第8話 悩ましい仲直りの方法
いつも通りの時間に登校した翌朝、教室には既に清瀬の姿があった。昨晩は胡桃沢に関しての探りを入れるシミュレーションを色々と考えてみたのだが、どうにも勘がいいこいつに話を聞くのは気が引ける。
胡桃沢は昨日の話の最後に、俺と清瀬の写真を目の前で消してくれた。がっつり盗撮ではあるが、謝ってくれたので許してやることにした。
これで俺は晴れて自由の身となったのだが、胡桃沢に協力することに決めているので、作戦会議とやらはまだまだ続きそうである。
「何か悩み事?」
着席して俺が思案していると、清瀬は顔を覗き込むようにして首を傾げた。
何も言わなければ可愛い仕草なのだが、二言目にはデストロイポイズンバスターが待っているのでそんな感情も湧かない。
そういえば当初の俺の目的はこいつをデレさせることにあった訳だが……それについてはもっと先の話になりそうである。
そもそも難易度が鬼なので達成できるかわからんが。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいか?」
「スリーサイズかしら? 残念だけど答えたくないわ。気持ち悪い」
「まだ何も言ってないうえに断られて暴言まで言われるとか、どんなアンハッピーセットだよ」
例によって俺を蔑むような目で身体に腕を回す清瀬。ため息が出そうだ。
俺がそんなことで悩んでるとか思ってんのか? 言われればちょっと気になるけど断じてそんなことを質問したいわけじゃない。
「じゃあなに?」
「スリーサイズかそれ以外かって、お前の中での俺のイメージが気になるんだけど」
「卑猥なイモムシ」
「マジで卑猥な感じするからやめて!」
なんつーパワーワードだよっ。ただの下ネタにしか聞こえないんだけどその辺分かってらっしゃるんですの?
「じゃなくて。聞きたいことっていうのはだな。お前に友達がいるかっていうことなんだけど」
「いないわ」
「即答か」
思っていたよりもすんなりと答えてくれた。清瀬は見栄を張ったりする人間ではなさそうなので、当然と言えば当然かもしれないが。
「別に悪いことではないでしょう? 友達がいなくても私は困らないし、松陰君と話すのは楽しいからそれで十分よ」
「散々ボコボコにしといて褒めるとか、怖すぎて素直に喜べねぇ……」
どこのDV男だよ。やっぱ二重人格だろこいつ。
「それで、質問はそれだけ?」
「ああ……まぁ、そうだな」
清瀬の出方によって対応を色々と考えていたのだが、どうやらその必要は無かったらしい。肩透かしを食らいながら、俺は頷いた。
「そう。わかったわ」
清瀬はつまらなさそうにそう言って、文庫本を開いた。その横顔にほんの一瞬だけ、どこか寂しそうな色が見えたのはきっと気のせいだったのだろう。
とにかく、最優先事項は胡桃沢との溝を埋めることだとして、こいつの交友関係改善も考えた方が良さそうだな。他に友達になってくれそうな人間が居るかどうかは心配でしかないが、どうにかして胡桃沢と依存関係以外の良好な関係を築かせてやりたいものだ。
# # #
「なぁ、もし俺と縁切るレベルの喧嘩をしたらどうする?」
目の前で食堂のラーメンをすする薫に向かって、俺は疑問を投げかけた。
昨日は教室で清瀬とともに昼食を取った訳だが、食堂で友人と食べる飯はやはり安心感が違う。気の置けない仲というのはとってもありがたいものなのですね。
「とりあえず殴る」
「おいおい物騒だな」
女神のような思考回路が生まれつつあった俺の脳内に暴力的思想が割り込んできた。残念ながら松陰直隆女神計画は失敗に終わったようである。成功したらそれはそれで気持ち悪いな。
「じょーだん。でもどしたん急に?」
「それが色々あってなぁ……」
「ふぅん?」
説明しろと言われても清瀬と胡桃沢のプライバシーの侵害になってしまうためそれは出来ない。だからこうして言葉を濁している訳だが、薫はその辺を察することの出来るナイスガイである。俺の雰囲気を察知したのか、それ以上聞いて来ないようだ。
さすが女子からモテるだけはあるな。薫許すまじ。
「聞き方を変えるか。もし俺とすれ違いが原因で疎遠になったら、どうやって関係を修復する?」
「ああ、なるほど、そういう話ね。んーそうだな……」
薫は唸りながら頭を捻っている。
ぽく、ぽく、ぽく、ちーん。
「いやぁ、わかんねぇわ」
「だよな」
予想通りの答えが返って来て、俺は頷いた。
そうなのだ。この問題の対処法が全く思い浮かばない。そもそもそこまで関係が悪化したことが無い俺たちにとって、どうすれば良いのか分かる訳もなかった。
「たぶんさ、なんだかんだどっちかから謝って、いつの間にか普段通りになってると思うんだよなぁ」
「俺も同じ答えに行き着いた。たぶん、俺たちの場合はそうなるだろうな」
あくまで『俺たちの場合は』である。清瀬と胡桃沢とは関わっている人間が違うのだから解決方法も違うのは当然であるし、男子と女子ではそもそも考え方とか根本的なものが異なっている可能性だってあるのだ。結局のところ、二人に話を聞きながら、お互いに納得の出来る着地点を模索するしかないのかもしれない。
「人間関係って、めんどくさいよなぁ……」
俺は誰に言うでもなく、独り言ちるのであった。