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WH/Fleetier  作者: KIKP
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05話 儚義 閏花

 

 ここは…。


 俺は浮かんでいた。

 目を開いて見るが何も見えはしない。

 真っ暗で浮かんでいるそこが水なのか空なのか、分からない、分からないが何処かで浮かんでいた。


 なぜここにいるのか思い出していると直ぐにそれを思い出し答えが出る。


 ああ、そうだ…俺は死んだのだった…。つまりここは死後の世界というやつか。


 もっと神々しく煌びやかなところか、禍々しい所なのだと思っていたが、やはり想像のモノでしかないのだな。


 それなりに人の為に生きてきたのだから天国へ…いや、そんなことは無いな。行くとしたら地獄だというのは自分がよく知っている事だろう。


 改めて考えながら周囲を再び見渡す。

 …この何もなく何も感じられない。この世界こそが地獄という考えもあるにはあるな…。

 そう理解する様にして再び眠るように瞳を閉じ、その空間に再び身を預ける。 


 俺の人生…。


 父と母の元で生まれ、義務教育を学び、職に就き、パートナーと出会い子を生し、歳をとり、生を終える。

 多少違いや様々な喜び、困難はあれど、それが一般的に言われる普通の人生と言うなれば、俺は普通ではなかっただろう。


 魔術師の父と母の子供として俺は生まれた。

 魔術師の二人から生まれた俺は当然、魔術師として育てられる。

 まぁそんな事はなく、残念なことに俺には魔術師としての才が一切無かった。

 というのも俺には魔術師でない一般人の持つ魔力よりも魔力が無かった。


 そういえば見放されていたのか俺は死ぬその時まで母の顔を知ることは無かったな。まぁ、仕方ないか…。


 それでも四歳くらいまでは実子だからか育てられた。育てられたと言っても真っ暗な部屋に閉じ込められ、隙間から入れられる食事を食べて寝て終える日々だった。

 その食事というのも恐らく出汁を取ったあとの昆布とカツオの残りかすを添えられたサラサラのお粥のみだったが。

 当然誰とも接触することがなかった為に何故閉じ込められているのかは愚か自身が魔術師の子である事さえ知る(よし)もなかった。


 そんな生活が長く続き、恐らく五歳になる数ヶ月前くらいにその食事が来ることがなくなった。

 水は部屋に備え付けられている洗面所がある為何とかなるが、まだ四歳のその身で閉じ込められ食事が得られないのはかなり辛かった覚えがある。

 そうして食事を取らずに何日経ったくらいに体の限界が来たのか、目が覚めても体が動かずにうつ伏せに倒れていた。なぜ動けないのか理解できず、自然と涙が静かにこぼれ出る。

 そして思い考える事は、何時、その終わりが来るか、ということだけだった。


 考え続け更に数日が経った。


 その時には急に意識を失い目を覚ますを何度か繰り返しており、意識が朦朧としていた。

 するとその部屋の初めて扉が大きく開いた。

 その音に残された微かな力を振り絞り頭を床に擦りながらそれを見る。

 そこには一人の男が立っておりこちらを見ていた。

 逆光がまぶしく霞み弱り切ったその目にはつらいものだった。だが、次第に慣れ見えるようになる。

 初めて見るその男だが、それが父親である事が見て直ぐに分かった。

 それは恐らく赤子の時の微かな記憶が教えたのだろう。


 恐らく生まれて以来の再会。その父に声をかけようと思ったが何も言えなかった。

 それは弱り切っているという事、長い事言葉を発しなかった為に声帯が上手く機能してなかったというのもあるのだが、…きっとそれを見て言葉が出なかったのだろう。


 見たそれというのは父親であるのだが、何処か…様子もそうだが、その目が変わっていたように思う。

 逆光のせいで顔よく見えなかったが、あの目は今でも覚えている。

 弱り倒れ込む実の子をまるで邪魔者、廃棄物を見るような目で見下していた。

 そんな目で見るのになぜ少し前まで食事を与えていたのか。なぜ直ぐに処分してくれなかったのか。そう考えるだけだったが、今思うに恐らく才が芽生えるかもしれないと様子見として育てられていたのだろう。


 結局会話も何も無く数分観察するように見られた後、男が一人でに話し出す。


「何も無い空間。目覚めればすぐに分かる様にしていたが、結局この日まで魔力が目覚めることは無かったな。生物はその生に危機を感じた時内なる力を覚醒させる。そう聞いていたのだが…。まぁ、いい。連れて行け」


 そう振り返り去っていくと、父親の傍付きの黒い和装を纏う男二人が身動き出来ないようにと俺の手と足を縄で強く縛り、手拭いで目隠しをして部屋の外へ運び出し、車に乗せ何処かへと連れていく。

 どこへ連れていかれているのだろう。これから俺はどうなるのだろうか。そう疑問を考えるだけで、その時にはとうに不安というものは消えていた。




 目的の場所に着いたのか車から降ろされ、目隠しをされたまま抱えられ運ばれる。

 軋むような音と軽く反響するように響いて聞こえるためそこが屋内というのは分かる。

 部屋の扉を開き、中へ入るなりすぐに地面に寝かされるように置かれすぐそばにいる誰かが話し出す。


「その子がそうなのか」


「ああ」


「ずいぶんと衰弱しているようだが…どういうことだ」


「俺たちは何もしていない」

「何も手は加えてはいない」


「…なら何故、手足を縛り目を隠しをさせている」


「そう命令があったからだ」


「ちっ…まあいい。さっさとそれを持って失せろ」


 そうして会話を終えここまで運んできたであろう二人が外へと出ていくと、その部屋に残った一人が深い溜息を吐いた後、こちらへと向かってきて自身の周囲を何か分からない言葉を呟きながら回るように歩く。


 何をしているのだろうか。これからどうするのだろうか。不思議に思いながら考えていると、一周したところでその歩く足が止まり何かで床を強く叩いた。


 その瞬間、少しだけ体が浮いた気がした。


 空気が変わった。

 その時の状態でも確かに分かった。今の一瞬でその空間が違う空間へと変わったのだと。

 風に吹かれて葉、枝が揺れ重なり合い奏でる自然の音が聞こえ、流れくるその風が頬を撫で微かに何かが香る。

 ずっと部屋に閉じ込められていた閏花にとってその音も撫でる風もが初めてのもので意識が少し目覚め、それらに気が行く。

 すると何の前触れもなく手と足を縛る縄が外れ、目を隠す手拭いが落ち光が瞼を刺す。視界が開けた事により光が目に差し込み眩しく、すぐに目を開くことは出来なかった。


「おかえり心眼(こころめ)

「ああ、ただいま」

「どうだった?久々の外は」

「それなりに良かったよ。最後以外はな」

「ふふ、それは残念ね」


 似たような声だが、会話を聞くにそこに二人いることが分かる。徐々にその光に慣れゆっくりと開き目の前を見る。

 そこには同じ着物服を纏い、年齢はまだ若々しく恐らく年齢は自分より一回り二回りしか変わらないような、髪以外、双子というより同一人物のような顔、姿をした二人が座ってこちらを見ていた。


「それでその子が約束の子だね…」

「そうみたいだな」


「やぁ初めまして。私の名前は(うるう)

「私は(うる)

「突然な事で混乱すると思うけど今日から君を養子、家族として引き取ろうと思うのだけど…」


 そう話すのは子供とは思えないような落ち着きと柔らかな物腰で、優しい言葉をこちらへかける。

 それは不思議と冷えきったこの体を包み温め癒してくれるような何かを感じる。


「だけど君が望むなら今すぐに楽に、その苦しみから解き放ってあげることも出来る」


 そう少し悲しげにしながらこちらに聞く。

 その二人の目は先の言葉と同じように暖かく優しいものを感じられれ、先の父やその周りの人達のそれとは全く違う。


 その言葉のお陰か分からないが話せるような気がして俺は、最後の力を振り絞りゆっくり、弱くも力強く、


「…ぃ…ぃ…ぁ…ぃ…」


 そう掠れきった声で返事を返した。


 生を諦め終わることを待っていた俺だが、やはり何処か片隅に生きたいと残っており、そして俺は

 この人達の元で生きたい。

 そう、心で思い願った。


「…良かった」


 そう安心するように言葉を零すと、二人は体が弱いのか互いに手を取り不安定に立ち上がる。

「ちょっ…」

 そう心配に傍に立つ心眼が駆けつけようとするが(うるう)は心配ないと手のひらを向けて静止を伝える。

 一歩、一歩とゆっくりと傍まで来て、ゆっくりと座り、二人一緒に手を伸ばし俺の体を抱き寄せ、何かが俺に伝わる。


 すると、とてもいい香りがした。その香りはここに来た時に微かに感じた何かの匂いだった。


「これから」

「宜しくね」

「「閏花」」


 そう頭を優しく撫でられ、安心したのか、二人に包まれてゆっくりと意識を失うように眠りにつき、俺は新たな家族として、この≪閏≫に引き取られたのだ。


 それからは本当の家族のように二人は弱りきった俺を看病し、体調が戻ると色々なことを教わり、優しくも時には厳しく育ててくれた。




 それから三ヶ月が経った頃

 三人で縁側に座り庭の花を眺めていたある日、俺は父となった(うるう)に尋ねた。


「ねぇ父さんはなんで生きてるの」

「え…」

 唐突の息子からのその言葉に驚き、こちらを見ながら徐々に悲しそうな顔になっていく。

「閏花…もしかして僕のこと嫌いになったのかい…?」

「貴方何かしたの?」

 そう(うる)が穏やかな顔をしているが怒っているのが確かに伝わってくる。

「い、いや何もしてないと思うけど…それは一緒にいる君も分かるだろう」

「へー」


 そう何故か二人の様子がおかしく、聞いた本人である閏花でさえなぜそうなっているのか疑問に思っていたのだが。自分の言葉足らずであった事に気が付く。


「あっ…ごめんそういう意味じゃないんだ」

「「というと?」」

 二人がきょとんと顔を見合わせて再び尋ねる。


「そのなんて言うんだろうか…心眼さんはただ生きるために生活の為に俺達を守ってるかもしれないし、二人を守る為に生きてるかもしれないって。それみたいにどういう目的の為に、目的を持って生きてるのかなって」

「成程…。つまり生の目的、何をもって生きていくのかって事かな」

「多分そう」

「急にどうしたんだい」


「僕は二人に引き取られるその瞬間まで生きる事を諦めていたんだ。だけど今は違う二人が居てくれるから生きたいと思っている。だけどそれだけじゃない、ちゃんとした自分がやるべき事、やりたい事、そう言った生きる目的が欲しいと思って」


「そうか…そうだなぁ」


 すると二人は同時に再び庭の方を向く。それは庭を見ているが恐らく庭を見てる訳では無い。その先、その更に遠くを見ているように思えた。


「少し言葉にするのは難しいけど、言うならば´この世界の為、この世に生きる全ての生命の為、これから生きる者の為、これまで繋げてきてくれた皆の為に、来るその時のへと繋ぐ為´かな」


「繋ぐ為?」


「そう。率直に言えば、皆に全てに幸せになって欲しい。それが僕達の願いだよ」


 父さんらしい答えだった。それは今の言葉通り俺もそうだが、この三ヶ月二人が働く姿を見てきたから分かる。二人は体が弱いにも関わらず遠くの病院や孤児院へ赴き、顔を合わせ支援金を送り。時には街中で困っている人を助けるというその姿を見てきたからすぐに納得出来た。


「そっか」

「どうだい。参考になったかな」

「うん」


 すると閏花は立ち上がり、片隅で柱にもたれ昼寝をしている心眼の傍へと歩み寄る。


「心眼さん」


 その声に答えるように心眼は目の見えないその真っ白な右目を開き見る。

「なんだ」

「僕を弟子にしてください」

「何故?」

「強く、そして守る為に」

「何を」

「自分を、二人を、二人の願いを、二人が守りたいモノを、全部」

 暫く心眼はこちらを、閏花のその目を見ていた。


 真っ直ぐに揺るがないその目を見て心眼軽く笑うように息を吹き

「覚悟は出来ているみたいだな」

 そう言って立ち上がる。

「御二人さんはそれでいいんだな」


「ああ」「ええ」

 二人はそう言って頷き

「「子がやろうとしていることを信じ応援するのも私達の役目だからね」ですから」


「そうかい」

 心眼はのらりくらりと二人の横を歩いていき庭へと降りる。

「そう決まった以上、明日から始めるつもりだ。覚悟しとけ」

「分かった」

 その答えを聞いて心眼は準備をしに行った。


 そうして俺は心象(しんしょう)心眼(こころめ)の弟子となり≪儚義≫としての修行を受けた。


 その修行は本物の地獄だった。

 骨は折れ、砕け、吐血等は毎日のことで、臓器が傷つき穴が開くことも多々あった。

 だが、背けることはなかった。

 それが≪閏家≫という存在を守るために必要なものだと、それまでに見てきたもので知っていたから。

 俺はあの時、御二方が俺を引き取るかという選択を与えなかったならば、すでにこの世にはいなかった。だからこの生きている命は御二人の為に、それが俺自身の望みであるから…。


 そして心眼ともう一人の師から学び一年半の肉体改造と修行を終えそれなり技術を身に着けの閏と儚義の仕事を手伝える程になりそれなりに、兄弟のような仲間もでき大変だが、それでもとても幸せな日々を送れていた。

 あの燃え揺るう日が来るまでは…。


 点滅するようにその時の記憶が自身を脅迫するように襲い掛かる。

 四方八方から胸へと向かって大量の針が刺さるように胸が苦しい。

 例え彼らが許したとしてもお前だけは俺を許さないよな。

 そう目の前に立つ真っ黒な人影がこちらをにらみ続けており、まるで風に吹かれ霧散するように消えていく。



 ただ無気力にその場に体を預ける。

 すると何処からか光が現れ目の隅を通った。

 ゆっくりと体を起き上がらせ、そのまぶしい光のある方を見る。

 その光からは何か不思議と暖かく心地の良い何かが感じられる。


 その光が気になり、閏花は見えない宙に足を付いてそれに向かって歩き出す。

 それはそこまで離れてはおらず二十歩くらい歩けばそれが見え立ち止まる。

 見えたそれとは彼にとって懐かしくそして、最も大切な景色だった。


 ようやくか…。


 日本屋敷。庭を眺めてることのできる縁側に座る二人の後ろ姿だった。 

 流れ落ちそうな涙をこらえて、それに向かって歩き出そうとするとそれに気が付いたのか佇む二人がゆっくりと振り向きこちらを向く。


 二人は笑顔をこちらに向け、俺もそれに「ごめんなさい」と答える。

 その謝罪には様々な意味を込めてのモノであることはその二人なら理解するだろう。

 そうして二人の傍へ行こうとするのだが、その足が何故か前に出せなかった。

 それはまるで何かが足に絡まり行かせはしないとするように。


 何だ?


 だが、足を見るがそんなものは見えはしない。

 二人の方を再び見ると二人は顔が合うなり二人はゆっくりと首を振り口を開く。


「「まだこちらに来るべきじゃないよ」」


 何で…。


「だって君は「貴方は、まだ生きているのだから」


 するとその光が徐々に小さく閉じていく。

 ま…待って。と音のない声を漏らし手を伸ばすが、そんな事お構いなしにその光は完全に消えて閉じ、再び何も見えない真っ暗中世界へと戻り意識が途切れた。




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