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第9話 担任教師は相談に乗る

 わからないことは大人に聞こう!

 ということで、俺は身近な大人である担任教師、里仲(さとなか)燈子(とうこ)に話を聞いてみることにした。対価は生徒の課題ノートを職員室まで運ぶという肉体労働である。いや生徒の悩みくらい無条件で相談に乗ってくれよ。


「ありがとう松陰(まつかげ)君。先生助かっちゃった」


「いえ、お役に立てて良かったです」


 まぁ可愛い先生だから別に良いんだけども。

 里仲先生は、この大人の色気と可愛げの同居した魅力的な笑顔、加えて豊満な胸とすらりとした四肢のスタイルの良さから男女ともに憧憬の眼差しを向けられている。あと人柄も良く話しやすいので人気もある。担当教科は国語。教え方はわかりやすいと評判。

 しかし何故か独身である。

 

「ちょっと、松陰君! なにか変なこと考えてるでしょ?」


「や、やだなぁ先生、何も考えてませんよ。頭空っぽですよ」


 いつものことだが、里仲先生は第六感が発達し過ぎているとしか思えないほどの驚異的な読心術で相手の心を言い当ててしまうのだ。こと独身周りの話題には敏感である。読心術だけに。


「それはそれで問題だと思うんだけど……まぁ、そういうことにしておいてあげます」


 里仲先生はいかにも教師然とした口調で言った。この一言が欲しいがために先生にちょっかいを掛ける男子生徒も居るらしい。人気者も大変だなぁ。


「さ、座って」


「ありがとうございます」


 礼を言いつつ、俺は里仲先生が用意してくれたパイプ椅子に腰掛けた。先生は俺と対面するように上品に足を揃えて座り直す。


「それじゃ、相談というのを聞かせてもらおうかしら。あ、緊張することはないから、気楽に聞いてね」


 里仲先生はにこにこと感じの良い笑顔を見せる。俺はその様子にリラックスすると、頭の中を整理しながら口を開いた。


「ええとですね、人間関係についてなんですけど……先生は、幼馴染とか親しい友達とかいますか?」


「ええ、いるわ」


「その人たちと何かをきっかけに疎遠になったことはありますか?」


「あるわよ」


 里仲先生はさも当然のようにきっぱりと言った。


「あ、あるんですか」


「そりゃあ私も二十八年……んっんー! に、二十年そこら生きてるし、そういうこともあるわ」


「二十八歳なんだ……」


「松陰君?」


「な、なんでもないです! 先生は綺麗なので全然オーケーですよっ。むしろそれぐらいの方がいいまである」


「もう、大人をからかわないのっ」


 めっ! とでも言いたげに里仲先生は人差し指の腹を俺に向けた。なかなかに可愛い仕草である。


「そ、それで、先生はどうやって関係を修復しましたか?」


「そうねぇ……私の場合はお酒の力を借りたかな」


「まだ俺未成年なんですけど」


 のっけからアウトだった。その攻略法は俺たちには使えないのにどうしろと。


「そうよね。んー難しいなぁ」


 先生は腕を組んで頭を悩ませているようだ。スーツを押し上げる大きな胸がより強調されて目のやり場に困る。

 胸が大きい人は教師に向かないと思います。男子生徒の教育上よろしくない。授業に集中できないやつが居るかも知れないし。


 教育委員会に言うべきか否かということを俺が真剣に考えていると、里仲先生は答えが出たのか腕を組むのをやめて俺を見た。その拍子に持ち上げられていた胸がほんの少し上下する。

 うん、やっぱりそういう先生が居てもいいよね。むしろ居て欲しい。この議案は永久追放とする。

 

「結局は、本音で話すっていうことが大事なんだと思うよ。ありきたりな答えだけどね。そのために大人はお酒の力を借りてるんだし」


「じゃあ先生でも素面(しらふ)だったら本音で話せないってことですか?」


「お恥ずかしいけど、なかなか難しいわね。人って、なぜか大人になるほど本当に奥深くの本音を明かせなくなるものなのよ。子供の頃はきっともっと言いたいことを言っていたと思うんだけど。出来ていたことが出来なくなるなんて変よね」


「まぁ、みんなが言いたいこと言う世界もそれはそれで怖いと思いますけど」


「ふふっ、確かにそれはそうかも」


 建前の一切ない世界になると、恐らく世界はその形を保てなくなるだろう。だから誰もがジジババになってから言いたい放題言うのだ。


 とにかく、先生の言っていることは経験則でなんとなく理解出来るが、それは嬉しくない話だった。それが大人から見た人間関係というものならば、恐らくそこまで間違った見解ではないだろう。

 しかし、であるならば清瀬(きよせ)胡桃沢(くるみざわ)はどうすれば良いのか。とても本音で話し合える状態には見えないのだが……。


「あとはそうね……第三者の手を借りるっていうのもあり。外からの働きかけで本音を話せるように促してもらうの」


「第三者……」


「そ。松陰君、たぶんこの話はあなたの話じゃないでしょ?」


「な、なぜそれを」


 エスパーかこの人。エスパー燈子か。

 いや、エスパー里仲か? どちらにせよ胡散臭い名前だな。


「ふっふっふ。先生を甘く見ないで欲しいなぁ。これでも生徒のことはちゃんと見てるつもりなんだから」


「先生って意外と凄い人なんですね……」


「え? ほんとに甘く見てたの……?」


 思わず顔を出した俺の本音に、里仲先生は「先生泣いちゃうぞ……」と割とガチでへこみそうになっていた。


「ほ、ほら、こんな風に建前の無い世界はギクシャクしちゃいますよね!」


「全然フォローになってません!」


 ですよねー。

 学んだことをすぐに生かす優秀さを見せた俺。しかしその使い方を大幅に間違えていたらしく、里仲先生の頬は紅潮している。

 先生は雰囲気を変えるように一度咳ばらいをして腕を組んだ。


「それで、真面目な話に戻るけど。松陰君が悩んでいる今回の問題は、松陰君自身は当事者じゃないということでいいのね?」


「はい」


「それなら話は変わって来るわ。第三者の松陰君は自由に動けるからね。とりあえず、当事者たちの間を取り持って、話せる場を用意してあげることが大事だと思う」


「やっぱりそうなりますか……」


 結局のところ俺が頑張るしかなさそうである。とりあえず胡桃沢は問題無いとして、清瀬をどうにかして話し合いの席に着かせなければならない。


 唯一の光明は、清瀬が俺に好意を持っているというところか。色々と言っては来るが、まず間違いなく清瀬は俺の話をちゃんと聞いてくれるからな。

 人の好意を利用して話すというのは若干気が引けるところもあるが。


「まぁでも、幼なじみとか、子供の頃に仲良くなった友達って一生ものだから。たとえ今喧嘩して疎遠になってても、きっとまた仲直り出来るわよ。そんな簡単に切れる縁じゃないわ」


「そうなんですかね」


「そうなんです」


 里仲先生はにこりと微笑みながら、俺を安心させるように言った。あ、やべ、俺も里仲燈子ファンクラブに入ろうかな。あるか知らんけど。

 里仲先生は一度伸びをすると、頬杖を突きながら楽しそうに俺を見た。


「……それにしても、なんかいいなあ、そういうの。青春って感じがする」


「そうですか? 割と頭が痛い悩みですけど」


「友達のことでそこまで悩めるって、青春時代の特権みたいなものよ。大人になると、自分のことでいっぱいいっぱいになるんだから」


「はぁ……」


 友達かどうかは怪しいところではあるが。

 というかそもそも先生まだ二十八だよな。なんでこんなに達観してるの? 何かあったの?


「この歳になるとお見合いがどうとか親もうるさくてね……今はもうそんな時代じゃないのに。結婚が全てじゃないわ!」


「あの……反応し辛い話題やめてくれます?」


「あ、そうだ松陰君、先生のこと貰ってくれる?」


「話聞いて無いうえに五秒で前言撤回しちゃったよ!」


「うふふっ、冗談だよー」


 里仲先生は愉快そうに笑った。

 てへぺろじゃねぇっ。

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