11話
鬼島沙也加は高いビルの屋上でいつものようにポケットからライターを取り出すと口にくわえた煙草に火を付ける。煙草の煙が風になびいて消えていく。鬼島沙也加の一番落ちつく時間の一つ。殺伐とした仕事の中で、唯一と言っていい安らかなひととき。
螺旋の番人第二班、班長。それが鬼島。奇怪虫を殺すために人間を束ね戦う仕事だ。休憩時間の煙草と家に帰って飲む酒の一杯でもなければやっていられない。
鬼島は煙草を噴かせる。煙草はいい。酒はいい。現実を忘れさせる。この馬鹿みたいに不条理な世界を一瞬でも忘れさせてくれる。だから煙草も酒もやめられない。
それがどんなに自らの身体を痛めるのか知っていたとしても。
程々にという言葉もある通り、何事にも限度は必要だ。しかし、鬼島はそれを無視している。
所詮自分の身体だ。他人にどうこう言われる筋合い等ない。
酒と煙草は控えろ。もしそれが親切から来る言葉だというならよして欲しい鬼島はそう思う。私は好きで自分の身体を痛めつけている。
こんな世界にそんなに長くいる気も毛頭無い。だからこの馬鹿みたいな職場にいて毎日酒と煙草で身体を壊しているのだ。私の身体は私のもの私の自由に、私の好きなようにする。私に同情するな。反吐が出る。それが鬼島の考えだった。
「姉さん」
背後で鬼島を呼ぶ声がする。聞き覚えのある声。鬼島の部下の佐藤秀作だ。鬼島は振り向いて秀作を見る。
「なんの用だ? こっちは見ての通り休憩中なんだが……」
鬼島は少し怒り気味に言う。いつも休憩は自室でゆっくりしている秀作がわざわざこの屋上まで足を運ぶ、それで自分にとっていい知らせが舞い降りてくるとは到底考えられない。それゆえに秀作にはなんの恨みがなくても声に苛立ちが宿ってしまう。
「休憩は終了です。至急班長会議に参加しろとのことです」
その言葉を聞いて鬼島はがっかりと気分を落とす。せっかくの至福の時間がもう終わってしまった。この不条理な世界。日常という名の現実に引き戻されていってしまう。
「まったく、気分の悪い……」
「行かないんですか?」
一向に動こうとしない鬼島を見て秀作が不安そうにそう言った。それを見て鬼島は眉をしかめる。お前も少しは察しろ。鬼島はそういう意味を込めて秀作を睨む。その視線にビビっって「しまう秀作を見て鬼島は少し笑う。
「冗談だ。この一本くらいはゆっくり吸わせろよ」
鬼島はそう言って携帯用の灰皿に吸い終わったタバコの吸い殻を捨てる。
「さてさて、今回はどんな愉快な仕事が待っているんだろうね」
鬼島はそう言って屋上を後にした。




