3話
『全員の搭乗を確認。これより転送シークエンスに移行します』
転送装置の中で機械音声が響く。僕はそれを聞いて転送装置の中で目を閉じた。理由は僕もよく覚えてないが、こうしていないと転送中に飛び交う何とか物質とかいうのをもろに浴びて危険らしい。僕はそれに素直に従う。
『転送開始。ご武運を』
もう一度機械音声が響くとふわりとした感覚。次の瞬間にはゴトンという音と共に転送が完了した。
僕は転送装置の扉を開ける。それとほぼ同時に他の転送装置も開いたのだろう。ガコンという音が聞こえた。
案の定、辺りを見渡すと他の全員も転送装置から出てきていた。
僕らが転送されたのはどこかの田舎街の廃棄された港だった。周りは建物だが塩の香りがどことなく臭ってきた。
港を覆う空は真っ暗だ。しかもその黒さは夜空にきらめく星の光さえも許さない程。
対奇怪虫用隔離エリア。
周囲一キロ、対象以外の人間を全て排除すると同時に、奇怪虫に寄生された人間を閉じ込める結界。これによって指定された範囲内は一時的に人のいない忘れ去られた土地となる。
とは言え、これを維持できる時間は限られている。保って一時間。これが僕らに与えられた奇怪虫を殺すまでの時間だ。
エリア内は外の情報がほとんど遮断されている。だから夜空の星の光もそのほとんどが遮断され、僕達のみあげる空は真っ黒なのである。
明かりと言えば港に立てられた照明灯くらいだ。ほとんど真っ暗闇だが一般人を巻き込むリスクを減らしているのだから文句をいう訳にもいかない。
奇怪虫なんてとんでもない存在を簡単に世の中に公表することは出来ない。
「今日もクソッタレなミッションだ」
アレックスが僕の直ぐ隣に来て小さくぼやく。
「まだ始まってもないだろう?」
「お前だってもう六年もこの仕事をしているんだ。俺の気持ちが少しくらいはわかるだろう?」
確かにその気持ちは僕にもわかる。命のやりとりをし続けるは酷く疲れる。殺して、殺して、自分じゃない誰かが殺され、次の瞬間には自分の命さえも……そんな中に身を投じ続けると心が疲れ、精神が麻痺してくる。仲間の死に、命を奪うことに心が鈍感になる
そうなってしまえばもうそれは心を失っている。人間としての心の機能を失っている。
だから僕達は肉体的に疲れることなかったとしても精神的に疲労する。
よくいじめなどで先生が子供をしかるときに、身体の傷は治るが心の傷は治らないなんて言うがそれは正しい。傷ついた心に瘡蓋などできやしない。
「そんな事よりミッションを始めようじゃないか!」
直ぐ近くで、ひときわ威勢の良い声が聞こえてきた。透だ。スラッとした高身長の青年。確か歳は二十三。
表にはあまり出さないが僕は彼のことがあまり得意ではない。
理由はわかっていて、彼がこの仕事を英雄的に捕らえている節があるからだ。それがどうも僕は好きになることができない。
自分は奇怪虫を倒すことで世界を守っている。そんな風に普段からよく話しているが、僕にはそれが理解できない。バカらしいとさえ思う。この仕事はそんな大層な仕事ではない。ただの汚れ仕事だ。
そこに英雄などはいない。いるのは血に飢えた猟犬だけ。首輪につながれ、獲物を喰らうことしか出来ない愚かな猟犬。
もっとも、たまたま奇怪虫の引き起こした事件に巻き込まれ、自ら螺旋の番人に志願した透らしい考えだとは思う。
透のような人間にはこの仕事も見ようによっては英雄的にも見えるのかもしれない。
僕らは奇怪虫の脅威から世界人類を守っている。うん、実に英雄的だ。世界を守るヒーローだ。もしかしたらこれが透の心を守る盾なのかもしれない。
僕達が日々疲労していく心を守るように、この仕事をこなすうえで壊れてしまいそうな透の心を守る盾なのかもしれない。そう考えれば彼の言うことにも少しは共感出来るかもしれない。
「そうね、早く済ませましょう」
透の言葉に答えたのは美崎だ。長い髪をなびかせ、こちらを見てくる。現場の作戦指揮は一番年長のアレックスではなく僕に一任されている。奇怪虫殲滅部隊第一班、班長。一般から四班まである螺旋の番人のうちの一つが僕に任せられている。正直僕としてはアレックスにして貰い所だが上の判断だ、僕にどうこう言う事は出来ない。
上の連中曰く君には期待している、だそうだがいったい僕に何を期待しているのだろう?
「さてと、全員資料には目を通しているな?」
「そんなバカ、ここにいないですよね?」
美崎が呆れたように言う。他の二人も同意のようだ。
「もっともだ」
僕はそう言って笑い、資料の内容を思い出す。ターゲットの名前は工藤晴臣。職業は土木工事を中心に行う作業員。父親はすでに他界しているが母親は存命。
もっとも晴臣が二年前から借金を抱えて以来、疎遠となっているらしい。二日前に借金取りに追われた際、口論になっているところに奇怪虫に寄生された。
奇怪虫にとりつかれた晴臣は借金取りを素手で八つ裂きにしたのだという。
なんと豪快だろう。おかげで殺害現場を収めた写真には実に愉快な光景が映し出されていた。奇怪虫に寄生された人間が犯した殺人事件の現場なんて基本どれも見れたもんじゃない。
もっともその写真を見ても「まぁ、こんなもんだろう……」そんな感想しか出てこないのだから慣れというのは恐ろしい。
ともあれこれで寄生された工藤晴臣はめでたく僕らの排除すべきターゲットとなったわけだが、ここで一つ問題があった。この事件をいち早く察知した螺旋の番人は彼を対寄生虫用隔離エリアに閉じ込めることに成功した。
しかし晴臣は人質を連れていたのだ。まれに奇怪虫の側にいた人間も同時にエリア内に入ってしまうことがある。そうなると僕らには人質を救出し、なおかつ速やかに晴臣を排除するという必要がでてくる。
それでも僕らはやるしかない。ここで晴臣を取り逃がせばまた次の犠牲者がでる。
次も失敗すればまた次の犠牲者が。そうやって犠牲者の死体は増え続ける。
奇怪虫に寄生された人間は本能のままに人を殺し続ける。殺して、殺して、殺し続ける。そこに感情などはなく、憎しみもなく、ただ本能的に人を殺し続ける。
そうした後、寄生主が衰弱すると奇怪虫は新らたな宿主を探して別の人間に寄生する。
ちなみにだが奇怪虫は寄生を繰り返す度にその力が強くなる事が解っている。一度や二度ならば問題ないが三度目以降、五度目にでもなれば螺旋の番人の腕利きのメンバー四人がかりでも死人が出る。
「気を付けるべきは人質がいることくらいだけど、何か問題はあるかい?」
「隣にいる小娘が頼りないくらいだな」
「オーケー、問題なしだ。とっと始めちまうぞ」
僕はアレックスの言葉を無視する。こんな時にいちいち反応する気はない。
「なんだよ、つれなねぇな」
「知るか、小娘だと思うんならしっかりレクチャーしてやれ」
僕はそう言ってアレックスの肩を叩く。
「やれやれ、歳なんて取るもんじゃないねまったく」
アレックスは気が進まないなと髪のない頭をポリポリと掻く。そんなアレックスに「必要ないです」と美崎も負けじと挑発する。子供の喧嘩かこいつらは……
「ミッションスタートだ。気合い入れろよ」
僕はそう言い放った。