35話
「いいんですか? あんな別れで?」
螺旋の番人の本部の屋上。美崎が僕に声を掛けてきた。あんな別れとは綾音の事を言っているのだろう。だが、僕にとって彼女は特別でもなんでもない。美崎曰く、彼女の方はそうでもなかった。だそうなのだが、そんなものは僕には関係ない。
「彼女も僕も死ななかった。それだけで十分だろう?」
あの状況でこれ以上に贅沢なことはないだろう。彼女は事情聴取を受けた後、奇怪虫に関する記憶を消し、もとの平和な生活へと戻った。
彼女にとってもこれがベストだった。少なくとも僕はそう思う。
「たしかにそうですけど……」
「話はそれだけか? まだ謹慎中だろ?」
美崎は無理矢理赤羽の制止を振り切り、無断で転送装置を使用、僕の元に駆け付けた。
よって謹慎一週間の処分が彼女には下された。
「それだけではないんですが、本当なんですか? ストラップから奇怪虫なんて」
「あの時の現象を説明出来るとしたらそうとしか言いようがない」
だが、肝心のその証拠がなく、綾音がそのキーホルダーを受け取ったとういう占い師も見つかっていない。
「けど、シユウさんが言うならそうなんですよね?」
「おそらくな。綾音って彼女になにか特別ななにかがあるってようには思えない。多分、誰かに利用でもされたんんだろう?」
「利用って誰に?」
「この世界には理由のない悪意なんていくらでも転がっている」
奇怪虫、奇怪化細胞。それ以外にもこの世界にはいくつもの悪意が存在する。それらは無差別に、僕達人間に襲いかかる。
「そうですね」
「だから僕達がいるんだ」
悪意を断つ。それが出来るのは僕達だけだ。
「なんか臭いですね。その台詞……」
美崎が笑う。
「うるさい」
僕は恥ずかしさ隠すように、そう言って屋上を後にする。
「あっ、逃げるんですか?」
後ろから美崎が楽しそうに言う。まったく不愉快だ。
だから僕はこう言い放つ。
「うるさい」
もう振り向くことはなかった。
深夜の河川敷。赤いコートを着た男がそこにいた。
「やはり急増の寄せ集めではたいしたできにはならないか」
残念そうに呟き、手のひらに収められた琥珀色の石を見る。
この程度の純度ではこの中にあるものを呼び覚ますことすらできない。
男はそれを嘆くが、それほど気にしてはいなかった。
所詮、男にとっては想定内の出来事だった次は成功させる事が出来る。その算段は出来ていた。
「もうすぐだ。もうすぐでこの世界は正しい形に戻る」
そう呟いて手の中のコハク色の石を握りつぶす。手の中の意思は砕け散り、男が手を開くのと同時に、風に吹かれて消えていった。




