第14話 リスっ子登場
「ねぇ、清瀬さんにわたしのこと紹介してくれない?」
昼休み、薫と共に食堂のカウンターに並んでいると、すぐ後ろから高めの声が掛かって来た。振り返ると、プラスチック製の簡素なトレーを持った小柄な少女が俺を見上げている。周りの女子生徒と比べて頭一個分ほど低いので恐らく一四〇センチ台だろう。
顎程までの茶髪はふわふわとしており、大きくくりくりとした焦げ茶色の目がどこかドングリを彷彿とさせる。つまり、動物に例えるならばその少女はまるでリスのような少女だった。
所謂小動物系女子である。
「えっと……?」
少女の言葉の意味がわからず、俺は返答に困った。なんだこのリスっ子は。全く見覚えが無いんだけど。
俺の反応が不服だったのか、少女は眉間に皺を寄せると、唇を尖らせて顔を近づけて来た。
「だから、清瀬さんにわたしのこと紹介して欲しいのっ」
「ちょっ、落ち着けって」
「どした、ショーイン」
俺が少女から身体を引いていると、隣の薫が不思議そうにひょっこり顔を出した。ふくれっ面のリスっ子を見た後、俺に視線を向ける。
「誰? この子」
「俺が聞きたい」
呆れ顔を薫に向ける。リスっ子はトレーを脇に抱えて限りなく小さな胸を張った。
「わたしは小倉まり。二年一組の小倉まりよっ」
「へぇ……」
ごめん知らない。全っ然知らない。
ドングリでもあげて追い払うか? あれ、ヒマワリの種の方がいいんだっけ? それはハムスターだっつのっ。
「ちょ、何よその反応はぁ!」
俺が対処法を考えていると、小倉がぽかぽかと俺の胸を叩いて来た。何こいつ超理不尽なヤツなんですけど。
「お、おいやめろ、叩くなって。それより、清瀬に紹介してくれってどういうことだ」
「あ、そうだった」
弱攻撃をやめると、リスっ子はこほんと一度咳払いをした。くりくりの目で俺を真っ直ぐに見ると、真剣な面持ちで口を開く。
「わたしは」
「はい、醤油ラーメンお待ち」
「あ、どうも」
そのタイミングで食堂のおばちゃんからラーメンが差し出されたので、俺は礼を言いつつ受け取った。同じタイミングでラーメンを受け取った薫と共にカウンターから離れる。
「こらぁっ! ちゃんと聞けぇっ!」
俺の背中をリスっ子の叫びが叩くが、他の人の邪魔になるので仕方がない。受け取り口に留まり続けて話すなんて迷惑行為でしかないのである。
「あとで聞くから。放課後にでも」
とりあえずそれだけ言って俺は薫と共に空いている席に陣取った。箸を手に取り、手を合わせる。
「いいのショーイン? さすがにちょっと可哀想な気がするけど」
薫がリスっ子に視線を向けながら口を開く。俺もちらりと小倉の方を見やると、腕を組んでおばちゃんに無言の圧力を掛けているところだった。
なんて野郎だ。おばちゃんに敬意を払わんとは。一部の野郎(教師含む)から密かに人気があるちょっとぽっちゃりのおばちゃんなのに。
ちなみに俺は別に好きではない。ごめんよおばちゃん。
「いいだろ別に。知らない奴に急に声掛けられてもな」
しかも清瀬を紹介しろって、今はとてもそんなことを出来る雰囲気じゃないし、している場合でもない。とにかく胡桃沢との問題を解決しなければならないのである。
そんなわけで、俺はラーメンをすすり始めた。のだが。
「まったく、無視するなんてひどいじゃない! まだ何も話してないのにっ」
当たり前のようにどかっと俺の隣の席にリスっ子が腰を下ろした。そして箸を持ち、うどんの麺を一本だけ挟むと、つるつると小さな口で食べ始める。
「おい、何当たり前のように相席してんだよ」
「別に減るもんじゃないし良いでしょ」
「まぁそうだけど。話なら放課後に聞くから」
「今話したいんだもん」
リスっ子は厚顔無恥という言葉が相応しい態度で尚もうどんを食べている。自己中なリスっ子である。そんな奴にはドングリじゃなくてめっちゃかったいクルミがお似合いだぜっ!
「友達いないのか?」
「なっ、論点をすり替えないで! 今はそんなこと関係ないでしょ!?」
どうやら図星のようである。ふむ、少しはリスっ子に構ってやる気にもなって来た。
「なるほど、寂しいんだな。わかった、別に俺の隣で食ってもいいぞ」
「なんでこの椅子があなたの所有物みたいな感じで言ってるのよ! しかもあなたもあんまり友達いないでしょ!? わたし知ってるんだからっ!」
「そ、そんなわけないだろ? 俺にだって友達はちゃんといる。……三人くらい?」
「なっ!? いつの間にか増えてるっ……」
がーんと効果音が聞こえて来そうなほどリスっ子は驚愕の表情をした。例えるならば、木の洞に隠していたドングリが何者かに取られてしまったかのような顔である。
「なんかすっげぇ底辺の戦いを見せつけられてるんだけど……。ショーインも人のこと言えないだろ?」
薫が口を挟む。その表情は苦笑半分、呆れ半分といったところだった。
「ま、まぁそれは置いといて。いつの間にか増えてるって言ったよな? つまり小倉は俺のこと監視してたのか……?」
「人聞きが悪いわねっ。ちょっと観察してただけよっ」
「へ、へぇ……」
何この子怖い。ほんのりと清瀬側の匂いがするんですけど。
将来が少し心配である。主に恋愛方面の。
「それで、あなたが清瀬さんと仲がいいってことを知ったのよ。だから、わたしにも清瀬さんを紹介して欲しいの」
「仲がいいって、みんな同じこと言うよな」
あれのどこを見て仲がいいと思うのだろうか。散々毒を吐かれて笑われているだけなんですけど。
「仲いいでしょ。だって、あなたの前以外では清瀬さんがあんなに笑ってるの見たことないもの」
「笑ってるっつーか馬鹿にしてるって感じだけどな」
イモムシ……ふふっ。みたいな感じだ。とにかく、向けられても全然嬉しくない部類の笑顔なのである。
それこそ、道端に落ちているイモムシを木の棒でつつくような顔だ。子供がよくやる残酷なあれ。
イモムシにとってはいい迷惑である。
「とにかく、笑ってるってことが凄いのっ。ねぇいいでしょ? わたしのこと清瀬さんに紹介してよ」
「紹介してっつってもなぁ……。今は出来そうにないんだけど」
「ええっ、なんで!?」
小倉が酷く残念そうな声をあげて俺を見た。
「今は色々と立て込んでてな。小倉のこと紹介できるような雰囲気じゃないんだよ」
「そ、そんなぁ……」
そう言うと、小倉は今にも泣きだしてしまいそうなほどに顔を歪ませた。への字に曲がった小さな唇がぷるぷると震えている。え、ガチ泣きなの?
「いや、まぁあれだ、そのうち紹介してやるから。だから泣くなよ、な?」
さすがに居た堪れなくなった俺は、今は無理だがそのうち、という譲歩案を提示した。本当に泣かれては堪ったもんじゃないからな。
「いいの?」
リスっ子はうりゅっとした大きな目で上目遣いに俺を見て来る。ちょ、なんかそれ可愛いんだけど。反則だろ。
こほんと一度咳ばらいをすると、俺は大きく頷いて見せた。
「約束する。近いうちに必ず小倉のことを清瀬に紹介するよ。それでいいか?」
俺の言葉にリスっ子はぱあっと顔を輝かせる。表情の変化が激しい奴だな。あとすげぇ単純。
「うんっ! なんだ、あなたいい人じゃない! はい、お礼にうどんあげる」
リスっ子はそう言いつつ、一本うどんを箸で持ち上げると俺に差し出して来た。
「いや、いらないから。しかもそれ歯形付いてるし」
あと間接キスになっちゃうとか色々と問題があることに気付いていないのだろうか。お礼に自分の食べ物を渡そうとするなんて、なんか増々リスっぽい習性だな。リスにそんな習性あるか知らんけど。
「あ、ほんとだ、ごめんねっ。ふふふっ、清瀬さんと友達になれるのかぁ」
俺の言葉を気にすることなく箸で持っていたうどんをちゅるっとすすると、小倉はもちもちの頬をこれでもかというほど緩めてそう言った。
いや、友達になれるとは言ってないからね?




