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WH/Fleetier  作者: KIKP
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06話 胡蝶之夢

 


 再び意識を覚ますが真っ暗な世界に変わりはなかった。

 変化があるとすれば、少し違和感があるが、心地よい、その感覚はよく知っている。

 そうそれは起きた時の布団の中のような…。


 ゆっくりと目を開くとそこに映ったのは、よく知っている天井だった。

 毎朝目覚めた時に見る、寝室の天井。

 これも夢なのかと右手を上げるとあの時破裂して失った筈の腕が見えて確かにある。左肩もしっかりとあるのが分かる。 


 さっきまでのが夢なのか?

 あんなにもリアルな感触のある夢が?

 そう考えながら上半身を起こすと、先の違和感がはっきりとした。


 なんで俺は服を着てないんだ?


 それは足先から頭の先まで何も身に着けていない、すっぽんぽん。つまり全裸の状態だ。彼は決して裸族というわけではない。寧ろ寒がり、冷え性である為服を着ないという選択は有り得ない程だ。


 寝相が悪くて寝ながら脱いでしまったのか…いやそんなわけ…。

 脱いだ衣服を探るように布団の中をゴソゴソとしていると何か柔らかい、肌触りの良いモノに触れた。


 何だ?

 触れたそれはとても肌触りの良いものだった・とても柔らかくフニフニとしていた。衣服ではないことは確実だ。


 布団を捲り上げそれの正体を見る。

 そこに現れたものは見たことのあるものだった。

 咄嗟に閏花は布団を戻し頭痛を訴えるように頭を抑えて俯く。


 夢なのか夢でないのかという激しい混乱による頭痛もそうだが、それとは別に激しい動揺を隠す為のものである。

「…今も夢を見ているのか」

 捲り、そこにあったのは当然衣服ではない。クッションや枕といったモノでもない。そもそもそれは無機物ではない。


 無言で夢なのかを確かめるべく自分の頬を抓り、引っ張る。


 ———痛い。それにこの感覚はやはり…現実のようだ。


 すると布団が動かされたことでそれが目覚めたのか、もぞもぞと動き、布団を引っ掛け被りながら山を作るように起き上がる。

 そこに現れたのは、まだ夢かも現実かもはっきりとしていない、あの夜に現れたあの花の種の正体。子供姿をしたナニカが閏花と同じように裸の姿で現れる。


 むにゃむにゃと目をこすりながらこちらをゆっくりと覗き込むように見て、

「おはよ~ママ」

 そうナニカは寝起きながら笑顔で、目覚めの挨拶を告げた。


「ああ…おはよう」 

 何でママ何だ?と少し難しい顔をしながらもそれに答えるように挨拶を返す。

 何が何やら分からないが…これだけは確かなようだ。


 俺はまだ生きている。




 ■■■




 こぽこぽとコーヒーメーカーが動く音が鳴る

 それができる間に閏花はシャワーを浴ていた。

 目覚ましというのもあるが、体に少しでも傷跡が残っていないかというのを見るため、そして頭を整理させるためなのだが。

 体の隅々まで確認したが夜のそれで生じたと思われる傷跡は一つも見当たらなかった。が、

 そんなことよりこれは問題になるのか、ならないのかどっちなのだろう。

「ふわ…ふわ…」

 そう静かにもナニカがキラキラと瞳を輝かせ手に集めた泡で手遊びをして、俺はその髪の毛を洗ってあげていた。


 何でこんな事になっているかと。

 先の通りシャワーを浴びようと浴室へ向かっていると、真後ろにピッタリと着いてきており。

 流石に一緒というのはあれだと思い脱衣所に入る直前で別れるために扉を閉めたのだが。

「ママ」とノックと言うより普通にドアを叩き呼ぶので扉を開けるとすぐさま中に入り少し怒っているような気がした。


 まあ、いいか。ママと言うよりパパだし、そもそも親ではないのだが。ナニカは俺をママと呼んでるし今回だけは一緒に入るか。昔、弟妹のような子達の風呂の世話したことあるし、と諦め今に至る。


 ナニカはまるで産まれたての子の様に「ママ」とそれに着いていくという事以外何も知らないでいた。

 シャワーや体を洗うは愚か、水という存在自体を初めて見るように物珍しそうに眺めて「これは何?」と首を傾げて尋ねては俺が軽く答えていた。

 

 体の洗い方は見様見真似で教え何とかなった。

 ナニカは椅子に座りそのまま流れ落ちる水の雫をツンツンとつついて遊んでおり、その間にシャンプーをする。

 この長い髪の毛だ、洗うのは大変だろうからな。

 そう頭上から後ろへと洗いながら前髪を眺めていた。

 それにしても後ろはショートなのにセンター分けだけ長くしてるのはそういうヘアスタイルなのだろうか。そしてこの二束の異様にまとまった髪は一体どうなっているんだろうか。

 後髪を洗い終え、長いその二束の髪へと手を伸ばす。

 癖毛やセットしている髪も水に濡らせば真っ直ぐになると思ったのだが、その髪の毛は異常にその形を保ち続けている。

 触るとちゃんと一本一本サラサラとした髪の毛なのだが、直ぐにその形へと戻ってしまう。

 洗うぶんに手間とかそんなものは無いが気になってしまう。それに髪は髪なんだが…。

「ママ、どうしたの?」

 その手が止まっているのが気になったのか不思議そうに見つめて尋ねる。

「いや何でもないよ」

 そう答え、その長い髪を丁寧に洗ってやる。


 シャワーを浴び終え頭と体を拭いてやり、服を着て何か着るものでも探しとくかと考えていると、いつの間にかあの夜のローブを身に纏っていた。そんなもの先ほどはどこにもなかったのに。ほんとに不思議だ。


 脱衣所を出てリビングへと向かう。

 俺はまだあれが夢なのか現実なのか分からないでいる。子供のナニカがそこにいたのだから現実だったと考えられるのだが。あの化け物が現れ壊された床や食われた窓際が何事も無かったように直っていた。

 一つ変化があるとすれば窓際に置いていた、あの大切にしていた鉢植えだけが、まるで元からそこには無かったように、置いていたという痕跡すら無くなっていた事だ。


 ナニカにダメにするあのクッションを与えリビングで待たせている間に、閏花は朝食の準備をする。

 トースターがジリジリとタイマーのネジが回る音が聞こえ、閏花はそれを眺め考えていた。

 あれが現実であるとして、誰が俺を治療し運び、この建物を直したのか、そんな事が出来る人物に全く心当たりが無い。死の直前までいた人間を数時間で傷を治すならまだしも、完全治療できるなど聞いたことがない。そもそも治療したとして建物まで治す必要があったのか…。

 まぁ、今は分からなくていい。俺一人でこれ以上考えるよりあいつに話して聞くほうが何か分かってくるはずだ。丁度今日会う予定があるのだから。とりあえず朝食でも済ませよう。


 二つのカップにミルクとコーヒーをそれぞれ入れ 焼けたトーストの乗ったお皿とバターやジャムをカウンターに一度置きリビングの方へと向かう。

 ナニカはそのクッションが気に入ったのかそれを気持ちよさそうに抱きしめて大人しく待っていた。

 カウンターに置いたモノを次々にリビングの机の上に置いていく。


「いただきます…」


 ナニカがじーと少し警戒するように眺めていた。

 目の前に出されたものに対してどうすればいいのか分からないという感じだろうか。

 閏花はナニカの前にあるそれを取ってバターといちごジャムを塗って戻すように置く。それでも分からないようなので閏花は自分のトーストに同じ様にバターとジャムを塗り、こう食べる。そう見せて教えるようにそれを食べる。

 それでようやく理解できたのかナニカはその小さな両手でトーストを持ち、小さな口を開いて恐る恐るそれを口にする。

「ん!」

 すると警戒していたその表情は柔らかく解け、目をキラキラと輝かせて、おいしかったのか大きく口を開き頬張るようにして食べる。

「んん~」

 幸せそうに満面の笑み浮かべながら頬一杯に含んで食べる。

「おいしいねママ」

 そう閏花に告げて再び口一杯にかじりつき食べる。

「そうだな」

 至福の一時とはこの事を言うんだろうなとその様子を眺め微笑みなが自分のそれを食べる。


 互いに朝食を食べ終えコーヒーとミルクを飲み一息着いたところで尋ねることにする。


「なぁ…昨日と言うより夜の事を覚えているか」

 俺が意識を無くす直前恐らくナニカは目覚めて「ママ」と口にしたと思う。だからあの後何があったのか見ているかもしれないと思い尋ねる。

「夜…?」

「多分目覚めた時、俺は寝ていただろ。その時に他に誰か見かけなかったか?」

 ナニカは暫し考えるが分からないと首を横に振る。

「俺の体を治してくれたのか?」

「治す?」

 分からないというように首を傾げる。

「なら、なんでもいい。何か覚えていることは無いか」

「ごめんなさい。何も分からない」

 そう申し訳なさそうに答える。

「そうか…いや、大丈夫だ。謝らなくていい」

 あいつの所に行く前に少しでも情報が欲しかったが分からないなら仕方ない。今ある情報だけでいいか。

「なら、名前はなんて言うんだ?」

「名前?」

「ああ、ママではなく俺には閏花って名前があるんだ」

「うるか?」

「名前があるなら聞きたいのだが、分かるか?」

「名前…たぶん無い。だから分からない」

「そうか…ないのか…」

 この子を直接ナニカと呼んでる訳では無いが、そろそろ呼ぶためのちゃんとした名前が欲しかったがないなら仕方ない。なら名付けをするべきか?だが、名付けなんてしたことないし、だからと言って適当につける訳にもいかないしな。

 そう考え込む閏花に申し訳そうにするナニカを見て心配ないというように頭を撫でて安心させる。

 時間はあるんだ名付けはもう少し考えよう。




 今日の予定が決まりいつも通り休日にしている洗濯、干しを済ませて外出の準備をする。

 いつも通り移動用として使っているバイクを出すのだが、当然それは二人乗りにあまり適していない。

 だが、これ以外に無いしな。ロープなどで結んで何とかなるか。いや、その前に。

 そうナニカを見る。

 あの長い二つ髪の毛をどうにかしなくてはならない。風になびく程度ならいいがタイヤに絡まりでもしたら大変だ。どうにかしてまとめるか?それとも切るかとその髪を触れて、どうするか悩む。

 髪を結う事なんてないからどうすればいいか分からない。俺がどうにかする場合切るしかないが、こんなにも綺麗で長い髪を切るのはこの子の許可があっても正直気が引ける。


「どうしたの?」

 黙って触れることが気になったのかナニカの方から尋ねてきた。

「いや、ちょっとな。この長い髪だと少し危ないからな、結うなりして短くしたいんだが…」

「短くしたらいいの?」

「できるのか?」

「うん」

 なんだ、自分の髪を結うことは出来るのか。それなら悩む必要なんて…。

 そうナニカがその髪を結うのを見ているつもりだったのだが、そんなことなどしなかった。

 なら何をしたかと言うと。

 まるでその二つの髪の束が意志を持ってるのかどんどん短く縮み、足先まで長く伸びていた髪は鎖骨より少し上辺りまで短くなってしまった。

 髪や服と魔術的なにかなのだろか…。と考えるも。

 それにしてもショートになってもそれなりに似合ってるな。と感想を心の中で述べながらナニカが人間でない事を再確認した。


 ナニカを後ろに、離れないように二つの紐とベルトを使って補強する。

「しっかり捕まってろよ」

「うん」

 目的の場所はここから十キロほど離れた場所でバイクで走れば二十分程度で着く。

 その方向はこの県の北東部に位置する市で、工場までの海道を結んでいる。

 移住命令前では二十から十万の人口があったそうなのだが今は目的の場所にいるその男一人しか住んでいない。

 その町並みは緑化しているために都会と比べるべきでないが、緑化前を想像すると、俺からしたらこのくらいがとても落ち着いて住み良いようにも思える。

 人が居ないため町の中ではリスや鹿、猪と野生の動物がそこら中を歩き遭遇することがあるのだが、今日はやけに見かけない。夜の事が関係するかは分からないが、まぁそんな日もあるだろう。

 そういえば夜、あの怪物がなぎ倒していったであろう森も何事もなかったように戻っており再び夢だったのではないかと考えてしまった。


 海岸沿いにあるシャッター商店街。

 その傍に建ち並ぶ幾つかの小さな廃ビル。

 そこに目的の男が住んでいる。ビルの傍にバイクを止め玄関の前に立つ。その男はインターホンが嫌いなのか取り外しており、あったであろう場所をセメントで埋め潰している。

 閏花は扉をノックするでもなく取っ手を捻る。まるで閏花が訪れるのを知っていたのか、そもそも必要ないとしているのか相変わらず鍵がかかっていなかった。

 その扉を開き直ぐにあるその階段を登り部屋の扉を開いて中へと入っていく。


「やあ、相変わらず君は迷うこと無くここへ辿り着くことが出来るな…。いらっしゃい閏花。待ってたよ」


 中にいた住人が回転する椅子を動かしてこちらを向いて挨拶を述べる。


「相変わらず暗い所が好きだな。歩智(ぽち)さん」


 その部屋はとても薄暗い。頼りの明かりはと言うと窓から差し込んでくる弱い光と歩智がいる机の上にある橙色に灯る電灯のみ。

 あまり暮らしやすいとは思えないそんな空間だが、暮らしやすさも個人差があるのだからこちらが無駄に口出しする必要は無いだろう。


「いつも通りなら花を渡して終わりだけど、今回は何か聞きたいことがあるのだろう」

 相変わらず、すべてお見通しだというような見据えたよう深い目で見る。

「ああ」

 そうして歩智に異形の出現、ナニカとの出会い、無くなった枷、元に戻った肉体、建物、森など自分の知りうる全てを話した。



 

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