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第16話 友達になりたい

 胡桃沢(くるみざわ)早藤(はやふじ)と別れた後、帰路に就いた俺はとてとてと当たり前のように付いて来る足音に気付いた。振り返るまでも無く、無論リスっ子である。


「いやぁーまさかあなたがあの女帝とナンバー2と知り合いだなんて思いもしなかったわ」


 早足で俺の隣まで追いつきながら小倉(おぐら)は言った。歩幅が狭いのか、足を動かすスピードが俺よりも少し速い。


「さっきも思ったけど、胡桃沢のことナンバー2って呼んでんのかよ。つーか小倉、帰ってなかったのか」


「だって一緒に帰る約束してたじゃない。だから松陰(まつかげ)たちのこと物陰からこっそり見てたの」


「約束した覚えがないんだが」


「そ、そうだったかしら?」


 小倉はふすーふすーと音の鳴らない口笛を吹く。どうやら意地でも一緒に帰りたいらしい。

 俺は最大限の慈悲をもって一緒に帰ってやることにする。


「それより、お前に朗報だ」


「ん? 朗報?」


 くりくりの焦げ茶色の目を不思議そうに俺に向けて来る小倉。純真無垢な目だ。こうしていれば幾分マシだろうにと思いながら、俺は例の件を口にした。


「明日、清瀬(きよせ)にお前のこと話してみるよ」


「え……」


 小倉はそれだけ言うと、足を止めて硬直してしまった。目の前でドングリを搔っ攫われたかのような顔である。


「ほ、ほんとに!? ほんとのほんとに!?」


「お、おいっ!」


 小倉は心底嬉しそうに鼻息を荒くしながら俺の袖を引っ張った。びよんびよんに伸ばしまくる。


「松陰やっぱりいい人ね! あなたに声を掛けてよかったわっ!」


 ぶんぶんと俺の腕を振りながら、満面の笑みで小倉は言った。まさかこんなに喜ぶとは思っていなかったので、思わず辟易してしまう。

 しかし、さすがにここまで腕をスイングされるとちょっと関節が痛くなって来たな。こいつ俺の腕だって忘れてるだろ。

 

「ちょ、やめろ、俺の腕を引きちぎる気かっ!」


「あ、ごめん」


 にやけ顔で小倉が手を離す。ったく、どんだけ清瀬のことが好きなんだよ。

 そう言えば、なんでこいつが清瀬のことを紹介して欲しいと言って来たのか理由を聞いていなかった。食堂では勢いに押されて聞きそびれていたのだ。


「なぁ、小倉ってなんで清瀬と友達になりたいんだ?」


「えっ。そ、それは……その……」


 俺が問うと、小倉はにやけ顔を引っ込めて、どこかもじもじと言い辛そうに両手の人差し指をつんつんと合わせた。


「っこいいから……」


「え?」


「かっこいいからっ!」


 小声で聞き取れなかったため俺が聞き返すと、小倉は半ば叫ぶように言った。


 かっこいい? 誰が? 清瀬が? なんで?

 俺の頭は疑問符で埋め尽くされた。小倉が言っていることにこれっぽっちも共感できなかったのである。

 奴は『毒を持っている花』みたいな図鑑に載りそうなほど質が悪いのだ。見た目は超絶美少女だが、その実中身は魔界の沼かってほどに容赦が無い。かっこいいなんて感想とは程遠いところに位置する女なのである。


「……えっと、どの辺が?」


「わからないの? あのスタイルの良い身体に、誰にも媚びない姿勢。まさにわたしの理想の女の子像そのものなんだからっ」

 

「ほう……」


 話を聞いても正直よくわからない。俺の中にある清瀬の評価が変わらない限り、恐らく奴をかっこいいだなんて思うことは有り得ないだろう。

 合点がいっていない俺のことなど露知らず、小倉は尚も語り続ける。


「ほら、わたしってその……色々と小さいじゃない? そのことで、嫌なこともいっぱい言われて来たから。だから、清瀬さんみたいにスタイルが良くて強い女の子に憧れてるの」


 ようやく言わんとすることがわかった。

 つまり、小倉には身体的なコンプレックスがあり、清瀬は言わば芸能人のようなものなのだろう。自身の憧れを体現した存在に憧憬の眼差しを向けているようだ。キャラクターに自己投影をするとか好きなものと同一化するとか、そんな感じの一種の防衛機制が働いているのかも知れない。


「健気な奴だな……」


「なっ、その顔やめなさいよ!」


 俺が涙ぐましい小倉の姿に感情移入していると、小倉はぽかぽかと俺をグーで殴り始めた。むきーっといった顔である。


「ま、お前にはお前の良いところがあるって」


「え? ほんと?」


「たぶん」


 一瞬喜びかけた小倉の顔が一気に険しくなった。再び始まるぽかぽか攻撃を食らいながら、俺はいつもより少し賑やかな帰り道をゆったりと歩いた。

 ……小倉の良いところってどこだ?



   # # #



 翌日、清瀬に小倉のことを話すと何かを考えるような素振りは見せたものの、意外にもすんなりと承諾してくれた。

 という訳で、放課後、俺たち以外誰も居ない二年三組に小倉に足を運んでもらい、念願のご対面という状況だった。


「あ、あのっ、初めましてっ! に、二年一組の小倉まりでしゅっ!」


 頭を下げながら盛大に小倉が噛む。「噛んじゃった~っ!」と小声で言いつつその小さな耳まで見る見るうちに真っ赤に染め上がっていった。俺の前とはえらい違いだな。


 その様子を気に留めることも無く、清瀬は小倉に話しかけた。


「あなたが私のことを紹介して欲しいと言った女の子ね。初めまして、清瀬優美(ゆみ)よ」


「ふわぁ……ほんとに清瀬さんだ」


 うっとり、という表現が似つかわしい顔で、小倉は目をとろけさせながら清瀬に釘付けになっている。小倉を呼び戻す意味合いもあってか、清瀬はこほんと咳払いをした。


「それで、私に何か用かしら? 用があったから紹介して欲しいと松陰君に頼んだのでしょう?」


 清瀬の問いに小倉はびくりと肩を上下させた。ギギギと音が鳴りそうなほど強張っているらしい首を動かして、俺の方を見る。


 どうやら助けを求めているようだ。そんな状態で友達になれるのかどうか怪しいものだが、乗り掛かった舟だ、ここは一肌脱いでやることにする。


 俺は頭を掻くと、清瀬に小倉の用件を切り出した。


「その、まぁなんだ。小倉は清瀬と友達になりたいんだと」


「え……」


 清瀬は目を見張った。信じられないとでも言う風に小倉に視線を戻す。


「本当なの、小倉さん?」


「え、えっと、その……うん」


 恥ずかしそうにスカートの裾をきゅっと握って、小倉は俯きがちに肯定した。


「そう……」


 清瀬は珍しいものでも見るかのようにその姿を凝視している。


 清瀬に友達が居ない理由は、神格化されていることと近寄りがたいことにあると俺は解釈している。


 息を飲むほどの美少女で常に学年一位に鎮座する成績優秀者だが、絶望的に口が悪く、歯に衣着せぬ物言いを平気でズバズバとしてくる。

 マジで殺りに来てるとしか思えないほどに攻撃的なのだ。しかも本人は楽しそうに話しているもんだから、尚更質が悪い。

 それが逆に良いという男子生徒や女子生徒ももちろん居るには居るが。


 そして俺はそんな清瀬との交流に不本意ながら慣れてしまったわけだが……それは俺の生来の性格によるところも大きかった。ツッコミ体質とか、まぁ諸々の要素があったように思う。

 つーかそうじゃないとやってらんないよ? いちいち傷付いてたら身体も心も持たないからな。


 だから、清瀬と友達だったという胡桃沢には心底驚かされたものだ。胡桃沢によれば「中学までは二人きりの時は可愛かった」らしいが、相当仲が良くなければそこまでの関係にはならないだろう。

 

 つまり、大多数に向ける態度は普段の清瀬のように、決して親しみやすいとは言えないもののはず。


 きっとそんな経緯があったからだろう、清瀬は小倉に疑問を呈した。


「理由を聞いてもいいかしら? 私と友達になりたい理由を」


「り、理由?」


「そう、理由。関わり合いの無い私と友達になりたいと思ったその理由が気になるから、出来れば教えて欲しいのだけれど」


「えっと……それはその……」


 小倉はもじもじとしながら清瀬に視線を送る。ついでに俺にも視線を送って来る。


 告白中の乙女かっ。さすがにそれは自分の口から言ってくれ。恐らく友達が居ない小倉にとっては清瀬は序盤からラスボスみたいな難易度だろうが、ここで尻込みしてたらこの先やっていけねぇよ?


 そんな思いを込めて俺は強く頷いた。小倉は崖で手を離されたみたいな顔をしたが、あまり過保護にしてもこいつのためにはならないのだから仕方がない。

 

 数秒あわあわしていた小倉だったが、やがて腹を括ったのか、両手の指先を合わせてほんのりと赤面しながら、恥ずかしそうに清瀬を見た。


「かっこいいから……です……」


「かっこいい……?」


 小倉の言葉を意外に思ったのか、清瀬は目を丸くした。上目遣い気味にちらちらと清瀬の様子を窺いながら、小倉は言葉を続ける。


「あの、わたしって背が小さくて、身体も子供で……。それを今までいっぱい馬鹿にされて来て、強がったりもするんだけどやっぱり傷付いちゃって。ひとりぼっちで塞ぎ込みそうになった時……そんな時に清瀬さんのことを知ったの」


 小倉は顔を上げて、真っ直ぐに清瀬を見た。無言で小倉の話に耳を傾けながら、清瀬も小倉の目を受け止める。


「スタイルも良くて、言いたいことを言えて、自分に自信を持ってて……。わたしはその姿に憧れた。だから……その……」


 そこで言葉を切ると小倉は深く息を吸い込み、ぎゅっと目を閉じた。


「わ、わたしと、友達になってくださいっ……!」


 身体を強張らせて言い放った言葉。清瀬はその姿を眉ひとつ動かさずに見ている。


 一体どんなことを考えているのだろう。小倉の発言に驚いている? かっこいいと言われて喜んでいる?

 それとも、胡桃沢のことを思い出しているのだろうか。かつて親友だったという彼女のことを。


 やがて、清瀬はそっと息を吐いた。そして、小倉の元に近づいて行く。びくりと肩を上下させた小倉に向けて、清瀬はその艶やかな桜色の唇を開いた。


「わかったわ。……友達になりましょう」


 優しい声色だった。とても清瀬のものだとは思えない、今まで聞いたどれよりも圧倒的に優しい声。


 その言葉に、小倉は勢いよく顔を上げた。信じられないというように清瀬を見る。


「い、いいの? ほんとのほんとに?」


「ええ。よろしく、小倉さん」


 清瀬はそう言って微笑んだ。その顔に緊張が解けたのか、小倉も顔を緩ませる。


「えへへっ、えへへ~」


 若干気持ち悪い声で笑いながら、小倉は満面の笑みを俺に向けた。

 どうやら成功したようである。まさか本当に清瀬がその選択をするとは思わなかったが、小倉の望みが叶って何よりだ。


 こうしてひとりぼっちはふたりぼっちになった。

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