第19話 仲直り
放課後の教室で、俺と清瀬は胡桃沢を待っていた。
どこかそわそわした様子で清瀬は何度も制服を正している。
「落ち着けよ。面接するって訳じゃないんだし」
「わ、わかっているわ。大丈夫、落ち着いているから」
「ほんとかよ……」
どうにも心配だ。俺が呆れつつ清瀬に視線を送っていると、からりと教室後方の引き戸が開いた。
「あ……え、えっと……」
そこに立っていたのは胡桃沢だ。清瀬とばっちり目が合ってしまい、こっちも落ち着かない様子でもじもじしている。
「まぁ座れよ。ほら」
「う、うん。ありがと」
俺が胡桃沢に椅子を引いて見せると、胡桃沢はそっと頷きつつ俺たちの方に近づいて来た。俺の前の席に着席すると、右手側面に背もたれが来るように座り直し、清瀬の方に身体を向ける。
「よし、準備出来たな。じゃあ俺が立会人として話を聞く。清瀬、言いたいことがあるんだろ?」
俺が話すように促すと、清瀬は怯えるような視線を俺に向けて来た。俺が頷くと、清瀬は控えめに頷き返し、深呼吸をした。
清瀬は胡桃沢の方に向き直る。視線は合わせていなかったが。
「あの、その……ひさしぶり」
「あ、う、うん、ひさしぶり……」
「……」
……空気が死んでいる。
挨拶だけ交わすと、二人はすぐに黙り込んでしまった。
もう居た堪れないなんてもんじゃない。修行でもしてんの? ってくらい重い。重力がいつもの十倍くらいありそう。
このままでは話が進まないと痺れを切らした俺は、助け舟を出すことにした。
「ほれ、清瀬。この前言ってたことをそのまま言えばいいんだよ」
「で、でも」
「でもじゃねー。何も言わないと、何も始まりも終わりもしないぞ」
「終わったら困るのだけれど」
「なら頑張れよ。ほら、胡桃沢が待ってるぞ」
俺が無言で待つ胡桃沢の方に視線をやると、清瀬もつられて胡桃沢を見る。胡桃沢の様子に覚悟を決めたのか、清瀬は唇を震わせつつも口を開いた。
「……ねぇ、憶えてる? 一緒に映画観に行った時のこと」
「……うん、憶えてるよ」
胡桃沢がゆっくりと頷く。清瀬はその様子をどこか嬉しそうに見ながら話を続ける。
「先週の金曜日、松陰君と……新しい友達と、映画を観に行ったの。その時、恋愛映画も一緒にやっていて……あなたのことを思い出した」
清瀬は優しい声で言葉を紡ぐ。
「そうしたら、突然寂しくなって。どうしようもないくらい寂しくなったの。ああ、私は何をしているんだろうって……どうしてあなたの話を聞かなかったんだろうって凄く後悔した」
窓の外に視線を向けると、どこか遠い目をしながら清瀬は微笑んだ。
「馬鹿よね。あなたに私以外の友達が出来たことに嫉妬して、腹を立てて、卑屈になって……あなたを避けるようになってしまった。今更言い訳にしかならないけれど……私にはあなたしか居なかったの。本当に、ごめんなさい」
深々と頭を下げる清瀬に胡桃沢はかぶりを振った。
「そんなっ……あたしだって、諦めずにみーちゃんにもっと話しかけておけばよかった。新しい友達が出来て、居場所を見つけて……みーちゃんのことも考えずに、勝手に安心して過ごしてた。みーちゃんから先に手を離したのは、あたしだよっ」
そこまで言うと、胡桃沢の両目から大粒の涙が零れ落ちた。
「ごめんね……ごめんね、みーちゃんっ……」
胡桃沢の頬を何度も涙が伝う。声を殺すように嗚咽を漏らして泣くその姿が、俺には泣く資格など自分には無いのだと言い聞かせているように見えた。
「まだ、みーちゃんと呼んでくれるのね」
嬉しそうな清瀬の声。その唇は静かに震えている。
「もう二度と聞けないと思っていたわ。あなたに……ひーちゃんに、その名前を呼んでもらえることがどれほど嬉しいことなのか、今になって気付くなんて」
清瀬はがたりと立ち上がり、耐えきれないと言うように胡桃沢に抱き付いた。
「ごめんなさいっ……ごめんなさいっ、ひーちゃん……」
堰を切ったように清瀬の両目から涙が溢れて来る。清瀬はその涙を拭うこともせず、力一杯胡桃沢と抱擁を交わした。
それからしばらく二人は泣き続けた。嗚咽を漏らしながら、さめざめと泣いた。
――やがて泣き疲れ、涙も出なくなった黄昏時。
惜しむように抱擁を解いた清瀬と胡桃沢は、互いの頬を拭って見つめ合った。
「ひーちゃん、涙でぐじゃぐしゃ」
「みーちゃんもすごい顔だよ」
そういってひとしきり笑い合うと、清瀬は改めて姿勢を正して、胡桃沢に向き直った。
「みーちゃん。もう一度、私と友達になってくれる?」
恥ずかしそうに清瀬は言った。
胡桃沢は当たり前だと言う風に、深く頷く。
「うん。こちらこそ、よろしくお願いします」
満面の笑みで答える胡桃沢を、もう一度清瀬は抱き締めた。
今度は見たことも無いくらい弾けるような笑顔で。




