30話
ジンとサクヤの二人が仲間になって五日が過ぎた。まだ任務にこそ出ていないものの、とてもじゃないがチームワーク等というものが生まれる気配はなかった。訓練場隣のロッカールームで僕はため息をついた。
「なんだお前、最近ため息ばかりついてるぞ?」
僕の隣で着替えを済ませながらアレックスが言う。
「理由なんてわかっているだろ? 協力の一つでもしてくれ」
「それは山々なんだがなぁ、なにしろあちらさんがあれじゃぁなぁ……」
アレックスはどうしたものかとポリポリと頭を掻く。
ジンとサクヤは相変わらずの調子で連携をとる気などまったくない。訓練にも出てこない。これでは任務の時に連携などとれるはずもない。
「赤羽には相談したのか?」
「あいつにこの手の相談なんてしても仕方ないだろう」
「まぁ、間違ってないな」
本当に頭を悩ませられる。何か良い解決方法でもないものか……
「とりあえずはこのまま様子を見ることにしたよ」
「だが、任務なんてすぐに来ちまうぞ? 連携もクソもない状態で死人が出たなんてことになってもたまらねぇ」
アレックスの言う通りだ。十分な戦いの準備もせずに戦いに望むなど馬鹿げている。ここでの任務、仕事は、遊びではない。本気の命のやりとり。殺し合い。
そんな中にろくに準備もせずに挑もうなど自殺行為でしかない。だから僕はこうして頭を悩ませているわけである。
「そういえば、例の事件知っているか?」
アレックスが突然話を変えた。僕は何のことか解らず「なんだそれ?」と聞き返す。
「二日前、螺旋の番人の研究所の一つが襲撃を受けたらしい。それも奇怪虫の仕業らしい」
その事なら知っている。たしか襲撃を受けた研究所は半壊、保管していたコハクの何個かは失われ、研究員にも死者が出たらしい。奇怪虫が螺旋の番人の施設を襲うという珍しいケースの事件だ。
「たしか今二班が逃げた奇怪虫を含めて調査中らしいな」
「あぁ、それでたしか逃げた奇怪虫が昨日二班によってかたづけられたそうだよ。老成体になりかけの、かなり強い個体だったそうだよ」
「二班だけで倒したのか?」
それは初耳だった。
「まぁ二班には鬼島がいるんだ。それほど驚く事じゃないだろう?」
確かに鬼島の力なら驚くことはない。その技量の高さは鬼島が第一班の班長を務めていた時にから知っている。だから今更驚きはしないが一班単独でそんな個体を倒したのにはやはり目を見張るものがある。
「で、これは噂なんだが。その研究所を襲った奇怪虫の他に赤い、フードのついたコートを着た男を見たっていう人間がいるらしい」
「赤いコートだと?」
まさか奴が生きているとでも言いたいのか? そんなはずはない。奴は僕が……
「いや、あくまで噂だ。奴が死んだのは俺も見てたんだ。生きているなんて考えられない」
赤いコートの男。五年前、任務で戦った奇怪虫がそう言う風貌をしていた。人型の姿から変化することなく、素手で戦う寄生された宿主が誰かも解らない奇怪虫。
「だがお前の攻撃で散り散りなった奴の遺体は回収されなかったんだ。だから生きているなんて噂が出ちまったんだろうな」
「とは言え、間違いなくこの手で殺したんだ。どうせ見間違えだろう」
「まぁ、そうであることを願うね。あれとはもう、二度と殺りたくない」
それは僕も同感だ。あれと戦うくらいなら老成体と戦う方がよっぽど楽だ。そう思えるほどに強い敵だった。
「それにあいつは自分を見ているようで気味が悪い」
人の姿から変わらない。でも中身は化け物。まるで鏡に映った自分を見るようで気持ち悪かった。
「さて、着替えもすんだし飯にしようぜ。暗い話ばかりしていても仕方が無い」
アレックスは着替え終えたロッカーの扉を閉めながら言う。時間は昼時。確かに腹もへった。僕は素直に頷く。
そしてロッカールームを後にした。




