2話
振り向いた先、そこには例の新人。藤咲美崎がたっていた。
僕が言うのもおかしな話だが、やはり見た目はまだまだ顔にあどけなさの残る少女といった感じだ。
僕は訳あって高校に行ったことがないが、もし自分の通う学校に彼女がいればそれなりにモテるだろうと思う。長髪の髪はしっかりと手入れされ、目鼻立ちもいい。同世代の男子なら気になって見てしまうだろう。
「なんだ、よくわかってるじゃないか」
アレックスはそう言って美崎をからかうように笑い、それを見て美崎が睨む。
見た目によらず結構度胸がある。アレックスに初対面でそんな顔をした人間を僕は知らない。
「やめとけアレックス。これからミッションだぞ」
「はいはい。わかってるよ」
アレックスは僕に言われて仕方ないと両手をあげる。
「じゃあな小娘ちゃん」
そう言って立ち上がると転送装置に乗り込んだ。
転送装置は全部で四つ。奇怪虫の研究によって生まれた装置で、表面が艶消しの黒で塗られた箱のような形をしている。
研究しただけで転送装置まで出来てしまうのだから奇怪虫はどこまでも規格外だ。しかも、この転送装置が動くのは七歳の奇怪虫に寄生された少女の力だというのだから、余計に馬鹿げた代物だ。
もっとも僕たちはどういう原理で動いているのかは知らないのだが、まぁそこについては特に問題はない。
使えるから使うただそれだけの理由。結局、人間が道具を使うのにそれ以上の理由を持ち合わせていないのだろうと僕は思う。
例えば携帯電話の仕組みを全て理解している人間なんてほとんどいないわけで、それでも僕達は安心して使っているのだからやっぱり道具を使う理由なんてその程度なのだろう。
ちなみに四つの装置の内、一つはアレックス。もう一つは僕。そして美崎のがもう一つ。残りの一つは
里﨑透のものである。透は少し細身の背の高い青年で、僕らよりも早く転送装置に乗り込んで待っていた。
転送装置に乗り込む人間を見ると僕はいつもこう思う。『まるで自分の棺桶に自ら入っていくようだ』と。
僕らは毎度の任務の度に棺に入れられ、消えていく。そしてミッションが終わるとその棺に帰ってきて、何事もなかったように出てくるそれはまるで自ら棺に入り、死者となって蘇る。そんな風にも見える。
まぁ、僕らは皆死んだような人間なのだからそれほど間違ったイメージではないのかもしれない。
僕ら螺旋の番人は基本、表の世界には住むことの出来ない人間ばかりだ。
当然社会的には死んでいるも同然だし、メンバーの中には死刑囚だっている。コハクに選ばれる人間の
絶対的な数の少なさ、そして任務の秘匿性。猫の手も借りたい政府の役人達は死刑囚や犯罪者、僕らのようないつでも切り捨てられる人間を政府は選んだ。
つまるところ腕輪に取り付けられた毒にはそう言ったメンバーをいつでも切り捨てられるぞ、という政府の意思が込められているわけだ。
「あなたは笑わないんですね」
「え?」
考え事をしていたときに突然話しかけられたことで、僕は少しビックリしたように声をあげた。
「アレックス(あの人)といい、他の人といい、螺旋の番人の人たちは私を見ると笑います。こんな小娘に何が出来るって」
僕は不思議そうに言う美崎に笑う。
「別に僕だって思ってるよ。甘そうだなって。でもだからといってわざわざ笑う必要はないでしょ? それに年齢で言うなら僕は君を笑うほど歳をとっていないしね」
「そうですね、確かにあなたにその質問は必要なかったですね」
美崎は納得したのかそう言って転送装置に入っていく。それを見て僕も転送装置に向かう。おしゃべりはここまでらしい。僕も転送装置に入る。
僕はまたこの四角い棺からもう一度出てくることはできるだろうか? そう思いながら。