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螺旋のスタンドアローン  作者: 雨傘流
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10話

 また転送装置のふわりとした感覚を感じがして転送が完了する。僕は転送装置から出て外を確認する。

 今回転送されたのは木々がうっそうと生え茂る山の中だった。

 例によって領域内の空は真っ黒だ。相変わらずとてもじゃないが視界良好とは言えない。

 僕は身体を起こして立ち上がるとすでにアレックス達も外に出ていた。

「今日もクソッタレなミッションだよ」

 アレックスがいつものように愚痴を吐く。

「それ、毎回言わないといけませんか?」

 美崎が不満そうに言う。何も変わらない、いつも通りの美崎。だけど僕はもしかしたら彼女を殺さないといけなくなるかもしれない。そのことが頭をよぎる。

「どうしたんですか?」

 美崎が僕の異変に気づいたのだろう、声を掛けてくる。

「別に何でもないよ」

 そう言って誤魔化す。

「そんな事より任務だ。この山の奥にある寺院に対象はいる。僕達は三人だが相手の奇怪虫の強さから考えて特に問題はない」

「前回のようなことはないんですか?」

「あんなのはレアケースだ。そう何度もあってたまるかよ」

 美崎の質問にアレックスが答える。

「時間が惜しい。話は移動しながらするぞ」

 僕はそう言って山を登っていく。直ぐに二人も続く。


 木々のうっそうとした森を登るのは思ったより疲れる。何しろ全日に雨が降っていたらしく、地面がぬかるんでいて余計にキツイ。

 コハクの力を使っていなければ息が上がっているだろう。

 そうやって山道を登りながら僕は資料に記されていた対象のプロフィールを思い出す。

 対象の名前は牧場美智子。年齢は十六歳。彼女が奇怪虫に寄生されたのは恐らく二日前。彼女はその三ヶ月前から学校を休んでいる。そして彼女が初めて殺した相手は小林美希。美智子と同じ高校に通う女子高生だ。

 彼女が美希を殺した理由は至ってシンプル。美希から受け続けたいじめ、その復讐。

 当然資料には殺害現場の写真も付属されていたが、美希の遺体は粉々になるまで殴られ続けられたらしく、原形をとどめていなかった。

 いじめられた人間の復讐劇。まったくもって恐ろしい。奇怪虫に寄生され自我がほとんど消えた状態にも関わらず、それでも強く残る憎悪の心。その心があの事件現場を作ったのだ。

「見えてきましたね……」

 美崎が山の上の方を見て言う。目線の先には美智子のいるとされる古びた寺院。山奥の忘れ去られた寺院らしく腐敗が酷い。

 僕達はここで足を止めた。

「よし、これから作戦を説明する。僕が先行して寺院の中に入る。アレックスはそのバックアップと遊撃」

「了解」

 アレックスがうなずく。

 それから僕は「それから美崎だが、今回は君も遊撃だが最後に必ず君がとどめを刺すこと。僕とアレックスが敵を誘導するからそこを狙うんだ」と言う。

「何で私なんですか?」

 理由なんて決まっている僕が彼女を殺さなくて済むようにするためには武勲を立てさせるのが手っ取り早いからだ。

 だけどそんな事を美崎本人に伝えることは出来ない。

「今日のミッションは美崎の力を見る。相手もそれほど強くないしな」

「もしかして上の決定か?」

 アレックスは不満そうに言う。

「そうだ」

 そう言ってはみたが、真実を話さずにアレックスを説得できる気がしない。その証拠にアレックスは今も不満そうな顔をしている。

 それでも異論は認めさせない。そう目線で訴えかける。

「わかりました。私はシユウさんに従います」

「おい!」

 アレックスがビックリしたように声をあげる。アレックスも美崎のこの態度には驚きだったらしい。

「いいじゃないですか。それともあなたは小娘に手柄を取られるのがそんなに嫌なんですか?」

「いや、別にそんなふうには思っちゃいないが……」

「ならいいじゃないですか」

 それでもアレックスは不満そうだったが最終的には仕方なく従うことにしたらしいそれ以上は何も言わなかった。

「それじゃあ行くぞ。準備はいいか?」

 二人が黙ったままコクリと頷く。

 それを見て僕はフードを被るとコハクの力で自らの身体能力を高めていく。さらにそこから黒人の力で姿を消す。

 そして一気に駆ける。険しい山道、木々の間を僕は一瞬で駆け上る。さっきまでの登山とはスピードがまるで違う。道が入り組もうが、地面がぬかるんでいようが、全力で注いだコハクの力を注いだ身体能力には関係ない。

 駆け上ったスピードそのままに寺院の入り口から本堂に飛び込むと標的はそこにいた。

 牧場美智子。奇怪虫に寄生さえた哀れな少女。制服に身を包んだ彼女はただ寺院の天井を向いたまま突っ立っていた。まだ彼女は僕に気がついていない。それでも彼女に問答無用で襲いかかる。

 同情はする。けれど容赦はしない。僕らだって命がけだ。一瞬で間合いを詰め、美智子に向かって黒人を振り下ろす。

 黒人は美智子の左腕を切断する。切られた腕から赤い血が噴き出した。

 それを見て僕は直ぐに彼女との距離をあけると次の瞬間には銃弾の雨が美智子に降り注いでいた。アレックスだ。

 その刹那、美智子の背中をを突き破るようにして巨大な鳥の翼にも似た翼が現たかと思うと銃弾の雨を薙ぎ払ってしまう。

 銃弾は一発たりとも美智子の身体には届かない。

「なるほど、あれを弾くのか……」

 アレックスが苦笑いを浮かべる。

「感心してないで構えて下さい。来ますよ」

 遅れて来た美崎が言う。次の瞬間、美智子が翼を翻す。その翼は白鳥の翼のごとく純白で美しい。それは酷く歪なほどに白い。

 そしてかき消える。

「なっ」

 アレックスが驚愕。すでに美智子はアレックスの背後にいた。切り落とされたはずの左腕は変化し、鋭い刃物のような形をとっていた。それを振り下ろす。

 ニィッと美智子の口が笑った。

「残念。それくらいじゃ僕達を出し抜けはしないよ」

 僕はアレックスと美智子の間に割って入る。刃物のような左腕を刀で受け止める。

 僕と彼女は刹那の鍔迫り合いを演じ、そこからさらに力を入れて押し返す。

 はじき返された美智子は地面にワンバウンドして転がる。だが彼女は直ぐに起き上がると翼でもう一度超加速。すさまじいスピードで僕の前に現れる。

 美智子が今度は上段から下段へ左腕を振り下ろす。僕はそれをもう一度受け止める。だが加速した勢いも加わった一撃を受けきることが出来ない。力に押され僕は寺院の壁まで押し返された。

「ガッ!」

 身体が壁に打ち付けられ、苦悶の表情を浮かべる。間違いなく絶体絶命。だけど僕の口元はわずかに緩んでいた。

 計算通りだ。ここまでの何もかもが。この絶体絶命の危機さえも、僕の頭の中に完璧にイメージできていた。

「残念ですね」

 その声が聞こえたときには美崎は美智子の背後に立っている。

 彼女はただ誘導されていただけ。僕の行動の全てはこの一瞬のためにあった。追い込まれたのは僕じゃない、彼女の方。

「チェックメイト」

 美智子の頭に拳銃を向ける美崎はそう言い終えると美智子の頭に目がけて銃弾を放つ。バンという火薬の弾ける音がして美智子の頭を吹き飛ばした。


「ちょっと無茶しすぎじゃないですか?」

 美智子の身体が動かなくなった後、美崎は少し不満そうな顔でこちらを見た。

「いいや、別にこのくらいは想定内だ」

 事実だ。これくらいのダメージはたいしたことが無いし、受けたダメージも予想の範囲内にすぎない。僕は身体についた埃を払いながらそういう。

「強がらなくたっていいんですよ?」

 美崎が挑戦的な目で言う。

「そう見えるか?」

「見えませんね」

 美崎はそう言って笑う。僕も笑っていた。

「そうでもないぞ。こいつ結構ビビッてたぜ」

「そうなんですか?」

 アレックスの言葉に美崎が少し驚いたようにいう。

「そんなわけあるか」

 僕はそれを直ぐに否定する。

「いいや、俺にはわかるぞ。お前のビビリ具合が」

 アレックスがニヤニヤしながら言う。

 僕はめんどくさいと頭を掻くと「黙れ」と短く言い放つ。

「っていうかお前らいつの間そんなに仲良くなったんだ?」

「別に仲良くなっちゃいねぇさ。ただ、強いて言うなら面白そうだったからだ」

 なるほど、面白そうだから乗っかったわけだ、迷惑極まりない。

「シユウさんをいじるのは楽しいですしね。珍しく利害が一致しましたね」

 美崎が笑う。その隣でアレックスと頷く。実に不愉快だ。

「知るか、さっさと帰るぞ」

 僕はもううんざりだという顔をすると回れ右して寺院から出て行く。

「なんだよ、連れねぇなー」

「そうですよー」

二人が後ろから追ってくるが僕は無視して進んでいく。戦いは終わった。この結果なら美崎も殺さずに済むだろう。僕はそう思いながら寺院を後にした。


 ミッションから帰ってきた後、僕は室長室にいた。目の前には執務机、そのイスに腰掛けている赤羽が僕の報告書に目を通している。

「つまり、藤咲美崎は役に立っている。殺す必要はない。という事だね?」

 僕の提出した資料に目を通し終わった赤羽がふむ、と一呼吸入れてから僕に尋ねた。

「そうです。今回のミッションで対象を排除したのは彼女ですし、戦力的にも問題ないでしょう」

「いいだろう。君の言葉を信じ、彼女にはこれからも我々のために働いて貰うことにしよう。もっとも今は、というだけだがね」

「今後も彼女のことを監視し、不要なら殺せと?」

「いや、そこまでの必要はないよ。もっとも、僕から彼女を殺せという命が出れば君には否が応にも従って貰うことにはなるが……」

 赤羽が意味ありげに僕の顔を見る。

「僕が彼女を殺すのをためらうと?」

「君はそういう人間だからね」

「そう見えますか?」

 れと言われれば、いつでもれる。そういう人間の顔をする。そうしなければ、この報告書の意味がなくなる。

「まぁ、いいだろう。下がってくれ」

 僕はそう言われ赤羽に背を向けて室長室から出て行く。


「まったく彼は本当に甘いな……」

 シユウの出て行った室長室の中で赤羽は大きくため息をつく。

 資料には目を通した。作戦内容も美崎を試すためとなっているが明らかに彼女をフォローするような意図が見れる作戦だ。囮役を買って出ているのがその証拠だ。

「まったく不愉快だよ、奇怪虫風情が……」赤羽はと小さく呟いた。


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[気になる点] 黒人……ネーミング変えません? ルビでは違えど現在の国際的な情勢の中でこれは……。 [一言] それが上層部の見解ってヤツかッ。
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