4話
「ターゲットを視認。やつはまだ報告通りの場所にいるみたいだ」
「了解。僕もターゲットを確認したよ。タイミングはアレックスたちに任せてる。二人が動き始めたからが勝負だ」
僕が立っているのは港の建物の屋根の上。隣には透がいて、視線の先には資料で見た通りの晴臣の姿と人質だろう中学生くらいの少年が見えている。
作戦は至ってシンプルだ。美崎とアレックスが先行してターゲットの注意を引きつけ、その隙に僕と透が確実にターゲットを排除するそれだけ。難しいことは無い。
僕が晴臣を視界に捉えているのは六百メートルも先の場所。普通の人間には見えないが、コハクの力で視力を強化した僕には容易に見ることが出来る。それは透も同じだ。二人とも相手に悟られぬよう屋根の上から監視する。
すると晴臣の前にアレックスと美崎が現れる。アレックスはAKを美崎はバレット式の拳銃を二丁構えている。特に隠れるているわけではなく正面に立つが、遠距離武器を持つ二人は相手の視界に入りつつ、間合いには入らない絶妙な距離を取っている。
ここまでは作戦通り。目の前に敵がいることで晴臣の注意は完全に二人に向けられている。僕は背負っていた袋から刀を取り出す。
持ち手部分にコハクの埋め込まれた僕の刀。名を黒人。
そして螺旋の番人が着用する黒いコートのフードを深く被ると、僕の中に秘められた人殺しの本能を呼び覚ます。
「力をよこせ黒人」
コハクによって暫定的に高めていた視覚以外の全ての身体能力を高めていく。そいて次の瞬間、僕は闇に溶けるように消える。
これが黒人の能力。僕は今この闇と一体となっている。
姿を消した僕が次に姿を現したのは晴臣の背後だった。黒人の能力で姿を消し、極限まで高められた身体能力で一瞬にして六百メートルという距離を詰める。むろん姿を消したぐらいでは晴臣に気づかれてしまう。だが黒人は姿を消すと共に相手の認識をずらす。よって僕は晴臣に気づかれることなく晴臣の背後をとることに成功する。
一閃。僕は黒人を振り下ろす。
その寸前で晴臣が気づき、刀を躱そうと身体をひねる。刀は晴臣の胴体を切ることはなかったが晴臣の右腕を切り落とすことには成功する。さらに斬撃を避けたことで晴臣と人質の少年との距離が開いた。
「チッ、感のいいやつ……」
僕はそう言って晴臣を睨む。奇怪虫に手傷を負わせ、人質から距離を離す。初撃としては成功だが今の一撃で済ませるつもりだったのだから不満は残る。
切り落とされた晴臣の右腕はすでに再生が始まっていた。
奇怪は基本、何でもありだ。腕の一本再生するくらいほとんどの個体ができる。だから今更驚きはしない。
「おいおい、しっかり仕留めろよ」
僕がアレックスの隣に立つとアレックスはそうぼやいた。
「うるさい、とっと武器を構えろ。死ぬぞ」
すると突如として晴臣の身体に変化が起きる。背中から虫の羽根のようなものが生え出てきた。いよいよ本番らしい。人体の形態変化。寄生した奇怪虫は人間のDNAを書きかえ細胞を変化させ、その姿を異形のものへと変える。
ここまで完璧に寄生された人間は最早助けるすべがない。殺して楽にさせてやる、それが僕らにできる唯一のこと。
「美崎と透は少年を保護しろ。アレックス、僕を援護しろ」
「了解だ」
アレックスが逃げようとする晴臣めがけてAKをぶちかます。
銃弾の雨が晴臣の身体目がけて降り注ぐ。コハクの力を付加された弾丸は一発の威力は低くとも奇怪虫の再生能力を妨害する力がある。この数の弾丸を全て避けるのはほぼ不可能。僕は弱った所を叩けば良い。
しかし晴臣の動きは僕らの予想を覆すものだった。翼の生えた晴臣は銃弾の雨を躱し、港の倉庫と倉庫の間の細い道へと逃げる。
「なんだ、あのスピードは!?」
同感だ。今のは報告にあった個体の事前情報のそれを軽く超えるスピードだった。
「知るかよ。無駄口叩く前に追え」
僕は叫んでコハクの力を脚力に集中的に注ぐ。晴臣が逃げ込んだ道の奥、行き止まりのちょっとしたたまり場のような開けた場所で僕達はやっと追いついた。
「グッ……ギギィ……」
晴臣がかすれたような声を上げる。
晴臣は移動中もさらに形態変化を繰り返していた。
それもここまで来るともうすでに晴臣の身体は原型をとどめていなかった。先程生えた二本の羽は言うまでもないが、逃げている最中にさらに体格も二回り以上でかくなっている。細身だったその身体は体格のデカいアレックスよりも大きい。両手の爪は鋭利な刃物のようだ。
もはや、これを化け物という以外、表す言葉はないだろう。
晴臣が襲いかかっくる。そこで僕は考えるのを止めた。今は考えても仕方がない。余計なことを考えている余裕などはない。
晴臣の動き、特にスピードは相変わらず早い。一瞬のうちに間合いを詰めてきたかと思うと次の瞬間には晴臣の腕が僕に向かって振り下ろされている。
躱す。躱す、躱す。振り下ろされる死の気配それらすべてを躱す。
スピードは互角かいや僅かに晴臣の方が早い。認識をずらし躱してはいるがこのまま躱してばかりではいずれ攻撃のスピードに追い付かくなる。
だから僕は振り下ろされる腕を躱すのではなく刀でで受け止める。
刹那。僕の刀と晴臣の腕がぶつかり合う。
その瞬間アレックスがAKのトリガーを引く。狙い澄まされた弾丸が一直線に晴臣を襲う。晴臣は寸前で離脱するが何発か被弾した。少しだけだが動きが鈍る。
僕はその隙を逃さない。晴臣が間合いを取ろうとするが、させない。ありったけの脚力で晴臣の懐に潜り込む。そして上段から刀を振り下ろす。
晴臣の身体が真っ二つに裂け、血しぶきを上げて地面に倒れた。
「てこずらせんな……」
地面に倒れたそれを睨んで言う。着ているコートにはには晴臣を切った時の返り血が着いて真っ赤だ。
僕はその返り血をいっぱいに浴びたコートを脱ぐ。少し肌寒いがコートを着る気にはなれなかった。
晴臣の身体は真っ二つに切断されているが再生する様子はない。晴臣に寄生した奇怪虫は完全に動きを止めている。
「やったか?」
アレックスが近寄って来て言う。
「ああ。だがなにか妙だ」
ターゲットは排除した。だが僕はまだ納得出来ずにいた。顔に着ついた血を、脱いだコートのまだ残っている綺麗な場所で拭きながら考える。
「報告にあった個体と動きが違ったからか?」
「あぁ、さっきの攻撃、明らかに三度は寄生を繰り返した個体の動きだ」
なぜこの個体が弱い個体だと判断されたのか。螺旋の番人の諜報部が誤った情報を僕達に与えるだけの何らかの理由があったとする。だとすればどんな理由か……それを考える。
「おい、シユウ見て見ろ。こいつ母体だ」
「本当だね身体からいくつか卵が出てきてる。もっとも全部死んでるみたいだけど」
アレックスが死体から出ていた白い野球ボールくらいの卵をAKで壊していく。死んでいるとわかっていてももしかしたらと言う事がある。だから全て壊しておく。
ちなみに、アレックスの言う母体とは普通人間に寄生し殺人を起こさせる奇怪虫とは違い、産卵、種を増やすのを目的とした個体のことをさす。産卵前の母体は能力も高く普通の寄生虫より手強いとされている。なるほどそれは強いわけだ。
母体は人間に寄生すると自らと宿主の生命力を使い新たな寄生虫の幼生体を生み出す。そして宿主の死と共に幼生体は放たる。そこで僕はある可能性に気づく。
「まさか、こいつ……」
「どうした?」
卵を全て破壊し終えたアレックスが聞く。
もし、この母体がすでに産卵を終えていたとしたら? 今この場にある卵の数は八個。母体が一度に生む卵の数がせいぜい十個程度。そいてここにある卵はすでに死んでいた。
だが本当にすべて死んでいたのだろうか?
「まずいかもしれない……」
僕は直ぐに走り出しす。
「おい、シユウ! どうしたんだ?」
追ってくるアレックスに僕は短く完結に伝える。
「美崎達が危険だ」