表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/20

第3話 ギャル襲来

 その日の放課後。清瀬(きよせ)の変態的行動の裏を取るため、俺はもう一度教室に赴いていた。帰りのホームルームが終わってからたっぷり一時間半、図書室で時間を潰していた意味があれば良いのだが。


 教室に近づいていき、例のように入口から中の様子を窺う。すると案の定、清瀬は俺の机に突っ伏していた。


「もうっ、今日の松陰(まつかげ)くん可愛すぎるでしょっ……! ちょっと心配しただけであの反応って、反則だと思わない!?」


 相変わらず独り言にしては大きい声で、変態はやっぱり俺の机を抱きしめていた。

 一体誰と話してるんだ。教室には他に誰もいないっていうのに。


「それに、私のラブレターが可愛らしいって……松陰くんったら、褒めるのが上手なんだからぁ!」


 うふふっと笑い声を上げながら、清瀬がごとごとと俺の机を動かす。

 いよいよ心配になるレベルで素行の悪い女だ。


 それにしても、さっきの発言でなんだかんだ曖昧だったラブレターの差出人が清瀬だと確信に至った。あと、意外と俺の言葉が刺さっていたこともわかった。

 わかったのに、あまりにも時間差過ぎてこれっぽっちも嬉しくない。出来れば俺の目の前でデレて欲しいものだ。


 なんにせよ、これで清瀬が恐らく毎日俺の机を抱きしめていることはわかった。写真のひとつでも撮れば良いのだろうが、さすがに盗撮するのは気が引けるし、そんな簡単な方法で清瀬を脅したくはない。それで嫌われる可能性もあるしな。


 俺の理想は『清瀬が俺のことを好きな状態でデレさせる』というものなので、写真を撮る必要は全く無いのだ。写真を突き付けて清瀬を追い詰めてみたい気持ちもあるが、そんな悪人みたいなことは俺の趣味じゃない。


 そう思って、身を翻そうとしたその時。

 俺の左肩に手が置かれた。


「っ!?」


 ぎょっとして振り向くと、口を手で塞がれる。口の前で人差し指を立てた人物を見た瞬間、俺の目は驚きで見開かれた。


 隣のクラスである二年四組に在籍する、けばけばしくないナチュラルテイストのギャル。

 明るいミディアムの茶髪をオレンジ色のシュシュでハーフアップにして、制服を程よく着崩しているその人物は、スクールカーストのトップグループに属する女子生徒・胡桃沢(くるみざわ)姫乃(ひめの)だった。

 ちなみに胸が大きい。初めはそっちに目が行ってしまったほどだ。


「こっち来て」


 俺の耳元でそう囁くと、胡桃沢は静かに歩き出した。一度教室の様子を窺い、清瀬が相変わらず楽しそうに独り言を言っていることを確認すると、俺も足音を殺して胡桃沢について行く。


 階段を降り、一回にある体育館通路まで行くと、胡桃沢は足を止めた。通路には誰もおらず、体育館からバスケットボールのドリブルの音や、部活生たちの声が聞こえて来る。


 胡桃沢はその場で振り向いて腕を組むと、ようやく口を開いた。


「さっきの、なに?」


「さっきの?」


「清瀬さんのこと」


 どうやら清瀬のことについて言及しているようだった。


「えっと……」


 返答に窮する。それは俺の方が聞きたいことなのだが。

 俺が言葉に詰まっていると、胡桃沢はスマホの画面をこちらに向けた。


「これ」


 表示されているのは写真のようだった。写っているのは、清瀬と清瀬を覗く俺の後ろ姿――。


「なっ……これって」


「そ。さっきの様子を写真に撮らせてもらったの」


「お前……っ」


「どーどー、そんな怖い顔しないで?」


 胡桃沢は両手を前に出しながら苦笑いを浮かべる。

 マズいことになったと、そう俺の直感が告げていた。さっきの状況を誰かに見られるというだけでも問題なのに、よりにもよって顔の広いこの女に見つかってしまうとは不覚だった。


「ただあたしの言うことを聞いてくれればいいの。この写真を拡散して欲しくなかったらね」


「ぐっ……!」


 わかりやすく脅されているようだ。清瀬といい胡桃沢といい、もうちょっと高校生らしい振る舞いが出来ないのかよ……。

 ……考えたって仕方がないか。とりあえず、ここは胡桃沢の言う通りにするしかない。


「……どうすればいいんだ?」


 俺が問うと、胡桃沢は数歩俺に近づき、恥ずかしそうにこう切り出した。


「あたしの、か、彼氏の振りをして? それで、清瀬さんに見せつけてやるのっ!」


「はあ?」


 さっぱりわからない。こいつは一体何を言っているのだろうか。


「清瀬さんって、松陰くんのこと好きなんでしょ? だからカレカノってところを見せつけて、悔しがらせてあげるの」


「なんで胡桃沢がそんなことする必要あるんだよ。周りに勘違いされるぞ?」


「いいの。あの子の悔しがる顔さえ見られれば。……あたしを無視した罰なんだからっ」


「罰?」


 一瞬顔を暗くした胡桃沢であったが、すぐにその表情を引っ込めてビシッ! っと人差し指で俺を指した。


「女の子にはいろいろあるの! とにかく、明日から松陰くんはあたしの彼氏だから! わかった?」


 ……全くもって意図が分からない。分からないが、俺の選択肢がひとつしかないのは明白だ。


「……わかった」


 俺が観念してそう呟くと、胡桃沢は緊張が解けたのかにへらっと顔を緩ませた。


「わかってくれてよかったー。それで早速だけど、ライン交換しよ? これから連絡取らなきゃだし、作戦会議もしたいし」


 胡桃沢はそう言って、ブレザーのポケットから可愛らしいオレンジ色のカバーを付けたスマートフォンを取り出した。最新機種のそれは小さな手で持っていることもあってか、やたらと大きく見える。

 俺もスマホを取り出して、アプリを開く。胡桃沢が用意してくれていたコードを読み取り、友達登録が完了した。


「おっけ。松陰くんフルネームで登録してるんだ? 真面目だなぁ。下の名前は直隆(なおたか)っていうんだね。わっ、何このアイコン、かわいい~」


「ペンギン?」と言いつつ胡桃沢は興味深そうに俺のアカウントを見ているようだ。俺のアイコンはペンギンのぬいぐるみの写真で、妹の志緒(しお)が勝手に設定したやつである。ちなみに胡桃沢の方はというと、アイコンはポメラニアンの画像、名前はひらがなの『ひめの』で登録している。


「そういえば俺の名字知ってたみたいだけど、なんで? 俺ってそこまで有名人じゃないと思うんだけど」


「ふっふっふ、清瀬さんの身の回りはあらかじめ調べてるからね。これは計画的な犯行なのですよ」


 人差し指を立てながら得意げに胡桃沢は言う。犯行って言っちゃったよこいつ。


「なるほどな。それなら隣の席に座ってる俺のことは知ってて当然か」


「そうゆうこと。まさか清瀬さんがあそこまで夢中になる想い人だったとは思わなかったけど」


「それは俺もびっくりしてるんだよ。昨日知ったばっかだし」


「え、そうなの!? 休み時間とか廊下から見た感じ、結構仲良さげに話してるように見えたからそういうことなのかなって納得してたんだけど。清瀬さん明らかに松陰くんと話してる時だけ楽しそうだったし」


「え? そうなの?」


 言われてみれば清瀬が俺以外のやつとちゃんと話しているところは見たことが無い気がする。まあ俺との会話もちゃんと会話になっているかどうかは怪しいものだが。


「気づいてなかったんだね。まぁあたしも気になる程度で本当に好きだとは思ってなかったんだけど」


「俺は微塵もそう思わなかったよ。あいつ、超が付くほどの毒舌家で俺は今まで散々言いたい放題言われて来たんだ」


「そなの? じゃあちょうどいいじゃん! 敵は同じってことだね!」


「ま、そういうことになるか」


 ある意味この脅迫に応じて良かったのかもしれない。ぶっちゃけ清瀬をデレさせるための方策を全く思いついていなかったからな。

 胡桃沢の彼氏の振りをして、嫉妬とか多少の変化が見られれば良いのだが……。


 そうこうしているうちに体育館からちらほらと生徒が出てき始めた。ドリブル音が聞こえなくなったということは、休憩に入ったのであろう。


「そろそろ解散しよっか。続きは帰ってから連絡するね」


「ばいばーい」と手を振って身を翻すと、胡桃沢は校舎の奥へと消えて行った。

 覚悟を決めた方が良さそうだな。こうなった以上、このチャンスをものにしてなんとか清瀬に反撃するしかない。


 ……できればあまり目立たない作戦にして欲しいが。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ