プロローグ
「僕はあんたの大切な人間だったのか?」
僕がその言葉を投げかけたのは実の父親だった。
父親は重度のアルコール中毒。ギャンブル癖も酷く毎日のようにパチンコに行っては負けた、負けたと言って酒を飲み、暴れた。
世の中で言えばクズと呼ばれる部類の人間だ。僕は母親とまだ小さい弟を庇って毎日のように父親の暴力を受けた。骨も数回折った。痣なんて体中探せばいくらでも見つけられた。
僕の身体はもうボロボロだった。体の傷が増えていくたびに心も音をたてて壊れていくのがわかった。
逃げ出したい……それでも逃れようのない暴力の日々は続いていく。
だから僕が実の父親を殺すのにそう時間は掛からなかった。
そう。僕は父親を殺した。
いつものように暴れ終わった後。眠りについた父親の首を僕が締めて殺したのだ。
その時のことを僕はほとんど覚えていない。無我夢中だったと言えばそうだろう。父親を殺さなければ……母親を、弟を守らなければ。その思いだけが僕の身体を動かした。
だからその時心は、僕の身体には存在していなかった。
使命感だけが僕の身体を動かしたのならそこに心はない。思考よりも、意思よりも先に動く身体。理性ではなく本能。
ならばその時の記憶がほとんどなかったとしてもそれは仕方がないことだろうと僕は思う。
勘違いしないでほしいが別に僕を許して欲しいわけじゃない。弁明し、許しが欲しいわけではない。ただこの時の自分の置かれた状況を説明するためにはそう説明するしかない。ただそれだけの話。
だから同情はいらない。むしろ人殺しだと罵ってくれてかまわない。
それでも不思議なことに、父親を殺した時僕は泣いていたという事だけは、なぜか覚えている。