18話
転送されたのはどこかの田舎だった。
私は転送装置からゆっくりと出ると辺りを眺めた。視界の先にはのどかな田園風景が広がっている。
「この任務、本当に勝算があるのでしょうか……」
小さく呟いた。
正直、無謀だと思う。しかしアレックスはこれで良いという。
何かと私に突っかかってくる嫌な人間だが、一班の中で一番経験豊富な彼が黙って従うと言う事はそれなりに理由があると言う事だろう。
せめて自分に研究所にいた頃のような力が残っていれば、老成体にも遅れはとらなかったかもしれなかったかもしれない。
そんなふうに考えていると、研究所にいた時の親友のことを思い出してしまう。
彼女に奪われたものすべてを思い出す。
あの頃のこと、忘れようとしていた記憶が蘇ってくる。
だが、そう思ったところで首を横に振るった。これではダメだ。失ったものを嘆いたって仕方が無い。私は彼女に力を奪われるべくして奪われたのだ。
そう考えて気持ちを切り替えたとき、アレックスが近づいてきて私に言う。
「お前はシュウの過去について知らないだったな……」
「はい、ここではそういうのは詮索しない方がいいかと思いまして」
突然のアレックスの言葉に戸惑いながらもそう答える。
「シュウには自分の家族を全員殺した過去がある」
普段のシュウからはあまりイメージできなかった過去で少しビックリする。そんな経歴の人間は螺旋の番人で珍しいわけではないので、そこまでの衝撃はないが、それでもやはり驚いてしまう。
「その時からあいつは身体の一部が奇怪虫と同じ細胞で出来ている」
これは流石に私も驚きを隠せなかった。
「奇怪化っていってな、詳しいことはわかってはいないんだが人間が奇怪虫に変貌する現象だそうだ。それがあいつの身に起こった」
「あいつは唯一、身体が全て奇怪虫になることなく生き残った人間の一人だ。おそらく今、あいつは己の中の奇怪虫と同じ細胞、奇怪化細胞っていったか? そいつの力を使おうとしている」
「そんなことをしてシュウさんは無事でいられるんですか?」
「大丈夫なわけがない。絶大な力を得るが、戦っている最中も奇怪化細胞に乗っ取られる危険が付きまとう」
そんな賭けリスクが大きすぎる。胸の前でギュッと両手を握る。
「まぁ、もう決まっちまったことだ、俺たちがしないといけいことは変わらない」
アレックスが何かに気づいたような顔をすると、銃を構え、背後の木に向かって引き金を引いた。火薬が弾ける音。弾丸は木に向かって一直線に飛ぶ。すると木の陰から人影がすさまじいスピードで現れた。現れた人影は真っ直ぐに私達の方へ駆け抜けてくる。
咄嗟のことで反応できない。するとアレックスが避けながら「避けろ!」と言って自分とは反対方向に突き飛ばされる。
人影はその真ん中を通り過ぎて直ぐに止まる。そこで人影の顔がようやく確認できた。事前資料の写真で見た老成体に寄生された男、池田茂久。
「相手に気づいてるなら一言言ってくれもいいんじゃないですか?」
アレックスを睨む。
「そう言うなよ、間に合わなかったんだ」
想定外だ、まさか老成体に先に気づかれるなんて……
私は直ぐに体制を立て直すとホルスターから銃を取り出す。
「力を貸しなさい、スカーレット・ガール!」
叫んで、両手に握られた銃からコハクの力を込めた弾丸を放つ。
だがあたらない。これほどの近距離にもかかわらず全てを躱される。さらに恐るべきスピードで間合いを詰め、蹴りを入れる。腹部に老成体の足が埋まる。身体が真横に吹き飛ぶんだ。
「ガハッ」
なんて重い蹴りだ。直ぐに立ち上がることが出来ない。
「殺せ、キラー・マン!」
アレックスの声が聞こえる。
銃弾の雨が老成体を襲うがそのほとんどが躱されてしまう。かろうじて左手の甲に一発だけ命中する。
動きを止め、小さく穴の空いた手を見て笑った。
すると突然体に変化が起きる。老成体の体がどんどん膨張していくのだ。膨張した体は大きく膨れあがり、破裂した。
人間の……池田の体を破って、龍が現れた。
この世界に龍等と呼ばれる生物は存在しない。だが、その見た目を説明するには龍と表現するしかなかった。
巨大なゴツゴツとした体に、鋭く尖った爪。むき出しの牙。龍と呼ぶにふさわしい化け物だ。
この姿こそが老成体の本当の姿。
背筋に冷たいものを感じた。恐怖だ。人間の根本にある感情。本能が言っている、逃げろ、逃げろ、逃げろ。この場から直ぐに。
しかし逃げられない。老成体の動きは、最早私について行けるものではなかった。
気がついたときには大きく鋭い爪が迫っていた。
「そんなッ」
終わりだ。私は死を覚悟した。目の前の殺意をよ避けきることが出来そうにない。
しかしそれが私に届かなかった。老成体の体が地面にたたきつけられたように地面に崩れ落ちた。その衝撃ですさまじい砂煙が舞いあがる。
砂煙と衝撃波の中の、辛うじて老成体の背中に立つ人影を見つけた。
「シュウさん!」
私は叫んだ。




