12話
なぜこうなったのだろう。とりあえず僕には理解できなかった。
目の前にはクレープを片手に歩く美崎がいて、僕は両手一杯に紙袋を下げている。
一時間前、自室で休んでいた僕は突然美崎に呼び出された。
緊急の用事だというから僕は自室を出たのだが、待ち構えていた美崎に半ば連行されるように外へ螺旋の番人の本部の外へ連れ出された。
そして現在、この意味不明なお買い物に付き合わされているのである。
「おい、いい加減この状況の説明をしてくれないか?」
僕は前行く美崎にそう叫ぶ。
「なんですか、もう根を上げたんですか?」
美崎が呆れたように言う。
「まったく、こういうのは男の人がエスコートするものでしょう……」
「人を連行しといて何がエスコートだ。とっとと僕を解放しろ」
今日の彼女は何を考えているのかまたく理解できない。
「いいじゃないですか。こんな綺麗な女の子とデートしてると思ったら得した気分にでもなるでしょう?」
そんな訳がない。これじゃぁどう見ても召使いだ。断じてデートを楽しむ彼氏などには見えない。そもそも、自分でかわいいとか言うな。
そういう奴は大体かわいくない。いや、容姿だけ見れば美崎は十分かわいいのではあるが……というか今日の美崎のテンションがおかしい。声のトーンもいつもより高い気がする。
「僕はお前とのデートとやらに興味なんて無い。だからとっと帰らせろ」
「もぉ、せっかく楽しんでたのに……いいですよ。あっ、でも昼食奢りますからもう少し付き合ってください」
美崎が人差し指をビシッと出して言う。僕には悪魔の宣告にしか見えなかった。
昼食は二人でショッピングモールのフードコートで済ませることにした。僕はやっとの思いで持っていいた紙袋を下ろすと席に座る。やっと休憩だ。
しかし、これはいくら買ったんだろうか? 僕は床に下ろした紙袋を見る。中には服や雑貨からはたまた本に日用製品まで袋一杯に大量に詰められていた。
日用品は経費内で買っているとして、この金はどこから出ているのだろうか? まさか先日の任務の報酬全部使っているのかもしれない。ならばそのまま破産しろ。僕は心の中でそう願う。
「なんです、本当にもう疲れたんですか?」
「朝からこんな大荷物持って歩き回された人間の気持ちがお前にはわかるのか?」
「わかりませんね」
美崎がきっぱりという。そりゃぁそうだ。王様に奴隷の気持ちなどわかりっこない。
「というかお前、今日テンションおかしくないか? もぉ、なんて普段なら絶対に使わないだろ?」
今は大分落ち着いているみたいだが、先程の美崎のテンションは異常なものだった。正直言うと同じ人間には思えないほどに。僕は任務中の美崎しかほとんど知らない。前に一度、プライベートで会ったこともあったが場所が場所だったので正直何とも言えない。
だから正真正銘初めて見る美崎のプライベートな姿という事になる。
「普通ですよ。プライベートだと私、結構明るいんですよ? といっても半分くらいはおっしゃる通り、楽しくてテンションが上がっちゃってただけなんですけど……」
つまりはしゃいだ結果がこの買い物地獄だったということだったというわけだ。なら美崎には金輪際はしゃいで貰わないようにしよう。もう二度とこんな面倒な目に遭うのはごめんだ。
「私、こうやって普通に買い物したりご飯食べたりっていうのをしてみたかったんです。研究所の中ではこんな生活できませんから……」
「別に螺旋の番人にいてもそんなに状況は変わらないと思うがな」
この自由に思える時間も所詮はまやかしだ。僕らには少しの自由が与えられているとはいえ僕らは結局首輪をはめられた犬に過ぎない。
このショッピングも飼い犬に与えられた散歩の時間の様なものだ。そんなものに彼女は幸福を抱く。なんと簡単でよろしいこと。
「それでもこういう時間があることがうれしいんです。あっそうだ奢りますからなにか食べたいものがあったら言って下さい。買ってきますよ」
美崎は財布を片手に立ち上がるという。
「じゃぁ、そこのラーメンで頼む。特盛り、チャーシュー多めな。替え玉も頼むからそのつもりで」
「うっ、容赦ないですね……」
「これくらい、荷物運びに比べれば安いもんだろ?」
僕が笑ってそう言うと、美崎は諦めたのか渋々買いに出かけていった。
しばらく経ってから美崎が大きなお盆に乗せられたラーメンと自分用に買ったのだろうスパゲッティーの入った皿をもって席に帰ってきた。うまそうな臭いが鼻をついてきて食欲が刺激される。
「持ってくるのくらい手伝ってくれても良かったんじゃないですか?」
テーブルの上にお盆を置いて美崎が言う。
「だったら、この荷物も二人で持つべきだったろうな」
「それはそうですけど……か弱い女の子に思いものを持たせるわけには男としていけないでしょう?」
「知らないね。そもそも、お前はか弱い女の子の枠に入ってないだろう?」
少なくとも奇怪虫なんて化け物と戦うような女をか弱いなんて思わない。
「モラルとか、一般常識として言っているんですよ」
それも僕には関係ない。そんなものクソ喰らえ。
「まぁ、期待なんてしていなかったから良いんですけど」
だったら、最初から言うべきじゃない。この話をする時間がもったいない。僕は不満そうな顔で美崎を睨む。
しばらくして、二人とも昼食を食べ終わると僕の携帯が鳴った。僕の携帯に掛かる電話は限られている。螺旋の番人からの呼び出しか、もしくは間違え電話。その程度だ。
携帯の画面には螺旋の番人からという表示。まぁ当然か。一瞬だけ後者であることを願ったが、そんな甘い話はないらしい。僕は直ぐにその電話に出る。
『緊急招集です。至急作戦ルームへ集合して下さい』
電話の向こうからの声に僕は少し嫌な顔をする。声の主をは螺旋の番人監察官、湊晴美。
彼女からの電話は決まっていい知らせではない。そもそも螺旋の番人からもらう連絡にいい知らせなど無いのだが、彼女が僕に連絡をするときは特に悪い知らせの時だ。
彼女は螺旋の番人、長官三柴一樹の補佐官も努めており、その関係で特に重要な任務は彼女を通して伝えられる。
「任務か?」
『はい、極めて緊急性を求める任務です。全班長、そして長官も出席しての会議になりますので出来るだけ早く集合して下さい』
「了解した。直ぐに向かう」
僕はそう言って直ぐに通話終了のボタンを押して席から立ち上がる。
「どうしたんですか?」
美崎が不安そうにこちらを見ている。
「招集だ。それも飛び切り面倒な」
厄日だ……僕は自分の運のなさを呪った。




