。十と二、十二、十二月、十二か月…この子を守る一年に繋がるな。十二といえば他に何がある、欧州旗…十二星旗…いや、関係ないな。聖書とか科学の元素にもありそうだが、そこら辺は知らないな。他…もっと単純なもの、数字となるとトランプがあったな。トランプの十二は確かクイーン…姫か。まあ、守るということでありっちゃありだな。なら『姫花』か?いやそれだと最後が『か』で自分と被って呼ぶのに違和感が少しあるな。となると花、はな…『な』と呼ぶとしたら…。ああ、そうしよう。
閏花はナニカと目を合わせるように腰を下ろす。
「今まで名前がなく呼ばなくて悪かったな」
「気にしてないよ」
「それで名前を思いついたんだが聞いてくれるか?」
「うん」
「姫に花と書いて『姫花』にしようと思うがどうだ?」
「ひな…」
そう考えこみ、ナニカは嬉しそうに頷く。
「ひな、それがいい」
「よかった…」
深く息を吐く。単純に考えたとはいえ名付けとはこんなにも疲れるものだな。姫花が喜んでくれたからよかったものの、拒否されたらと少しドキドキしてしまった。
「なら姫花、これからよろしくな」
「うん、ママ」
そう二人は再び手を繋ぎながら帰るようにその場を後にする。