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月無き夜の小夜曲(セレナーデ)  作者: 蒼風
chapter.1
4/8

3.スランプは伸びしろみたいなものだ。

□本作について□

・本作はカクヨムコン6参加作品となります。

・毎週火曜日の0時に更新予定です。

・最新話以降についてはカクヨム版(URL:https://kakuyomu.jp/works/1177354055200220107)をご利用ください。

・カクヨム版の更新を応援して頂けると作者が泣いて喜びます。

・その他のことについてはTwitterの告知アカウント(@soufu_info)かnoteの該当記事(URL:https://note.com/soufu3414)をご覧ください。

 流石に女性もそれは分かっていたみたいで、


「いや、ごめんごめん。意味わかんないよね。でも取り合えず結果だけは先に言わせて。君、採用。だってこんな逸材逃がせないもん」


「はあ……」


 思わず気のない返事をする。しかし、女性はそんなこと全く意にも介さずに、


「しかしまぁ事実は小説より奇なりというかなんというか……一応質問なんだけどさ」


「あ、はい」


「君、男だよね」


 直球だった。


 ただ、想定の範囲内だった。


「一応、そういうことになりますね」


「だよね。てことはさ、てことはだよ。君はつまり普段男性として生活しているのにも関わらずその見た目ってことだよね」


「えーっと……」


 はて、どうしたものか。


 確かに、普段男性として生活しているのは間違いない。いくら女装が完璧だからといって女子トイレを利用していいわけではないし、女風呂に入れるわけでもない。


 外でトイレを使うときは男女兼用のところを利用するようにしているし、女装を始めてから銭湯の類には足を運んでいないので、女装したまま男風呂に入って驚かれるといった経験もない。そういう意味で言えば男性として生活していると言えなくはない。


 ただ、


「あの、普段もこんな感じなんです」


「ん?こんな感じ?」


「はい」


 女性は少しだけ考え込み、


「え゛っ゛!゛?゛……もしかして、普段から?」


「はい、女装をして暮らしています」


 つまりはそういうことだ。


 早川はやかわ日向ひなたはそういう類の生き物なのである。


 これには流石に驚いたみたいで、


「いやぁ……マジかぁ~……普段からって、そんなことあるんだなぁ……いや、でもこれは本当に逃すわけにはいかないかもな……」


 日向にギリギリ聞こえないくらいの小声でぶつぶつとつぶやいたのち、


「えっと……一応応募の段階では旭って書いてあったけど……」


 そういえばそうだった。


 ここまでくれば別に隠す必要はないだろう。


「あ、それはハンドルネームで……えっと、日向って言います」


「日向くん」


「はい」


 女性は手を差し出して、


「さっきも言った通り、私としては君を採用する方向で考えてます。正直いくつかクリアしなくちゃいけない問題はあるんだけど、それでも私は君を採用したい。どうかな?」


 握手を求める。


 考えるまでもない。断る理由などないはずである。


 ただ、それでも日向は手を握らずに、


「あの、一つだけ聞いていいですか?」


 女性は全く嫌がりもせずに、差し出した手をひっこめて、


「ん?何?なんでもどうぞ」


「ではお言葉に甘えて……あの、随分と女装をしているということにこだわりがあるみたいなんですけど一体どうしてなんでしょうか?」


 女性は「ああ、そこね」とつぶやいて。


「そうだなぁ……どこから説明しようか……」


 随分と悩んだあげく、


「日向くんはさ、『月と天使とメイド服』って知って」


「知ってます」


「即答だね。まあ当たり前か」


 そう。


 当たり前である。


 なにせその名前は日向にとって、とてつもなく重要な意味を持つのだから。


 女性は続ける。


「結論から言っちゃおうか。今回メールを送ったのはね、あれの感想フォームに記入されたメールアドレスなんだよね」


「え」


「いやね、正直なところ私もどうかなーとは思ったんだけどさ。ただ、ダメ元でメール送るくらいならいいかなぁって。一応、それくらいの使い方はするよって注意書きもしてあったしね」


 間。


「ただ、それでも結構迷ったよ、正直。だって、いくら作品の内容が内容ったって、じゃあ実際にメイドしませんか?なんて内容のメールが送られてきて、それに返事をくれるとは思いにくいし。最悪、労力に見合わない可能性だってあると思ったよ」


 間。


「でも、送ったんだ。だって、もう時間もないし、手段も選んでる場合じゃない。駄目で元々だと思って送ったら、数人からの応募があった。だから、今日。こうやって場所を確保して、面接をしようと思った。もちろん、他の募集者と顔を合わせることなんてないように、それぞれの時間はずらしてね」


 さらに間。


「んで、君が最後だった。最初に入力された情報を見たときは驚いたよ。そりゃ、性別を選択する欄は設けてたよ?だけど、まさか本当に男性にチェックを入れてくる人がいるとは思ってなかった」


 大きく息を吸い、


「そんなわけで、君は最初から結構気になってた。心が男性とか、ただのコスプレ趣味とか、そのくらいかなって思ってたけど、ほんのちょっとの可能性を信じた。そして、結果は当たりだった。私の思い描いていた、まさに理想の人材。それが君なんだ……って言っても信じてもらえないだろうけど」


 そう言い切った。


 日向は純粋な疑問をぶつける。


「えっと、私はそこまでの人材なんですか?」


 女性は大きくうなづいて。


「そりゃあもちろん!こんなかわいい女装男子、そうそう転がってないでしょ」


「はぁ……と、いうことは、女装であるということに意味があるのですか?」


「そ。さっきも言ったでしょ。今回の募集は『月と天使とメイド服』の感想フォームに入力されたメールアドレスに送ったって。日向くんも感想を書いたってことは実際にプレイしたんでしょ?だったらなんでか分かるんじゃない?」


 分からなかった。


 そもそもからして意味が分からない。


 確かに日向は『月と天使とメイド服』──通称『とと服』の感想を、それはもうありったけの思いを込めて書き散らした記憶がある。そして、そこに自分のメインで使っているメールアドレスをきっちりと入力した覚えも確かにある。


 ただ、それと女装がいまいち繋がってこないのだ。もちろん、作品の内容からすればつながらないわけではない。『とと服』の内容は女装した主人公がメイドをやるという塩梅のものであり、そういう意味でいえば確かに共通項があると言える。


 しかし、それはあくまでフィクションの中で起きていることだ。現実のメイドが女装である必要性は概ね皆無である。最悪女装メイドでもよいという妥協をする可能性なら思いつくが、女装メイドでなければならないというのはよくわからない。


 そもそも『とと服』からして、メイドをすることになったのは本当に色々なことがかみ合わさったからだったはずで、わざわざ女装したメイドを雇うのでは話が違うのではないか。


 日向がそんな思考を巡らせていると女性がぽつりと、


「スランプって分かる?」


「それは……はい。スポーツとかでよくあるやつですよね?一年目は大活躍していて、新人王まで取ったのに、二年目になったら嘘のように成績が残らなくなってしまうという」


 女性は苦笑し、


「それはスランプっていうよりも、二年目のジンクスだね。スランプっていうのは今まで出来ていたことが急に何らかの理由でできなくなっちゃうこと。同じ野球で例えるなら、シーズン中急に打率が急降下しちゃうのがスランプだね」


「そのスランプがどうかしたのですか?」


「ライターがね、スランプなの」


「……はい?」


 理解が追い付かなかった。


「ほら、『とと服』のライターよ。えっと……ライターとしての名前だと逢初あいぞめはるかだったかな?」


「え、」


 覚えがある。


 覚えがないはずはない。


 何故ならその名前は彼女が言った通り『とと服』のメインシナリオライターのものであり、日向にとってはいわば神のような存在のものなのだから。


「その逢初遥さんが、スランプなんですか?」


「まあ、本人はそう言ってる。周りは大体「単純に経験不足だ」って言ってるんだけどね。何せあれがデビュー作だから」


「そう、ですね」


 逢初遥。


 その名前の知名度は恐らく高くはないはずである。


『とと服』自体はそこそこの売り上げを記録した恋愛アドベンチャーゲームなわけだし、そういう意味で言えば、全くの無名ということは無いと思う。


 ただ、彼か彼女かはわからないが、逢初遥の作品はそれだけなのだ。『とと服』がデビュー作にして、代表作。


 正直なところ日向は、別名義でも書いているライターなのだとばかり思っていたのだが、目の前にいる彼女の語りからするに、どうやら『とと服』が処女作なのだろう。


 もしそうだとすればとんでもないことだと思う一方で、確かにスランプという表現が正しいかどうかは若干、いや、かなり怪しいところがある。


 そんな雰囲気を感じ取ったのか女性は、


「ってなわけで、うちの中でもそんなに真剣にスランプ説に取り合ってるのがいなくってさ。ただ、一方であの子に可能性があるのは間違いないわけで。だから何とかできないかなって思って、私が独断で動いてるってわけ」


「それでメイドですか」


「そう」


「それも女装の」


「その通り。だって、『とと服』がそうでしょ」


 だって『とと服』がそうでしょ?


 それはもしかしなくても、


「……『とと服』と同じ状況を再現しようとしてる……?」


 女性はそれはそれはいい笑顔で、


「そういうこと」


 肯定した。冗談みたいな話だが、どうやら本気らしかった。

※次回更新は来週(1/19)を予定しております。

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