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第2話 女子をデレさせる方法

 翌朝。俺は昇降口の下駄箱で上履きに履き替えていた。


 ラブレターには差出人の名前が書かれていなかったのだが、昨日の言動を見るに清瀬で間違いないだろう。その内容は普段の清瀬からは想像もつかないほどに甘々なものだった。少女のポエムみたいな感じ。


 甘ったるい言葉を並べる清瀬と、いつもの毒舌家の清瀬。頭では理解しているが、未だに違和感が拭い去れない。まさかあの清瀬が俺に好意を寄せているなんて、昨日の教室の一件を見なければきっと気づくことは無かっただろう。


 しかし、気づいてしまったものは仕様がない。意趣返しをする時が来たのだ。清瀬をデレさせまくり、その様子を楽しみながらそのうち向こうから告白させて盛大に振ってやる。今までの俺に対する奴の侮蔑の数々を思えば、当然の帰結である。


 だが、ここで問題がひとつあった。


 仕返しの内容が、清瀬をデレさせるというものになったまでは良い。しかし、俺は肝心のデレさせ方が全く分からなかったのだ。


 昨日の夜から考えてみては居るのだが、清瀬がデレているところを想像できないためか、良さそうな案が無いまま今日を迎えてしまった。


「よっ、ショーイン」


 俺が思案していると、肩口から男子生徒の声が掛かった。暗めの茶髪にくりくりとした目、鼻筋の通った整った顔立ち。彼は俺の小学校時代からの幼馴染であり友人でもある、滝村(たきむら)(かおる)だ。

 ちなみに薫の言う『ショーイン』とは、俺の名字松陰(まつかげ)が、かの有名な吉田松陰の名前と同じ字面であることから生まれたあだ名である。


「ああ、薫か。おはよう」


「ん? どした? 何か悩み事?」


「うん、まぁ……」


「水臭いなー。俺に言ってみろよ。力になれるかも知れないし」


 確かに、今俺が悩んでいる案件は薫にアドバイスを貰った方が良いのかもしれない。薫はその整った容姿から女子人気が高いので、何かしら女子をデレさせる方策を知っている可能性はある。


 そういう訳で、俺は薫に話を聞いてみることにした。清瀬の件はもちろん秘密だが。


「なぁ、バカみたいな質問なんだけどさ」


「うん」


「女子をデレさせるにはどうしたら良いと思う?」


「……ごめん、力になれそうに無い」


「即答かよっ」


 そうだろうとは思っていたけど。


 薫はそこそこ女子にモテる割には超が付くほどの奥手で、そっち方面の経験は皆無に等しいのである。その点に関して女子たちの会話を聞いたことがあるが、そういうところも可愛いらしくギャップ萌えなのだとか。


「いやだってさ、ショーインだって知ってるだろ? 俺がそういうの分からないタイプだって」


「まぁな。でも、何かあるだろ? 散々女子からアプローチを仕掛けられてるわけだし」


「うーん……」


 俺が言うと、薫は顎に手をやって思案顔を作る。数秒悩むように眉間に皺を寄せていると、何かを思い出したのか「そういえば」と切り出した。


「女子は俺様系が好きだって聞いたことあるけど」


「なんだそのインチキな恋愛雑誌の回し者みたいな回答は」


 悩んだ挙句その答えとか、可愛すぎだろ、こいつ。


「ひでぇ!? で、でもさ、よく言うじゃん? 女子は強引にリードしてもらいたいとか」


「あのな、そういうのは少女漫画に出て来るイケメン君か、現実でも芸能人級のイケメンにしか許されてない属性なんだよ。俺が同じことをしたら白い目で見られるのがオチだ」


「白い目……それはやだな」


 ぶるっと身震いをしながら薫は顔をしかめた。


「薫は女子と話してるときに、どんなことを言ったら顔を赤らめるとか覚えてないのか?」


「そんなの覚えてないよ! 確かになんか顔赤いなこの子って思うことはよくあるけど、気づいたらそうなってるし、そもそも狙ってそんなことが出来るなら俺はこんな人間じゃないって」


「それはそれで質が悪いな」


「う、それねーちゃんにも言われたな」


 そうこうしているうちに二年の教室がある校舎二階の廊下に着く。七クラスある中で俺は三組、薫は四組であるため、クラスは別々だ。


「ごめんな、力になれなくて。頑張れよ」


「おう。ありがとな」


 手を振る薫に手を上げて反応すると、俺は教室の後ろ側の引き戸を開けた。窓際最後方の自分の席の隣人は、既に着席している。清瀬の様子を窺いながら背後を通り過ぎて、俺は自分の席に腰を下ろした。


「今日も踏みつぶされずに無事登校出来たみたいね」


「まぁな。イモムシじゃねーからな」


「それで松陰君、いきなりだけどラブレターの話を聞いてもいいかしら?」


「本当にいきなりだな。普通はこの流れで聞かないと思うぞ」


「それは理解しているわ。ただ、あなたを好いている好事家が気になり過ぎて夜もぐっすり眠れてしまったから、一刻も早く好奇心を満たしたいの」


「しっかり眠れてるじゃねーかっ」


 相変わらず人を食ったような物言いである。俺の言葉を意に介さず、清瀬は楽しそうに俺を見た。


「さあ、聞かせてくれる?」


「嫌だと言ったら?」


「一週間あなたをストーキングしてあげる」


「勘弁してくれ!」


 昨日の一件を見てしまっているので冗談に聞こえない。既に犯行に及んでいる可能性だって十分あるが、ここで更にストーキングの動機を与える訳にはいかない。


「それで、どうだったの?」


 言葉と視線で清瀬が催促して来る。その様子に溜め息を漏らしつつ、俺はラブレターについて思い出しながら口を開いた。


「……甘々だったよ。俺のことが好きだってことは物凄く伝わって来たな」


「松陰君はどう思った?」


「どうって……嬉しかった?」


「どうして疑問形なのよ」


「そ、それは……」


 じっと見つめて来る清瀬の視線が痛い。その目から逃げるように俺は視線を背けた。

 こんな美少女から恋文を貰うなんて普通は夢だと疑うほどに信じられないことだし、飛び上がるくらい嬉しいことだと思う。


 しかし悲しいかな、こいつが良いのは見てくれだけだ。口を開けば毒を吐くし、裏では好きな人の机に抱き付いたり匂いを嗅いだりしているちょっといただけない女なのだ。

 その変態チックなところを喜ぶ人も居るのかも知れないが、少なくとも俺にとってはそうではないらしい。そんな人物から好意を寄せられても、嬉しいという感情よりも恐怖の方が勝ってしまう。

 

 だが、デレさせるという反撃のためにはそんなことも言っていられない。これはチャンスなのだ。本人に直接何かを仕掛けるよりも、ラブレターを介して間接的にデレさせる方が難易度は低い。ラブレターを褒めればきっと清瀬もデレるに違いないからな。


「……ラブレターがあまりにも可愛らしいから、嬉しいなんて言葉で片付けていいのか分からない、というかなんというか……」


 褒める路線に変更したが、文脈的には少し苦しいか。俺は恐る恐る清瀬の方を見た。


「気持ち悪いわね」


「なっ」


 清瀬はジトっとした目で俺を見ていた。「うへぇ」とでも言いたげな顔だ。


 なんでだよっ。ここはデレる所じゃねぇのか? 頬を赤らめて可愛らしくなる展開じゃないのか?


 俺はその展開を期待していたのに、どうやら見当違いのようであった。清瀬はデレる素振りが微塵も無い。もしかするとこの女をデレさせるのは難易度がかなり高いのかもしれない。え、それ詰んでね?

 

 つまり俺の反撃は通用しない可能性があるということになる。昨日の夜は遂に訪れた俺のターンに歓喜しながら反撃を誓ってグッナイしたわけだが、それからおよそ八時間後に早くもその夢は断たれようとしている。


「ラブレターをひとつ貰っただけで大喜びして、手紙の匂いを嗅ぎながら差出人の体を想像して興奮するなんてね。やっぱり松陰君には変態の素質があると思うわ」


「一言もそんなこと言って無いけど!? 尾ひれ付き過ぎだろ!」


「あなたの気色悪い顔にはそう書いてたわ」


「もしそうだったとしても気色悪いは余計だからね?」


 いつもの調子で愉快そうに眉を上げる清瀬に俺は頭を抱えた。


 ダメだ、完全にこいつのペースに飲まれてしまっている。このままでは反撃どころか俺の傷が増える一方だ。


 しかしどうする? いっそのこと昨日の一件を見ていたと言ってみるか? いや、それはマズい。もし俺のことじゃないとしらばっくれられたら「乙女の秘密を覗き見するなんて気持ち悪すぎるわ」と止めを刺されるかも知れない。

 そうなってしまっては俺に正真正銘『変態』という烙印が押され、反撃の機会を失ってしまうことになるだろう。


 俺が頭を悩ませていると、清瀬が下から覗き込むようにして俺の顔を見た。


「……どうしたの? もしかして傷つけてしまったかしら?」


「へ?」


 顔を上げると、若干心配そうに見えなくもない清瀬と目が合った。

 嘘だろ? こいつが俺のことを心配している? そんなことがあり得るのか?


「だ、大丈夫。別に、いつものことだろ」


 清瀬の思いがけず可愛らしい一面に、少しときめきかけた俺はそう言って清瀬から視線を外した。

 しかし、それは大きな間違いだったらしい。


「ふ、うふふ」


 清瀬が笑いを堪えるように、口元を隠した。


「なんだよ」


「いえ別に。ちょっと気に掛けてあげるだけでほっぺを赤くする松陰君がおかしくって」


「な……」


 どうやら罠だったようである。清瀬を嵌めるつもりが、逆に俺が嵌められてしまったという訳だった。顔が徐々に赤面していくのを感じる。


「嵌めやがったな!?」


「嵌めるだなんて人聞きが悪いわ。うふふ、耳まで真っ赤になってる」


「こ、これはあれだよ! ……あれだよ!」


「どれだよ!」と頭の中でツッコミを入れつつ、俺はその後何も言えずに清瀬から顔を背けた。

 含み笑いが聞こえて来るが、もう反応する気力も湧かない。

 こうして、最初の反撃は結局俺が墓穴を掘る結果になってしまった。

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