第11話 兄妹デートと胡桃沢姉妹
長い一週間が終わり、やっと休日に突入した土曜日。俺は家でダラダラと過ごすつもりだったのだが、気が付くと何故か妹とショッピングモールに降り立っていた。
「……志緒、こういうのは友達と行った方が楽しいんじゃねーのか? お兄ちゃんと買い物してるところなんて友達に見られたら色々言われるだろうし。もちろんお兄ちゃんは嬉しいよ? 嬉しいんだけどね?」
「私も楽しいから大丈夫だよっ。ほら、久々の兄妹水入らずの時間なんだから楽しも!」
「お、おいっ」
志緒は無邪気に俺の腕に抱き付くと、ぐいぐいと引っ張って行く。昔からこの関係性は変わっていないが、さすがに身体が大きくなって力もついたなぁ……と感慨深くなりつつ、俺はよろよろと妹と足並みを揃えた。
「それでお兄ちゃん、この前の話を聞きたいんだけど」
「この前の話?」
「忘れたとは言わせないよ~? 微妙な関係性って言ってた人のこと!」
「ああ……あれか」
すっかり忘れていた。
つまり志緒が聞きたいのは胡桃沢についてである。数日前のあのショートケーキナイトにて、胡桃沢について後日詳しく話をするという約束をしてしまっていた。
しかし結局恋人の振りはしなかったので、別に話して面白いようなことが起こっている訳でもない。説明は一言で終わってしまうのである。
「別に彼女にはならなかった」
「あ、そうなんだ」
「うん」
「……え、それだけ?」
「それだけ」
俺の回答に志緒は足を止めてぽかんと口を開けた。そしてつまらなさそうに小さな口を尖らせて見せる。
「なぁんだ~……てっきりお姉ちゃんが出来ると思ってたのに」
「気が早いなっ。なんかごめんね? 期待はずれで」
「ううん、まだ私がお兄ちゃんを独占できるってわかったからそれはそれでいいの」
「相変わらず嬉しいことを言ってくれるな。なに、俺の彼女になりたいの?」
「どしたのお兄ちゃん? もしかして頭打った? なでなでしてあげよっか?」
「嬉しいようで嬉しくない絶妙なラインだな」
褒めるときは褒めて俺の発言次第ではぴしゃりとシャッターを閉める。やはり出来た妹である。
「あれ? 松陰くん?」
そこで背後から俺を呼ぶ声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。噂をすればなんとやら、振り返るとそこには胡桃沢が立っていた。
膝上数センチ丈の可愛らしいスカートに白いブラウスという、全体的な雰囲気はなんというかガーリー? みたいな部類に恐らく入るであろう出で立ちである。
加えて、隣には見覚えのない綺麗な女性が居た。
「胡桃沢。偶然だな」
「うん、まさかこんなとこで会うなんて……って、え? もしかして、デート……?」
「ああ、妹だよ。仲が良くてたまにこうやってぶらぶらしてるんだ」
「あ、そうゆうことね! そっかそっか」
胡桃沢は髪を耳に掛けながらどこかそわそわしたようにそう言った。志緒は俺から手を離すとぺこりとお辞儀をする。
「初めまして、志緒って言います! 兄がいつもお世話になっておりますっ」
「お、お世話になってるだなんてそんなことないよ! むしろあたしの方が迷惑掛けちゃってるというか……」
胡桃沢がしどろもどろになっていると、隣に居た女性が胡桃沢に声を掛けた。
「なに、どういう関係?」
「あ、えっと、この男の子はあたしと同じ二年の松陰直隆くん。最近仲良くなったんだ」
「ふーん。彼氏?」
「ち、違うから! 何言ってんのお姉ちゃん!?」
「え~違うの~?」
「違うの! ご、ごめんね? 松陰くん」
「お、おう」
どうやらこの女性は胡桃沢の姉らしい。だから胸が大きいのか。しかも胡桃沢よりもさらにでかいとか、DNAの暴力である。
「まぁ冗談はこれくらいにして。私は姫乃の姉の陽菜です。よろしくね!」
きゃるんとウインクを決めて来る陽菜さん。その隣では胡桃沢が「恥ずかしいからやめて!」と顔を真っ赤にしている。
その様子を苦笑しつつ見ていると、志緒がそっと耳打ちして来た。
「ねぇお兄ちゃん。姫乃さん? とはどういう関係なの?」
「ああ、さっき話したやつだよ。ただの友達になったっていう」
「えっ! そうなの!? すっごい可愛い人だね」
ほえ~っと驚いたように目を見開いて、志緒は胡桃沢を見た。その視線の先で色々と言い合いをしていた胡桃沢姉妹のお姉さんは、「そうだ」とどこか悪い顔でぽんと手を叩く。
「せっかくだし、お茶でもしていかない? 松陰くんと話したいし」
「ちょっと、お姉ちゃん!?」
「あ、私もお茶したいです! 姫乃さんとお話したいので!」
「え、志緒?」
なんだなんだ? 何を言っているんだこのマイシスターは。兄妹水入らずの時間を過ごしたいんじゃなかったのか?
俺はちらりと胡桃沢の方を見る。胡桃沢も俺に視線を寄越すと、困った顔でふるふると首を振った。
「よし、じゃあちょうどそこにカフェがあるから行こうか!」
陽菜さんはそう言って胡桃沢の腕を引っ張って行く。志緒もそれに倣うように俺の腕を取ると、軽い足取りで後を追うのだった。
# # #
俺たちはカフェの四人席に腰掛けていた。左隣に志緒、左前に胡桃沢、そして何故か正面に陽菜さんという布陣である。
うちの妹も含め美女揃いで実にハッピーな空間なのだが、いかんせんこれから降りかかるであろう災難を思うと手放しでは喜べない。何故か同じパンケーキを店員さんにおすすめされるがままに二つも注文してしまう程度には俺の頭は混乱していた。
そして現在、俺の前には二つのパンケーキと一杯のコーヒーが置かれている。左から順にパンケーキ、パンケーキ、コーヒーである。
なんか家で食ってホットケーキにハマったわんぱく少年みたいな机になっちゃったんだけど。どうすんだよこれ。
俺がベリーとか色々乗ったオシャンティーなパンケーキに視線を落としていると、陽菜さんが楽しそうに口を開いた。
「なに、松陰くんそんなにパンケーキ好きなの? なんか可愛いね」
「いや、別にそういう訳じゃないんですけど。あ、よかったらひとつ食べます?」
「え、いいの? じゃあ貰おうかな」
「どうぞ」
俺はパンケーキの皿をひとつ陽菜さんの前へと滑らせた。それを見た志緒が俺の左肩に頬を当てながら物欲しそうな顔でパンケーキに視線を注ぐ。
「お兄ちゃん、私も貰っていい?」
「ああ、いいぞ」
「やった! おいしそー」
志緒はそう言って嬉しそうに皿を自分の前へと運んだ。ふぅ、これで視界が開けたぜ。
「なんで頼んだの松陰くん……」
「いや、ちょっと混乱しててな」
呆れ顔の胡桃沢の問いに答えると、胡桃沢は苦笑した。
「なんか松陰くんそういうとこあるよね」
「最近なんか多いんだよなー。あ、でもこれはあれだぞ? 誰か食べるかも知れないっていう予想でパンケーキを頼んでおいただけで」
「はいはいわかりましたよー」
ふふふっと笑う胡桃沢。本当にわかったのか? 俺は今混乱のバッドステータスが付いてるだけで、普段はここまで奇行に走る男じゃないんだけどなぁ。
特にここ一週間で色々あり過ぎたからな。何故か美少女関連のイベントが多すぎる。ひとりはちょっと、いやかなり毛色が違うが。
「なんだか仲良さそうだね~。やっぱりただの友達じゃないんじゃないの?」
陽菜さんが悪戯っぽい笑みを浮かべて俺と胡桃沢を交互に見る。その様子に慌てて胡桃沢は弁明を図った。
「だ、だから違うってば! これはその、松陰くんが面白かったからつい笑っちゃったってだけ!」
「そうー? でもお姉ちゃん、姫乃がそんな顔で笑ってるところあんまり見たことない気がするんだよなー。しかも男の子の前で」
「そ、そんなことないから! もう、恥ずかしいこと言わないでよっ!」
「えへへーごめんごめん」
頬を朱色に染めて怒り気味に見る胡桃沢に動じず、陽菜さんは飄々とした態度でパンケーキを口に運んで「おいしっ」と舌鼓を打った。
苦労してるんだな。ドンマイ胡桃沢。
そこで、パンケーキを一口うまそうに咀嚼し終えた志緒が前のめりで胡桃沢に声を掛けた。
「あの、姫乃さんっ。お兄ちゃんって、姫乃さんから見てどう思いますか!?」
「えっ!?」
志緒の唐突な質問に胡桃沢は目を丸くした。「それあたしも気になるっ」と陽菜さんの方もわくわくとした様子だ。
「え、えっと……どういうこと?」
「男の子としてっていう意味です。お兄ちゃん、顔はけっこうかっこいいし悪い人じゃないのに恐ろしいほどモテないので、ちょっと心配になっちゃって」
「ちょっ、志緒さん?」
言いたい放題言われている。しかし、事実なので反論し辛いのが痛いところだ。
俺はマジでモテない。隣に居る薫にそっち系のものを全部吸い取られているとしか思えないほどである。いや、ほぼ間違いなくそうだろう。何故ならば薫の方がかっこいいからである。シンプル過ぎてなんも言えねぇ。
俺が複雑な面持ちで居ると、ほんのりと顔を赤らめつつ胡桃沢が口を開いた。
「そ、そうだなー……。あたしも、悪い人じゃない、とは思う……かも」
「ふむふむ。他には?」
「え? えっと……良い人、だと思う……かな」
「それさっきとほとんど同じ意味じゃんっ」
陽菜さんがけらけらと愉快そうに笑う。その反応に増々胡桃沢の頬が赤みを帯びて行く。
「じゃ、じゃあ……………………優しい……とか?」
ぽつりと胡桃沢が答える。そして数秒の沈黙。
胡桃沢はその雰囲気に耐えかねたようにぶんぶんと両手を振って、
「わわわっ! そ、その、変な意味じゃないからねっ!? 人としてっ! 人としてだから!」
と早口で捲し立てた。逆に変な意味の優しいってなんだよ。
胡桃沢の慌てっぷりを見ていると、俺の隣で志緒がふっと息を漏らした。見ると、顔を綻ばせて嬉しそうにしている。
「よかったです、わかってくれる人がいて。うちのお兄ちゃん変な人ですけど、基本優しいんですよね」
「変な人は余計だっ。……いや、あながち間違ってないのか?」
「お兄ちゃん、そこは認めちゃだめだよ」
志緒が真顔で言う。なんだ冗談か。自分のここ数日の言動からもしかして俺は変な人なんじゃないかと自覚してしまうところだったぞ。
「じゃあ、次は松陰くんに質問! ズバリ、姫乃は可愛いと思いますか?」
「ちょっ!? お姉ちゃん!?」
陽菜さんの質問に、胡桃沢が素っ頓狂な声を上げる。陽菜さんはにんまりと口角を上げており、相当楽しんでいるように見受けられる。
「あ、もし答えづらいんだったらカップ数の予想でもいいよ」
「お姉ちゃん!?」
胡桃沢が世界の終わりみたいな顔をしている。そっちの方が答えづらいわ。
「い、いえ、前者の質問でお願いします」
「おっけー。それで、どう思う?」
俺は少し考える。なんだよこの質問、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。可愛いなんて女子に言ったことも無ければまだ何も言ってないのに胡桃沢の顔がやたらと赤いし。ちょ、やめてくれ、俺をちらちら見るのは。このギャルほんとに純情過ぎだろ。
とりあえず、俺は一般論を語ってみることにする。
「……世間一般で見れば間違いなく可愛いと思いますよ。学校でも評判良いし」
「少年。お姉さんがそんな答えで満足できると本当に思っているのかね?」
「い、いえっ! これはジャブですよ! やだなぁもうっ!」
どうやら陽菜さんは渾身のストレートをご所望のようである。鬼かっ。
しかし、本心を話さなければ事態の収拾が付きそうにない。俺は一度深呼吸をして覚悟を決める。
「……かっ」
「わーわーっ! 松陰くん、こんな質問答えなくていいからっ! お姉ちゃんも悪ノリが過ぎるよっ」
わいいと思いますと答える寸前で、焦るように胡桃沢が割って入った。耳まで真っ赤になっている。
「ちょっと姫乃、声が大きいよ? 他のお客さんの迷惑になっちゃうから」
「あ、ご、ごめん……」
「それで松陰くん、なんて?」
「ナチュラルに無視された!?」
次は声量を落として胡桃沢が言う。陽菜さんはその様子に苦笑すると、ひらひらと手を揺らした。
「ごめんごめん、冗談だから。あー楽しかった。松陰くんもごめんね?」
「い、いえ……」
胡桃沢が安心したようにほっと息を吐く。毎日こんなイジられ方をされているのかと思うと戦慄する。愉快なお姉さんだがその心労は相当なものがありそうだ。ドンマイ胡桃沢。
俺は台風一過の安堵を味わいながら、カラカラの喉にコーヒーを流し込んだ。
女の子ってこういう話好きなのね。女子会って、たぶん地獄の宴の別名だよな。




