9話
アレックスとの話の後、自室で休んでいた僕は招集のアナウンスを受け、室長室に向かった。
室長室の前にまで来た僕はドアをノックをする。少し間の後、「どうぞ」と言う声がして中に入る。
室長室に入ると室長の赤羽雅人が執務机の前に腰を下ろしている。
歳は確か三十代前半。けれどもその年齢よりは幾分大人びて見える様な気がする。彼もまた螺旋の番人のコートに袖を通し、執務にあたっている。
「お疲れ様。休憩中のところすまないね」
「いえ、構いません。それより内容を」
直ぐに用件を伝えるように促す。形式だけのあいさつはいらないし、そもそも彼らが僕に『すまない』などという感情を持っているとは思ない。
「そうだったな。まずはこれを見てくれ」
赤羽はそう言って机の上に置かれた資料の束を差し出す。
資料は三人分。おそらく、アレックスと美崎のものだろう。僕は何も言わずにそれを手に取ると資料に目を通していく。
資料に書かれた内容はそれほど強くは無いであろう奇怪虫の討伐任務についてと寄生主の簡単なプロフィール。
「仲間を失った君たちに直ぐにと言うのは酷な話だがあいにく私たちは常に人員不足だ。君たちにも働いてもらう」
「ブラック企業もビックリですね」
僕は皮肉毛に言う。任務自体は先日の晴臣の時よりも明らかに難易度は低い。それでもチームが欠けた状態ですぐさまと言うのはいかがなものか……
「君たちを社会人とするなら、ね」
僕の言葉に赤羽が釘をさしてくる。これ以上は話しても無駄なだけだ。僕は話を変える。
「それより、聞きたいことが一つあります」
「先日のミッションの事かい?」
こちらの聞きたいことは分かっているようだ。話が早い。
「あれは私たちのミスだ。母体であることを見誤ったのは間違いない。それで一人失ったのだから、嘆かわしい限りだよ」
ミスは認める。だが謝罪はしない。嘆くのは道具が一つ減ったという事実にだけ。
上層部の連中はこういう人間ばかりだ。正直反吐が出る。だが僕はその事を一切顔に出すことはしない。そんな事をしても仕方が無いことはもうわかりきっている。
「わかりました」
だから僕はそう言うと資料を手に長室から出ようとする。
「そうだ。藤咲美崎君。彼女は役に立っているかい?」
唐突な質問に僕は首をかしげる。
「どうでしょうね。まだミッションに同行したのも一度だけですし、正直何とも言えません」
相手の意図が分からない以上、下手なことは言はない。彼女の過去を聞いた今なら尚更だ。
「君らしい答えだ。けれどもし彼女が使えないようなら君の判断で彼女を排除して欲しい」
赤羽の言葉に僕は目を丸くして驚いた。ここに来て感情を隠していたが、それでも顔に出てしまった。
「どう言う意味です?」
僕は正直耳を疑った。今まで幾度となく新人が入ってきたが、使えなければ排除しろなどと言われたことは一度も無い。この万年人員不足の状況でそのその行為は自殺行為に等しい。
けれど赤羽はそれを厭わないという。これは異常だ。ならばそれ相応の理由があるはずだ。
僕は目線で赤羽に訳を話せと促す。すると赤羽は涼しそうな顔で「言葉のまま意味だよ。君の判断で彼女を殺しても構わない」だと言って笑う。
「すでに僕の班は一人班員を失ったんですよ。それを働き次第でもう一人自ら殺せなんて話されてはいそうですかとはいきませんけど?」
「これは僕よりも上の人間からの命令だ。もっとも、あれの過去を考えれば妥当だと思うがね」
それで僕には理解できるとでも? そんな中で僕が美崎を殺す気になどなれるはずもない。
赤羽はそんな僕の表情を見てから、ふむっとため息をついてから「そうだね、君は彼女の成り立ちを知らないのだったね。まぁ、彼女の過去については閲覧も出来ないようにしてあるのだから仕方がないか……」と一人で納得する。
「彼女の成り立ちに何か秘密でもあるんですか?」
僕は純粋に疑問を投げかける。もしかすると彼女から聞いたこと以外の秘密が彼女にはあるのかもしれない。
過去に彼女に行われた実験も何をどうされたのかなんて、彼女が把握しているとは思えない。
だってそうだろう? 人がモルモットに実験の内容を伝えるはずはない。
「いいや彼女自身に秘密と言うほどのものはない。何しろ彼女は失敗作だからね。彼女に行われた実験は秘密にする必要はあるが彼女自身を隠す必要はない。だからここで使い捨ての道具にしているわけだしね」
透の墓の前で美崎が話していたことと合致する。ならば今赤羽が言ったことは嘘ではないのだろう。
「故に使えないのならば我々としても彼女を生かしておく理由はない」
使えるならば使える。不要なら切り捨てる。
苛つく話だ。彼らにとって僕達は人間の枠組みからはすでに外れているのだ。
だから彼らにとっては平等だとか、命の尊さだとか、そんな言葉は僕らに対して使われる言葉ではないのだ。
「わかりました。僕の判断で彼女を不要と判断した時のみ彼女を排除します」
そんなつもりは一切無い。だが立場上、今はそう言っておくしかない。
僕は今度こそ赤羽に背を向けて室長室から出る。その足取りは重かった。




