20話
転送が終わると僕は直ぐに走った。転送装置も正確な場所にピンポイントで送ることは難しいため、少しの誤差が生じてしまう。
そのため僕は美崎達とは少し離れた位置に転送されてしまった。だから僕は駆ける。こうしている間も二人は僕の到着を待っているはずだ。地面を蹴る足はいつもよりも軽い。
走り出してから五分後、美崎達の姿が目に入った。
だが僕は喜んでばかりはいられない。美崎に迫り来る老成体。それを目にして僕はさらに力一杯、地面を蹴る。
地面を駆け抜け、右腕を老成体に向かって振り下ろす。
ドンっという激し音を鳴らして地面に老成体を叩きつける。
普段なら到底出来ないような力業も今なら出来てしまう。
解放した奇怪化細胞の力を命一杯に使う。老成体が叩きつけられた衝撃で砂煙が舞いあがる。
そして少しして、砂煙が晴れていく。
「シユウさん!」
背後で美崎の声がした。
私は驚きのあまり何が起こったか解らなかった。地面に倒れ込む老成体。その上に乗るシユウ。
「大丈夫か?」
シユウが言う。そこでは思考を戦場に戻す。今はそんなことを考えている場合じゃない。
「シユウさんこそ、大丈夫なんですか?」
アレックスの話ではシユウもまた危険な状況だったはずだ。
「心配はいらないよ」
シユウはそう言って笑ったが、どこか歪な危うさを感じた。
今のシユウはどこか安定さを欠いている。そう感じさせる雰囲気が漂っていた。
「ガァァァアッ!」
シユウの下でうずくまっていた老成体が咆哮を上げて暴れ出した。タツヤは老成体の上から飛び降りて私達の目の前に着地した。
「シユウさん……」
自分でも心配そうな声だと思う。
「大丈夫だ。直ぐに終わらせる」
もう一度咆哮を上げた老成体がその巨大な腕を振り下ろす。
「黒人、一つ目。黒霧」
シユウが小さく呟く。
瞬間、老成体の腕がシユウの身体を叩き潰した。
「そんな……」
目の前に振り下ろされた腕によって巻き上がる衝撃に顔を歪めながら私はは驚愕した。こんなにあっけない結末があるだろうか……絶望にも似た感情が走る。
しかし、その予想に反して変化が起きる。老成体の頭上、空中にシユウが現れたのだ。
シユウが黒人を抜刀。刀を振り下ろす。
「黒斬花」
黒い幾多の斬線が老成体に降り注ぎその身体を引き裂きく。その斬撃はまるで黒い花を咲かせるかのようだった。美しくもドス黒い、歪な花。
だが、老成体も身体を捻ると腕で週を薙ぎ払おうとする。
その攻撃でシユウが吹き飛ばされた。少なくとも私にはそう見えた。
だけど結果はまるで違った。それに気づいた時にはシユウは既に老成体の正面の地面に着地していた。
早い。けれど、これはそれだけで説明出来るものなのか? 目のまで起きる事実にまったくついていけない。
「黒人、一つ目。黒霧。攻撃を無効化する黒い霧と、瞬間的な高速移動であたかも消えたようにさえ見せる技だ」
隣に来たアレックスがそう説明する。
「じゃあ、あれはシユウさんのコハクの能力の応用と言う事ですか?」
「いいや。あれは黒人の力じゃなくて、奴の中の奇怪化細胞の力だ」
アレックスはそう言いながら美崎を老成体から距離を空けるように促す。下手に近づいても美崎達が巻き込まれ兼ねないからだ。
この戦いには、最早、美崎もアレックスも足でまといでしかない。
「黒人、二つ目」
老成体の目の前に着地したシユウはさらに己の中の力を解放する。
「黒装束」
シユウの身体から黒い霧があふれ出し、タツヤを包み込んでいく。
螺旋の番人の黒いコートの上からさらに黒いコートを重ねるように黒い霧がシユウの身体を包み込む。
「ガァッ!」
老成体の口が大きく広がられる。その口の中から業火の炎が放たれる。深紅の炎を放つその姿はまさしく本物の龍そのもののようだ。
シユウはその炎を避けることなくもろにくらう。だが、びくともしない。
炎はシユウの周囲一帯を燃やし尽くしたが、シユウを燃やすことは出来なかった。
「僕の中の奇怪化細胞で身体を覆い尽くしてるんだ。その程度の攻撃は打つだけ無駄だ」
シユウがそう言った途端、彼姿がかき消える。驚くべきことにそのスピードはさらに早くなっている。黒人で切り裂き、かき消え、さらに切り裂く。
シユウは恐ろしいスピードで移動しながら老成体に攻撃を加えていく。
「私達はあの老成体のスピードついていくのにやっとだったのに……」
それどころかシユウはその上を行くスピードで老成体を翻弄している。そのことにゾッとした。
最早人間と呼べるのだろうか? そう感じてしまうほどシユウの力驚異的だった。
背筋が凍り付いたように冷たい。私の知るシユウという男の存在が解らなくなっていく。
自分が今見ているのはシユウではない別の何かではないか? そう思わせる程だ。
「ギャァァァッ!」
シユウが老成体の右の翼を切断した。そして次の瞬間にはもう片方の翼も切断する。飛んでいた老成体が浮力を失って地面に落ちた。
「ウゥゥッ」
先程から老成体は悲痛な雄叫びを上げるだけだ。完全に圧倒されているのがわかる。
最早傷の再生さえもおぼつかない状況だ。
「ガァァァッ」
突然、老成体の攻撃が私達の方を向いた。咄嗟のことで美崎もアレックスも動くことができない。
「グッ」
私達の目の前にシユウが現れ左腕一本で老成体の攻撃を受け止める。すさまじい衝撃にシユウの左腕を覆っていた黒い霧が弾け飛んだ。
「無駄だ。その程度の猿知恵じゃ。実力差は埋まらない」
「とは言え、これ以上手加減している暇はなさそうだ。黒人、三つ目だ」
シユウが呟く。だが、その瞬間「グッ」と呻いて明らかに苦しそうに顔を歪めた。
「シユウさん!」
「このくらい大丈夫だ。まだいける」
シユウは強がってそう言うがそんなふうには見えなかった。
「無茶をするな、シユウ。その力は自分の身を滅ぼすってことを忘れたのか?」
アレックスが力を使うのを止めようとする。だがシユウはそれを無視して力を、押さえ込まれていた奇怪化細胞を呼び覚ます。
「僕は飲まれない。美崎も、アレックスも、殺させない」
そしてシユウが三つ目の力を解放する。
「虚空・黒」
タツヤの身体の中で黒い奔流が巻き起こる。歪んだ真っ黒な力の流れを操り黒人に乗せて解き放つ。
真っ直ぐに振り下ろされた黒い斬撃は老成体を真っ二つにする。さらに真っ二つになった身体の内側から黒奔流が弾けて老成体の身体を掻き消した。
すさまじい攻撃の衝撃に立っているのがやっとだった。
後には老成体の姿は微塵も残らなかった。
「やったの?」
老成体はかき消えた。そこには何もなかったように。
「倒したよ」
シユウが私の方を振り向いて言う。
「押さえ込め、黒人」
そう言うとタツヤの身体を覆っていた黒い霧が霧散して消えた。それと一緒に「悪い」と言って糸の切れた人形のように突然倒れる。
「おい!」
地面につく寸前でアレックスがシユウの身体を受け止めた。
アレックスの腕の中でシユウは眠っていた。
「あの……これ大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。暴走の兆候もない。これは力を使いすぎた反動のようなもんだ」
アレックスの言葉でホッと胸を撫で下ろした。先ほどまでの緊張感で私も崩れ落ちそうだった。
「だが、早く螺旋の番人に帰った方がいいだろう」
それには同意見だ。そこで私に一つ疑問が浮かんだ。
「そう言えば、シユウさんってどこから来たんでしょうか? 私たちとは違う場所に転送されたみたいですけど」
どこかに転送され、そこから自分の足でここまで来たようだった。だから私達はシユウが最初に転送された場所を知らない。それは少しまずい。
「もしかしてシユウさんの転送装置探さないと私たち帰られないんじゃ……」
「あっ……」
アレックスから間の抜けた声がこぼれた。




