32話
放課後、治樹に連れてこられたのは街の駅の近くにある路地裏だった。薄暗くて何だか気味が悪い。
「ねぇ、本当にここに占い師がいるの?」
綾音は不安になってつい治樹に聞いた。
「ああ、確かこの角を曲がった場所にあるらしいぜ」
治樹の言う通り路地の角を右に曲がると、占いと書かれた布が机から垂れているのが目に入った。
「いらっしゃいませ」
占い師らしき女が声を掛けてきた。女の話す日本語があまりに流暢だったので一瞬気がつかなかったが女は外国人だ。
女はニコリと微笑むと二人に机の前に並べられたイスに座るように促す。こんな場所だ、自分以外を目的に訪れる人間はあまりいないからだろうか、先程の会話が聞こえていたからなのだろうか、女は綾音達が客であることを知っているような顔だ。
綾音達は促されるままにイスに座った。
「外国人の占い師さんなんてビックリしました」
席について開口1発目の治樹の言葉に綾音は呆れるしかなかった。
「ちょっと、そんなのも知らなかったの?」
そんな情報量でよくもまあ誘ったものだ。
「あっ、結構驚かれる方が多いんですよ。そちらの方のように私が外国人だと知らずに来る方も実際多いですし」
「だってよ」
治樹が綾音の方を振り向いて言ってくる。だからといって中途半端な情報でここまで連れて来たことに変わりは無い。綾音は出来る限り不服な顔をする。
「えっとお名前は?」
治樹のペースに任せているとどんどんイライラしそうだ。綾音は自分からそう切り出した。
「私はクリス・ミラー」
「日本は長いんですか?」
治樹が聞く。綾音も少し気になる。これだけ流暢な日本語を話すのだ、長く日本にいていそうなものだが……
「ええ、それなりに長いですよ。たしかこちらに来たのが八年前ですね」
ならばこの流暢な日本語にも頷ける。
「さて、肝心の占いなんですけど今回はどちらの方を占えば良いですか?」
「あっ私です」
聞かれて綾音は小さく手を上げて答える。するとクリスはじっと私の顔を見てから「恋の悩みですね」と言う。
「えっ!?」
綾音は自分の悩みをいきなり当てられてビックリして声を上げた。その声が狭い路地裏に響いて綾音は恥ずかしくなって少しだけ顔をうつむける。
「はは、元気な方ですね」
クリスが優しくフォローしてくれるから余計恥ずかしくなる。
「凄いですね。何かの能力だったりするんですか?」
治樹が興奮気味に聞く。
「はは、そんなものじゃありませんよ。単に彼女の悩みが顔に出るタイプでしたので。占いをやっている人がみんな超能力を持っているみたいなイメージを持たれる方も多いですけど、そんな人間いるわけないでしょう? だから私の言葉は参考にするくらいにするほうがいい。鵜呑みにしてはいけません」
確かにクリスの言う通りだ。綾音の頭に先日報道された占い師に洗脳された芸能人の話題が浮かぶ。あれもまた占いを信じすぎた結果なのだろう。
「それであなたの恋の何を占いましょう?」
「はい。あの、私気になる人がいるのですが、私、その人に嫌われちゃったみたいで。その人から避けられているかもしれないんです。だからこれからどうしたらいいか占って欲しいです」
クリスの声は柔らかく暖かい声で、性格も穏やかなので、つい何でも話してしましそうになる。だからこそ占い師をしているのだろうと思う。
クリスは綾音の顔をもう一度見ると「ふむ」といってから続ける。
「あなたの恋はなかなかもって難しいものだ。特に相手の人が何らかの事情を持っている」
「そうなんですか?」
「だって、あなたは何か彼の嫌がるようなことをしてはいないんでしょう? そういう顔をしています」
顔を見ただけでそこまで読み取れるのか。そう考えると少し恐ろしい。
「あなたの恋はとても成就が難しい。だけど叶わないとは決まっていません。もう少し粘ってみてはどうでしょう?」
「そうですね。頑張ってみます」
綾音は頷く。
「しかし、本当に大変ですよ。あなたの相手は……」
クリスの言い方はまるで正太郎を知っているかのような言い方のようにも聞こえる。クリスは綾音の顔からどこまで読み取っているのだろうか。少し恐くなっなったが、頑張ってみよう、そんな気持ちにも少しだけどなれた気がする。
それから十分ほど占って貰った後「それでは、占いはこれでお終いです。お金はいいですよ。これくらいのは占いの内に入りませんから」そう言ってクリスが微笑んだ。
流石にお金を払わないのは何だか悪い気持ちになる。
だが綾音がお金を払おうとしてもクリスは受け取ろうとしなかった。しかたなく、払わずに帰ることになった。
「そうだ、いいお守りがあるんです」
帰り際、クリスが気づいたように言って机の下の引き出しから何かを取り出す。
「これはお守りです。綺麗でしょう?」
小さな琥珀色の石のついたストラップだ。クリスはそれを綾音に渡す。
「あの……いいんですか? ただで占って貰った上にこんな……」
「いいんですよ。若い人がこうやって悩んでいるんです。それに、あなたの悩んでいること程度なら占う必要なんてなかったですよ。あなたは自信がないだけだ。思い切ってぶつかっていけば必ず大丈夫です」
「はい」
そう返事をして綾音達は路地裏を後にした。




