19話
戦いは極めて優勢だ。
巨大化した奇怪虫の腕を剣で防ぎながら漆葉は冷静にそう戦況を分析した。彼の顔はいつも無表情だ。そのせいでよく堅物などと呼ばれてしまう。
そしてそれは戦いの中でも同じ。迫り来る奇怪虫の攻撃を躱し、彼は無表情のまま剣を振るう。それが漆葉のスタイルだ。
圧倒的な圧殺力を秘めた一撃が奇怪虫の身体に埋め込まれる。
奇怪虫の体はその一撃で切断はされなかったものの、勢いで吹き飛ばされた。
しかし直ぐに体制を立て直して、漆葉に攻撃をすべく向かってくる。
漆葉はその右手に握られた剣、その柄に埋め込まれたコハクに力を使う。
「鎧人」
そう呟いた瞬間、漆葉の目の前に無数の光の剣が出現する。その姿はまるで光の鎧を纏ったような姿にさえも見る。光の剣が奇怪虫の攻撃を受け止めた。
これが、漆葉の力。剣でありながら鎧、相手の肉を断つ武器でありながら防御に最も秀でた武器。
攻撃を完全に受け止めて剣が砕け散るようにして消失。そしてそこから漆葉は前に出る。上段から剣を振り下ろす。
「はぁっ!」
奇怪虫の体が漆葉の剣を受けて倒れ込んだ。
鎧人は守りにある程度特化した能力を持つ武器だがその形状、性質剣であることに変わりはない。攻撃をするものだ。敵を殺すには十分な攻撃力を秘めている。
奇怪虫が地面に倒れ込んだ瞬間、漆葉は直ぐに一歩後退した。普通なら一気に畳みかける場面だが、そうはしない。彼は一人で戦っているわけではないからだ。
すると奇怪虫の周囲で小さな黒い影が高速で動く。
「切り刻んであげる。力を貸して、キラー・ガール」
甲高い澄んだ声が響く。
早坂咲。ツーサイドアップのかわいらしい髪型に螺旋の番人のコートを改造したゴスロリ衣装に身を包んだ小学生くらいの女の子だ。その容姿は戦場には酷く不釣り合い。
しかし、その目に宿る戦いの意思は本物だ。敵を狩る、獣の目。それが奇怪虫に向けられる。
咲は高速で移動しながら右手に握られたナイフで奇怪虫の体を切り裂く。
「ぎゃあぁぁぁぁッ!」
奇怪虫が苦しそうに雄叫びを上げる。
それでも咲は容赦しない。その肉体を切り刻んでいく。ナイフの一撃、一撃は軽くとも蓄積されればそのダメージは大きい。高速で移動する咲を捕らえられないのならばダメージはさらに蓄積する一方だ。徐々に再生能力も追いついてこれなくなっていく。
奇怪虫は身動きも出来ずただ呻く。最早、為す術もない。そこでさらにその後ろからもう一人の女の子の姿が現れる。
咲とよく似ているが、先よりも少しだけおとなしめな印象をもつ女の子。
早坂静。咲とは双子の妹だ。彼女は手に持った本を開くと目をつぶる。
「私に世界を教えて、サーチ・ガール」
彼女がそう呟いたとたん背後に変化。黒い霧が立ちこめる。霧は集合し形を作る。
夥しい量の人間の顔を備えた多くの書物を携えた悪魔。静がコハクの力で呼び出す化け物。
「やっちゃえ、ダンタリアン」
ダンタリアンと呼ばれた悪魔は携えた書物の中から一冊取り出す。
タイトルはmagic hand。
本を開くと奇怪虫の頭上で黒い渦が巻き上がった。渦はから巨大な手が出現する。そして奇怪虫を真上から叩きつぶす様に下に急降下。奇怪虫はそれに巻き込まれペシャンコになって見えなくなってしまう。
少しした後、巨大な手が霧散して消える。下敷きになった奇怪虫の身体は無残な姿をさらしていた。ここまでしてしまえばもう再生することはない。
「あー、ずるいよー」
咲が静に近づいてきて言う。
「そんなこと言っても仕方ないでしょ?」
「なによ、最後は咲が決めるって決めてたもん。ねぇ、パパ?」
いきなり咲に話を振られて漆葉は少し困ったような顔をする。その姿は父親そのものだった。もっとも所謂、育ての親という奴で彼女達との間に血の繋がりはないのだが、それでも親子のような絆がそこにはあった。
彼女達は小さくして両親を亡くしている。親戚もおらず困っていたところ、コハクとの適正が出たことで螺旋の番人に引き取られこんな戦場に駆り出されることになってしまった。
「ほら、咲。パパも困っているじゃない。わがまま言っちゃダメだよ」
静が駄々をこねる咲をそう言ってなだめる。これではどちらがお姉ちゃんだかわからなくなってしまう。いつも無表情な漆葉の顔が少しだけ緩んだ。
「二人とも、無事ならそれが一番だ」
そう言って二人の頭を撫でてやると二人ともうれしそうな顔をする。
たとえ戦場の中でも漆葉にとって二人と入れるこの時間は、なによりも心地良かった。




