赤褐色の水鏡
ある日それは突然に起こり、惑星ダリアは、取り返しのつかない変化を遂げてしまった。
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深夜一時。前触れのない突然の揺れに、多くの人が目を覚まし、嘘から真まで、様々な情報が飛び交った。
惑星ダリアの海に隕石が落ちた。
隕石から染み出した成分で海は深い青から赤褐色へと変色し、海側から内陸にかけてだんだんと植物が枯れ始めてた。
水が汚染されたせいで多くの魚が死に、動物もまた、食物連鎖が断たれたことで次々に餓死していった。
その現状から逃れるために、既に生活可能であることが証明されている惑星ミリルへと人々は移住する事を勧められた。このままでは人々もまた、動物達のように餓死する道を歩んでしまう。それは一目瞭然だった。
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私はルイ。齢十二の小さな少女。
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「ねぇ、シン。新しい所ではまた、美味しいものがお腹いっぱい食べれるかしら?」
「どうだろうね。でも、まずは婆ちゃんを説得しないとここから出られないよ」
次々と人々がミリルへと移っていく中、私たち孤児院の家族は今だに意見の分裂によって、移住を決めかねていた。分裂といっても、一対六でお婆ちゃんの反対さえなければ既に移住は決まっていたはずだ。
私達は日を増すごとに細く、痩せていった。備蓄も、もう残り少ない。このままでは皆、餓死してしまう。私達に決断の日が迫っていた。
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「ルイ。ルイはお姉ちゃんだから、皆を守ってほしいの。ママ達は、お婆ちゃんと後から行くわ」
嘘だ。お婆ちゃんとここで死ぬつもりだ。
「困ったら、シンとよく相談しなさい。一人で抱え込んではダメよ」
妹も弟もまだ幼い。三つ下のシンもまだ頼りない。
「この施設は小さいところだから、明日、隣町の方が迎えに来るわ。ママ達は大丈夫、安心しなさい」
大丈夫なんかじゃない。ママ、震えてる。パパも怖い顔してる。
私、姉になんかなりたくなかった。怖くてたまらないよ…。
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「お婆ちゃん、一緒にミリルに行こう」
「……」
「私たち、死んじゃうよ」
夜の風が運んできたのは海の、生ゴミの腐ったような刺激臭。
「お婆ちゃん!」
「ルイ」
「なに?」
「明日、移住者は締め切られる。人口の半分を残して」
「…え」
「移住したくてもできない人がいる。だから、婆ちゃんはその人に譲るんだよ」
「そんなのお婆ちゃんじゃなくても…」
「私はもう、永くはない。だから」
「でも!!」
「いいんだよ」
お婆ちゃんは低く落ち着いた声で言った。
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お婆ちゃん、赤褐色の海に無力な私がいるよ。




