第15話 少女の願い
放課後。昇降口に向かって廊下を歩く俺の後ろに、何故かとてとてと小さな足音が付いて来るようになっていた。
身長一四〇センチ台の小柄な少女。ドングリを主食とする森の小動物。
「ねぇねぇ松陰、帰り道どっち? 方向一緒だったら一緒に帰ろ?」
俺の制服の袖を引っ張って、計算なしの上目遣いを向けて来る女子生徒。
……つまり、リスっ子こと小倉まりと強制的にパーティーを組まされていたのである。たぶん職業はまもの使い。とくぎはドングリ投げ。
パーティー追放レベルで弱そうだな。
「校門出て左だけど」
「あ、じゃあ同じだ! よかった、一緒に帰れるじゃない!」
小倉はにぱーっと嬉しそうに笑みを浮かべた。対して俺はうへぇっという顔を作る。
「ちょ、お前、食堂の相席だけじゃなくて帰りも一緒とかどういうことだよ」
「別にいいじゃない。減るもんじゃないでしょ」
「お前の判断基準は減るかどうかしかないのか?」
森の掟だろそれ。ほんとにリスなんじゃないの?
「細かいことは気にしない! さ、一緒に帰りましょ!」
軽い足取りでスキップしながら小倉が俺の前を行く。すると、突き当たりを曲がったところで何かにぶつかったのか「べふっ」と声を上げながら尻餅をついた。
「ん? ああ、ごめん、大丈夫?」
そこにいたのは早藤だった。心配そうな顔で小倉に向けて右手を差し出している。
「ぴゃ、ぴゃあああああっ!」
しかし、何を思ったか小倉は悲鳴を上げながら、ばたばたと四つん這いで俺のもとに駆け寄り、俺の後ろに隠れてしまった。
「お、おい、どうしたんだよ」
俺が問うと、小倉はぷるぷると震えながら人差し指を早藤に向けた。
「あ、あれ……あの人、女帝じゃない! わたし、食べられちゃうかも……!」
「ああ、なんだそういうことか」
俺がそうだったように、小倉も早藤を恐れているのだ。早藤はそのクールな雰囲気に加えて女帝という異名を付けられていることもあり、彼女を恐れている生徒も多い……らしい。
本当のところはよくわからない。少なくとも俺とリスっ子にとってはそうみたいだ。
まぁ、俺の場合すぐに怖くないことはわかったけど。
「安心しろ。早藤は人を食べない方の怪獣だ」
「ちょっと、全部聞こえてるよ」
早藤は華奢な腰に手を当て、呆れ顔を作った。こんな風に冗談が通じるので俺はまだこの世に存在出来ている。
「あれ、松陰くん?」
その後ろから顔を出したのは胡桃沢だった。昨日の一件で相当落ち込んでいたはずだが、どうやら切り替えが早いのかその表情は普段通りのものだ。
「胡桃沢……お前、大丈夫なのか?」
「えへへ、まぁ、なんとかね。それより、その子は?」
胡桃沢が不思議そうに俺の後ろを見る。小倉は「ナンバー2も!?」とかなんとか言いながら、相変わらず俺の背中にしがみついていた。
「なんか勝手に付いて来たんだよ。名前はリス子だ」
「小倉まりよっ!」
小倉は俺が小ボケを披露すると、しっかりと口を挟んで来た。なんだ、委縮してると思ったらちゃんと喋れるじゃねぇか。
「さっきはごめんね? 痛くなかった?」
早藤が近づいて来る。しかし、その行動は小倉にとってよろしくないものだったらしく、
「ご、ごめんなさいぃぃぃっ!」
と叫びながらぴゅうっと逃げ出してしまった。
「あ……あれ?」
早藤が困惑したように立ち尽くす。途中でびたんと転びながらも、小倉はなんとか走り続けて突き当りで姿を消した。
「わたし、嫌われちゃったのかな?」
「いや、怖がっただけだろ。気にすんな。……それより」
そう言いつつ、俺は胡桃沢の方に視線を向けた。
「相談があるんだけど、いいか?」
「え? う、うん、いいけど」
胡桃沢はきょとんとした顔で俺を見た。
早藤もこれくらい愛嬌があれば怖がられないだろうに。言ったら大変なことになりそうだから言わないけど。
# # #
俺たちは以前胡桃沢と話したテラス席に向かった。最近ファミレスに行くことが多いため、経費削減という奴である。
自販機で各々飲み物を買い、席に着く。グラウンドや体育館から運動部の声が聞こえて来るが、幸い周りには誰も居ない。
「それで、相談って?」
胡桃沢が問う。ちなみに胡桃沢はレモンティーを購入したようだ。うまいよな、俺も好き。
「さっき俺の後ろに居た小倉の話なんだけど。清瀬に自分のことを紹介して欲しいって頼まれた」
「えっ? どゆこと?」
「俺もそこはよくわかってないんだけどさ。口振りからするとどうも友達になりたいらしい」
「友達……」
胡桃沢は意外そうに呟いた。それは俺も同感だ。何故ならば清瀬に近づこうとする人間を俺も見たことが無かったからな。それがまさか早藤を恐れて逃げるようなリスっ子だとすれば尚更だろう。
「松陰君はなんて答えたの?」
「今は無理だけど近いうちに紹介するって答えた」
「なるほど。まぁそれが妥当だろうね」
早藤が頷く。早藤の方は無難に緑茶を選んでいた。キャラ通りの選択である。
「だけど、わたしはすぐにでも清瀬さんに紹介してもいいんじゃないかなって思ったりもするかな」
予想外の言葉だった。胡桃沢が目を丸くする。
「ひ、弘子?」
「姫は色々と思うところがあるだろうけど……わたしの考えとしては、清瀬さんに友達が出来れば何かが変わるんじゃないかなって思うんだ。例え小倉さんが友達になれなかったとしても、それで姫のことを考え直すきっかけにもなると思うし」
「確かにそれはあるかもな」
早藤の言っていることは納得できる話だった。今のままではいずれにせよ清瀬は頑なに胡桃沢を避けるだろう。それならば新しい刺激を与えるというのは悪くない案だ。
見たところ、清瀬は胡桃沢に対して思う所があるようだった。決して勝算が低い話ではない。
「姫はどうしたい?」
早藤が胡桃沢に視線を向ける。胡桃沢は迷うように視線をしきりに動かしていた。
「え、えっと……」
そして、一度ぐっと唇に力を入れると、胡桃沢はこくりと頷いた。
「わかった。みーちゃんにあの子のこと紹介してあげて。……あたしがどうこう言えることでもないんだけど……お願い! 松陰くん!」
そう言って、胡桃沢は俺に向けて手を合わせた。正直気乗りはしないが……まぁ小倉との約束を前倒ししたと考えるか。
「へいへい。ま、なんとかやってみるよ」
手を合わせる胡桃沢に頷いて見せて、俺は購入した二八〇ミリリットルの緑茶に手を伸ばした。
清瀬に話しかけるのは少し、いやかなり気が引けるが、今動けるのは俺しかいないのだから仕方がない。ポイズンアタックを甘んじて受けてやろうじゃないか。




