37話
黒板の上の時計を見た。授業が終わるまであと二十分。
そんな時、教室のドアが軽くノックされ、担任の山本先生が教室に入ってきた。
突然の来訪者に教室がざわつく。
「静かに」
森田先生が少し大きな声で制止する。
その声で船を漕いでいる真っ最中だった男子生徒たちも眠りの世界から舞い戻ってきた。
森田先生は山本先生のところまで行くと二人で何やら話をして、それから由美の方を見た。
「佐伯さん」
「私……ですか?」
予想外の事態に綾音はなんとも間の抜けた声を出した。同時に周囲からの視線が綾音に集まってきたのがわかる。
「直ぐに帰る準備をしなさい」
「どうしてですか?」
由美は先生に言われたことがすぐに理解できなくて、ぐるりと周囲を見渡した。だからといって回答が転がっているわけではないからもう一度山本先生の方を見る。
「急な出来事があってすぐに帰ってきてほしいって、今お母さんから連絡があったのよ」
周囲の視線が、一層ざわざわとし始めた。
後ろの席の、西君達が小さい声で「早退だ」「誰かお家の人が死んだのかな?」そんな会話をしているのが耳に入ってきた。やめてよ。縁起でもない……
でもそれを否定できなくて綾音の心臓がキュッと苦しくなる。
「早く準備しなさい」
山本先生に促されて由美は急いで帰りの支度を始めるとまた教室のざわざわが大きくなる。それが余計に由美の不安を大きくさせる。
「静かにしなさい」
森田先生が珍しく大きな声を上げて、クラスのざわざわが少し小さくなる。けれど、綾音の心を握ってくる手は緩まらない。
荷物を準備した鞄を手に廊下に出ると山本先生が一緒についてきた。
「支度できたわね。じゃあ行きましょう」
山本先生に連れられて廊下を歩いていく。
「あの……うちで何かあったんですか?」
綾音は耐え切れずに聞いた。すると山本先生はこっちを向いて
「大丈夫よ。ご両親が迎えに来てくださっているから早くいきましょう」
大丈夫とはなにがなのだろうか? お茶を濁されたような答えで余計に気持ちが悪い。
「あの、こここですか?」
両親が迎えに来たと言われて連れれ来られたのに、なぜ体育館の裏なのだろう? 綾音は疑問に思う。
「連れてきました」
山本先生が言う。山本先生が見つめる先を見る。
そこには赤いコートを着た男が立っていた
顔はフードを深く被っているせいでよく見えない。ただ一つ言えることは、この男は綾音の父ではないと言うことだ。
「ありがとう。もういいですよ」
男がそう言うと山本先生が力が一気に抜けたように膝から崩れ落ちる。
「山本先生!?」
突然のことに驚き綾音は声を上げる。もう何がどうなっているのかわからない。
恐怖で体が動かない。
「久しぶりですね」
男はそう言うと被っていたフードを脱いだ。
一目でわかる。外国人だ。けれど、余計に綾音には何が何だか分からなくなった。
綾音に外国人の知り合いはいない。
「久しぶり?」
「あぁ、そうかあの時の記憶はすべて消されているのですね。流石の秘密主義だ」
「何を言っているの?」
綾音が恐る恐る聞く。
「気にしないでいいよ。結局君には関係のない話だから」
勝手に解決されても困る。綾音はもう一度質問しようとする。
すると男は右手を差し出し止める。
「ごめんね」
男が言う。
その瞬間、綾音の意識が闇に落ちた。




