5話
最初はただのうめき声だった。
保護した少年が突然苦しみ出したのだ。
美崎は直ぐに少年に駆け寄ったが明かに普通の状態ではなかった。苦しみににじむその表情、噴き出す汗。少年の右腕がみるみるうちに変化していく。美崎はこの現象に見覚えがある。寄生虫による人体の形態変化。
先程晴臣が見せたのと同じ現象。
「この子、すでに寄生されている!」
間違いない。まだ少年自我がわずかに残っているようだがこの様子では時間の問題だ。いつ少年の自我が消え、美崎を襲ってきてもおかしくない。
「避けろ!」
透が背後で叫ぶ。その時には巨大化する少年の右腕から生え出てきた触手が美崎目がけて襲いかかってくる。
「力を貸しなさい。スカーレット・ガール!」
美崎は両腕に握られた拳銃。その両方のグリップ部分に埋め込まれたコハクの力を使う。強化された身体能力で迫り来る三本の触手を、全て打ち落とす。
これくらいは造作もない。美崎には戦いの中で笑う余裕さえある。
さらに巨大化した少年の腕が襲いかかるがこれも難なく避けきると少年の両足に銃を放つ。放たれた銃弾は見事命中し赤い血の花を咲かせる。両足の動きを封じられた少年はあっけなく地面に跪いた。
「まだだ、油断するなッ!」
また透の声。それとほぼ同時に、さらに腕から触手が三本出現する透が美崎と少年の間に割って入る槍を構え叫ぶ。
「回れ串刺し公」
槍をぐるりと回し触手をすべて叩き落す。
「今だ!」
透が叫ぶ。その意図は美崎も分かっている。間髪入れず拳銃の引き金を引く。
今度は少年の体に命中する。
「やった」
そう思った次の瞬間ダメージを受けてよろけた少年の体、背中から新たに五本の触手が現れ美崎を襲う。
「まずいっ」
美崎は不意を突かれた形になり避けきれない。
迫り来る触手を腕でガード使用とする。琥珀の力を防御に回す。これくらいの攻撃なら受けたところでたいした傷にはならない。
そう思ったときだった、身体の正面に衝撃が走り美崎の身体が吹き飛ばされる。
ビックリしたまま弾き飛ばされた美崎の身体は吹き飛ばされた衝撃で二回、三回と転がった後、港の倉庫の扉にぶつかって止まった。
「ガハッ」
衝撃で体中が痛い。が、堪えられない痛みではない。それよりもなぜ飛ばされたか美崎には理解できなかった。
「悪いな、どうも俺はこういうときに手加減できない質でね」
美崎は声のした方向を見る。ちょうど美崎が吹き飛ばされたのと同じくらいの位置。
そこには透が立っていた。その直ぐ目の前には少年がたっている。少年の身体には透の槍が深々と突き刺されていた。
しかし、その透の身体も少年の触手に貫かれ、貫かれた脇腹の傷口から流れ出した血が服を真っ赤に染めていた。
「もしかして、私を庇ったんですか? あれくらい、問題なかったのに……」
そうだ透の傷も一般人なら重傷だが、コハクからもたらされる治癒力を持ってすれば再生するまで時間は掛かるが余裕で受けきれる傷だ。庇う必要なんてなかった。
「僕はあいにく頭が悪くてね。人を庇うとか人の犠牲になるとかそういうことを普通にやっちゃう大馬鹿者なんだ。まぁ、だから螺旋の番人に入ったわけだけど」
透は苦痛で顔を歪めながらも右手で少年に突き立てられた槍を握った。驚くことにまだ少年の身体は微弱ながら再生しかけていた。
「俺の最後の一撃だ。存分に味わえ」
透がそう言ったと同時に少年の身体が内側からはじけ飛んだ。
「あなたねぇ……」
美崎はようやく立ち上がり、よろよろと元へ向かった。文句の一つくらい言ってやらなければ気が済まない。
「すまない」
近づいてきた美崎に透が呟く。
「何よ、謝ったくらいで……」
美崎が言葉を言い終える前に首筋に痛み。美崎の意識は何が起こったか理解する前に闇に沈んでいく。
「悪いな……」
透は美崎の不意を打って意識を失わせると静かにそう呟いた。
「君みたいな新入りに頼むのはまだ早すぎる……」
そう言って透は自分の傷口を見る。貫かれた傷口はすでにほとんど再生しきっていた。でもこれは透にとって喜ばしいことではない。なぜならこの再生能力はコハクの力を持ってしても異常なスピードだったからだ。
「まさか、奇怪虫が二匹いたなんてね……」
そう、あの場には少年に寄生した奇怪虫の他にもう一匹いたのだ。最初に美崎を攻撃したのは少年に寄生した奇怪虫。そして最後に攻撃を放ったのはもう一匹の寄生虫。
透にとって運が悪かったのは最後のの攻撃は相手を殺す類いの攻撃ではなかったということ。三度目の
攻撃は相手に寄生するための攻撃だった。同じ体に二体の奇怪虫は共存することができない。だから二匹 目の奇怪虫は新たな宿主を手に入れるために攻撃を放ったのだ。
だから、単純にガードすればいい攻撃などでは初めからなかった。それを察知したが故に美崎をを庇ったのだがその結果攻撃をモロに受けた透は当然奇怪虫に寄生された。
この尋常ならざる回復力はコハクの力ではなく、透に寄生した奇怪虫によってもたらされているもの。
透の意識はこうしている間にも奇怪虫に蝕まれている。透はそれを寸前で押しとどめている。
「透!」
自分を呼ぶ声がする。透はほっとしたようにゆっくりと小さく笑った。