スマレースト大陸編 中世と現代の齟齬 軍事問題2
あけましておめでとうございます
ビンルギー公国 ルージュ
現代の都市は、その多くが眠らない町と言われる程に明かりが絶えず、人の往来も激しい。
その一方、中世は田舎も大都市も関係無く夜は眠る。
繁華街であろうとも、松明等の照明が必須な程に真っ暗である。
ある意味規則正しいとも言えるが、それだけに出歩くのはリスクが伴う。
その為、夜間に堂々と出歩いているのは、衛兵と巡回のみとなっている。
ルージュもその例に漏れず、深夜は街全体が静まり返っている。
そんな中を、怪しい集団がただでさえ少ない人目を避ける様に進んでいた。
その動きは極めて素早く、一切の無駄が無い。
先頭の人影が突然動きを止めて片手を軽く上げる。
残りは直ちに反応してその場で止まる。
コツ… コツ… コツ… コツ…
耳を澄ますと、足音が聞こえて来た。
常人よりもゆっくりとしたその足取りは、周囲を警戒してのものだとすぐに察する。
やがて、二人組の巡回が目に入るも、特に気付く事も無く通過した。
片手を上げていた先頭は、今度はその手を前へ振り下げて前進を再開する。
その後も要所で巡回や衛兵と遭遇するも、特に危な気無く全てをやり過ごすと、間も無く目的地へと到着した。
そこは、立派な貴族邸である。
邦人拉致未遂事件の主犯であるゲイル侯爵の邸宅であり、そのゲイルの連行を目的に彼等、特殊作戦連隊がこの場にいる。
「・・・・・・」
入り口には当然の如く衛兵がおり、敷地の四隅には監視塔まで設置されている。
素早く状況を確認し、隊長が部下へ目で合図を送る。
一人が動き、ライフルを構える。
バスッ
一番近くの監視塔にいる見張りを狙い撃ち、一発で無力化した。
次いで、侵入を開始する。
敷地の周囲は壁で囲われているが、軍事施設と異なり大した高さでは無い。
一人が装備を置いて軽々と壁の上まで跳び上がり、敷地内へと侵入する。
更に一人が壁の上へ陣取り、次々と装備を敷地内へと渡して行く。
作業が終わると、全員が侵入を果たした。
まず、時計が合わせられた。
タイムリミットは10分
それまでにゲイル侯爵を発見、確保、連行しなければならない。
ゲイル邸は四階建てプラス屋根裏となっており、一個人を探すには相当に広い。
ただし、事前に四階にいると当たりを付けて動いており、迷い無く階段のみを探して上へあがる。
四階にいるとする根拠は、「馬鹿と煙は高い所が好き」である。
外に警備がいるせいか、一階は無防備であった。
二階にはこの時間帯であっても使用人が出歩いていたが、警備の類は無かった。
まともな警備と鉢合わせたのは、三階からであった。
「あーー眠い・・・見回りなんてツイてない。」
軽装の衛兵が愚痴りながら廊下を歩く。
見回りとは言うが、その気の抜けようは散歩と言った方が良い。
貴族の屋敷に忍び込むなど、即刻処刑されてもおかしくない重罪である。
増して、言わずと知れたゲイル邸に忍び込む者などいる訳が無い。
仮にいたとしても、この三階まで到達するなど絶対に有り得ない。
見回りなどやるだけムダ
それが結論であった。
尤も、御役目をサボれば碌な事にならない。
何しろ、彼の雇い主は裏組織とも関係がある。
この街の裏業界を牛耳っている国内有数の組織である。
怒らせればどうなるか本気で分からない。
そうして眠気と闘いながら歩いていると、妙な違和感を感じた。
「何だ・・・?」
何か見えた訳でも聞こえた訳でも無いが、彼の耳は無意識の内に人の息遣いらしき音を拾っていた。
立ち止まって腰を低くする。
直後、
ガッ
「ウグッ!」
何者かに後ろから口を塞がれた。
咄嗟に暴れようとするが、それは適わない。
ヒュガッ
(痛ッ!な、何が・・・!)
そこで意識が途切れた。
誰がいたのか、何をされたのか、彼が理解する事は永久に無い。
見回りを排除した一行は、更に先を目指すべく前進を再開する。
そうして四階へと到着し、ゲイル侯爵の寝室を探す。
これまでの所要時間は4分であった。
此処から二手に分かれ、片方は退路の確保を行う。
標的を探す班は、途中で使用人らしき中年の男を発見した。
ガタッ
「ん?」
近くでした不審な物音に気付き、使用人はその方向へと近寄る。
ガシッ
「ムグゥ・・・!」
突如として全身を抑え付けられ、物陰へと引きずり込まれた。
そこで目にしたのは、目元以外を隠した怪し過ぎる集団であった。
常人には耐えられない殺気を放っており、使用人はパニック状態に陥った。
「ゲイル侯爵は今何処にいる?」
そう言いつつ、ナイフを突き付ける。
「んーー・・・ンムーーーーー!」
増幅された殺気から冗談では無い事を悟り、必死にもがく。
「正直に答えれば身の安全を保障しよう。だが、いつまでも騒いでいるつもりなら・・・」
首筋に切っ先が触れる。
「フゥーーーーーー…フゥーーーーーーー…」
過呼吸気味だが、取り敢えず動きが止まった。
それを確認すると、口元から手を放す。
「それでは、再度尋ねる。ゲイル侯爵は何処だ?」
「し、寝室でお休みだ・・・!」
「寝室は何処だ?」
「す、すぐそそこを曲がった先にある・・・!おお大きな扉だから、見ればすすすすぐに分かる・・・!」
返答を聞いてから少しの間黙っていた一行だが、使用人から目を逸らして互いに頷く。
「情報提供感謝する。約束通り、身の安全は保障しよう。」
ドカッ
殴り付けられた使用人は、その場で気絶した。
そのままにして先へ進むと、他とは全く異なる厳重さであった。
長剣まで装備した警備が何人もおり、深夜にも関わらずメイドも控えている。
仮に警備をやり過ごしたとしても、間違い無くメイドの誰かに見付かる。
一瞬でも騒がれてしまえばアウトである。
確認すると、全員が隠密から戦闘体制へと移行した。
カラカラカラカラ・・・・
「ん、何だ?」
「何の音だ?」
金属質な何かが転がる様な音が響き渡る。
警備もメイドも音の方向を向く。
バァン!
「ウガァッ!」
「ああああああああああ!」
突如として凄まじい爆発音と閃光が襲い、その場の全員が視界と聴力を奪われる。
「何ぐぁ起ぎたぁ!?」
「ああああ目・・・目が、見え・・・」
「くぉのお!」
誰もがパニックになり、意味のある言葉を吐ける者すら極僅かであった。
バスッ バスッ バスッ バスッ バスッ
何も見えず何も聞こえない中、刺客は確実に動いていた。
気付かない内に意識が強制的に閉ざされ、いつの間にか全滅していた。
「クリア」
警備を排除し、メイドは気絶させ、目の間には明らかに他とはサイズの異なる扉があった。
「誰か、今の音は何だ!?」
扉の向こうから人を呼ぶ声が聞こえて来る。
「目標の可能性大、誤射に注意」
それだけ言うと、勢い良く扉を開ける。
「な、何だ貴様等は!?」
そこにいたのは、寝間着姿の肥満体系の男であった。
寝間着は絹製であり、全ての指に高級そうな宝石の填まった指輪が着けられている、如何にもな悪徳上級貴族の見た目であった。
「ゲイル侯爵で間違い無いな?」
「貴様等、私の正体を知った上でこの狼藉か!?」
自身の立場が上だと確信しているゲイルは、武器を向けられようとも高圧的な態度を崩さない。
「お前を連行する、拒否権は無い。」
「何を馬鹿な」
ドスッ
「ウギァムウゥゥゥーーーー・・・・」
抗議しようとした瞬間にナイフで腕を刺され、痛みに叫び声を上げようとした瞬間に口を塞がれた。
「五体満足で連行する必要は無い。達磨になって運び出されるのがお望みか?」
「ッ・・・!」
数秒前までの威勢は何処へやら、恐怖で完全に竦み上がる。
抵抗の意思が削がれた事を確認し、両手を拘束する。
「立て、このまま連行する。」
腕を引いて無理やり立たせると、そのまま引いて撤収を開始する。
「二班へ、目標の確保に成功した。これより撤収する。」
『了解 此方は今の所問題無いが、さっきの爆発音を聞き付けて騒がしくなって来ている 注意されたし』
「了解した。」
ドカドカドカドカドカ
(言ってる傍から来たな)
金属音を交えた乱暴な足音が複数接近している事に、全員が気付く。
「ハッハッハッハ、どうやら貴様等は此処で終わりの様だな。この私に逆らったのだ、泣いて許しを乞いながら無様に死んでゆけ!」
しおらしくしていたゲイルが急に強気になるが、誰も意に介さない。
一切の反応が無い事に機嫌を悪くするも、次の反応を示す前に状況が動いた。
バァン
「おわあああ!」
「くぅ・・・!」
角で待ち伏せし、タイミングを計って投擲されたフラッシュバンにより、増援は一瞬で無力化される。
バスッ バスッ バスッ バスッ バスッ バスッ
増援は、計6名であった。
何の感慨も無く、何の武勇も無く、ただ処理された警備の姿を、ゲイルは目に刻み込む。
「この野蛮人共が!貴様等には騎士の誇りが無いのか!?」
「我々は騎士では無い。誇りの為に守るべき者を疎かにする馬鹿でも無い。」
「何ィ!?」
守るべき者を食い物にして来たゲイルには、言われた事の意味が半分も理解出来なかった。
『一班へ、此方にもチラホラと蠅が集って来た』
「急ぐぞ」
駆け足で廊下を渡り、階段が目に入る
バスッ
ドサ
誰かが撃ち抜かれて倒れる音が聞こえ、退路を確保している味方が目に入る。
「そいつが目標か?」
「そうだ」
短いやり取りを済ませ、全員が撤収を始める。
階段を降り、廊下を駆け抜け、瞬く間に外へ出る。
「正面玄関を突破する」
ただでさえ拘束して自由の利かないゲイルを壁越えさせるのは無理がある為、通常の出入り口から通るしか無い。
「・・・拍子抜けだな。」
正面の門にいたのは一人だけであり、あっさりと通過出来た。
「司令部へ、目標の確保に成功。これより、LZへ向かう。」
『a小隊、よくやった 帰るまでが遠足だ、帰還途中の事故は遠慮願う』
同じ頃、
「畜生、どうなってやがる!?」
「頭ァ!連中、イカれてやがる!こっちはもう壊滅状態ですぜ!」
ルージュの中心街から少し外れた位置にある商店にて、血みどろの戦闘が展開されていた。
そこは、ゲイルと懇意にしている犯罪組織の拠点である。
突然、入り口を蹴破られたかと思うと、窓からも同時に攻撃が飛び、かと思えば上空からも侵入を許すと言う訳の分からない状況に大混乱となっていた。
それでも、商店は所詮は表向きの拠点に過ぎず、本拠地はその地下にある。
異常に気付いた者達が地下で戦闘態勢を整えるも、戦闘慣れしている筈の彼等はあっという間も無く次々と無力化され、武器庫も、寝室も、違法な商品を取り扱っていた倉庫も、組織の重要な場所が粗方制圧されてしまった。
構成員の数は、把握出来る限りでは既に十分の一にまで減っており、とてもでは無いが対抗など出来ない。
「さっさと侯爵閣下と連絡を取らんか!」
頭目が傍らの部下を怒鳴るが、首を横に振る。
「何度も呼んでますが、ウンともスンとも言わねえでさあ。」
「ええい、ッたく!」
部下から通信魔道具を取り上げ、今度は自分で操作する。
「誰か聞こえねぇのか!?俺は、バジリスクだ!正体不明の軍勢の攻撃を受けてる、今すぐに救援が必要だ!誰でもいい、応答してくれ!」
必死の形相で呼び掛け続けるが、一向に応答は無い。
そうこうしている内に、部屋の外から静かな足音が聞こえて来た。
明らかに構成員とは異なると解る迅速で静かな音であり、冷や汗が垂れる。
「クッソ、もう此処まで来やがったか・・・野郎ど・・・・・・」
頭目が周囲を見回して檄を飛ばそうとすると、そこには既に誰もいなかった。
「な・・・裏切りやがったなァ!クソッタレがあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
通信魔道具に気を取られている隙に、生き残っていた部下は全員逃げ出していた事に漸く思い至るも、時既に遅し。
絶叫は爆発音に掻き消され、同時に吹き飛ばされた扉から同じ人間とは思えない格好をした謎の戦闘員が突入して来る。
「こおおおおのおおお野郎ぉぉぉぉがァァァァァァァ!」
シュカカカカカカカカカ
短剣を抜き、自暴自棄になりながら突っ込むが、懐に入り込む間も無く蜂の巣となった。
「クリア」
侵入者は、この場に一人しかいなかった事に違和感を覚える。
「司令部へ、此方b小隊。」
『司令部よりb小隊、状況を報告せよ』
「拠点の制圧を完了、敵の首魁と思しき目標を射殺した。しかし、数名の逃亡を許した可能性がある。」
『了解した 此方で追跡し、確認次第また動いて貰う 一旦、ルージュより離脱せよ』
「了解」
ゲイル邸と時を同じくして動いた特殊作戦連隊は、ルージュの犯罪組織を壊滅状態へと追いやり、違法に拘束されていた民間人を多数救出に成功した。
・・・ ・・・ ・・・
ブランスルー 暁帝国大使館
特殊作戦連隊の活動は、暁帝国国防省を通して大使館にも映像として届いていた。
モニターに映し出されるガンカメラの映像を見ているのは、ビンルギー公国の面々である。
外務大臣であるレノンを筆頭に、部下の外交官数名に加え、軍の主立った将官が複数人、若手の士官や事前に折衝を行った騎士もいる。
リアルタイムで送られて来る映像に、一同は開いた口が塞がらない。
(恐ろしい・・・ただひたすらに恐ろしい)
軍人達は、演習とは異なる実戦で使用される現代兵器の恐ろしさを肌で感じていた。
ジンマニー王国での演習を見ていた彼等は、当初はその火力、機械力、技術力に目が行き、その是非は別として、到底敵わない事を嫌という程理解した。
だが、こうして実戦で使用されるその力は、驚異的と言うよりはただただおぞましかった。
感情の無い、血の通わないただの作業の様に処理されて行く敵。
勿論、これは非正規戦であり、彼等の想像する本気の戦争とは異なる性質の戦いである。
だが、それを差し引いても鳥肌が止まらず、根本的に違う何かを感じる。
程無くして、制圧は完了した。
すると、画面が変わった。
表示されたのは、ルージュ一帯の地図である。
(何なのだ、この無機質な感じは?)
彼等の知る地図とは、羊皮紙にインクによる手描きで作られている。
モニター上に映る妙に明るい線と点と画一的な文字と意味不明なシンボルで統一されたその地図は、既知の地図とは似ても似付かない。
先程の戦闘と同様、人間が介在して出来上がった感じがしない。
困惑していると、職員が表示されている情報を説明する。
次いで、画面端に何処かの映像が表示される。
その映像は、明らかに空中にいなければ映せない。
「此方は、ドローンの映像です。」
「ドローン?」
「簡単に説明しますと、超小型の無人で動く空飛ぶ機械です。」
(無人!?本当に人が介在していないと言うのか!)
「地図上に表示されているこのマークですが、これがドローンの現在地を示しています。」
その場に居ながらにして、戦場全体の様子をリアルタイムで正確に把握し、目的達成の為に最善の作戦を遂行する。
軍事作戦として、これ以上に理想的で効率的な形態は存在しない。
そう思わせるだけの超先進的なシステムを、目の前の暁帝国が保有している。
だが、
(これは・・・こんなモノが、遥か未来の戦だと言うのか?我々の子孫も、いずれはこの様なモノを良しとする時が来るのか!?)
暁帝国でも、戦いとは人間が行うものである。
しかし、その多くが機械に取って代わられているのも事実である。
かつて、人の頭脳によって行われていた脅威度選定が、今では機械による迅速な判断によって同時多発的な攻撃に対しても瞬時に対応している。
かつて、人の勘によって行われていた照準が、今では機械による迅速で完璧な軌道計算によって行われる。
かつて、人の手によって行われていた攻撃が、今では機械による全自動によって行われている。
合理の塊である軍隊が、かつては感情を持つ人が百パーセント運営していた為に到達出来なかった領域へと、感情を持たない機械が押し上げていた。
(これは退化だ・・・先進的な技術によって、人間は退化を強いられている!)
少なくとも身体的な面に於いて、現代人は古代人よりも貧弱である事は否めない。
その原因が、現代の高度に発達した便利な生活水準にある事も否めない。
この場にいる過半数はそうした一面を敏感に感じ取り、強い反発心を持つ。
『取り逃がした構成員と思しき人間を発見』
多少の時間が経過した後、街の外の大木の近くの地面が盛り上がり、数人の男が這い出て来る映像がドローンを通して送られて来た。
数舜後、地図上にその男達を示すシンボルが追加される。
『b小隊へ、貴隊が取り逃がしたと思われる連中を町の外で確認した 直ちに急行せよ 位置は・・・』
司令部からの連絡が終わると、特殊作戦連隊を示すシンボルが恐るべき速度で目標へ急行する。
追われている面々はややバラけつつジグザグに移動を続け、進路を変更する度に司令部から訂正が入る。
『対象を目視、これより拘束する』
排除すべき構成員か確証が持てない為、あくまでも拘束に留める事となっている。
僅か十数秒の出来事であった。
最も近くにいた面子は、何者かの接近に気付いた頃には無力化されていた。
少し離れた位置にいた面々も、武器を構える前に全員が無力化された。
『司令部、全員の拘束に成功した 指示を待つ』
『b小隊へ、よくやった 周囲に新たな脅威は認められず 回収要員が到着するまで待機せよ』
「どうやら、本作戦はこれで終了の様です。長時間お疲れ様でした。」
職員が、今回の鑑賞会の終了を宣言する。
だが、想像を超え過ぎた実態を見せ付けられ、誰もすぐには動けなかった。
それはともかく、ビンルギー公国内に巣食う最大の虫の駆除は完了した。
・・・ ・・・ ・・・
ハーレンス王国
ゴドムの独断によって坂本が拘束されてからと言うもの、レンヌの開発計画は完全に停滞状態となっていた。
それどころか、その為の作業員を街から締め出すと言う暴挙にまで及んでいた。
流石にこの行動はハーレンス王国政府を大いに慌てさせ、ゴドムは王都への出頭を命じられていた。
だが、彼はこの命令を黙殺し、尚且つ現状の改革に対する非難を行う始末であった。
とは言え、王国政府も一切退く気は無い。
何よりも恐ろしいのは、この件で暁帝国を敵に回す事である。
その為、異常な速度で本件へ反応を示した暁帝国政府に対し、国内での軍事行動の許可を即決で出した。
加えて、暁帝国側からの出された、観戦武官(大使館内)の要請にも迅速に応じた。
そうして送り込まれた武官及び外交官が最初に見せ付けられた映像が、あろう事か空挺降下であった。
「・・・・・・」
あんぐり と言う効果音が似合いそうな形相で映像に見入る面々であったが、その後が更に驚愕であった。
全員が中央庁舎の屋上へと寸分違わず着地を果たしたのである。
中世レベルの国と言えど、航空戦力を保有している事で、船が海流によって流される様に、風の影響で流されてしまう事は知っている。
それだけに、狙った箇所への降下がどれ程の技術を要するのかを理解出来た。
同時に、人を空中からバラ撒くと言う発想はまるで理解出来なかった。
(何と無情で無謀な事を・・・彼等は、人をゴミの如く扱うのか?)
これが、ほぼ全員の感想であった。
そう思いつつも、作戦は止まらない。
まず始められたのは、ゴドムの拘束である。
最上階に市長私室と書かれた部屋があり、一気に入る。
『ンムオ、何者だ!?』
半分微睡んでいるゴドムは、反応が大きく遅れる。
『グアッ!』
結局、何も出来ずに拘束された。
次いで、市庁舎に併設されていると言う地下牢へと向かう。
レンヌの市庁舎は治安維持関連施設も内包しており、犯罪者も市庁舎内に捕えられる。
IDの追跡は設備が整っていなければ地下は圏外となり、市庁舎内で坂本のIDの反応が途絶した事から地下牢に監禁されていると判断された。
時折、警備と遭遇するもすぐに無力化(気絶)し、すぐに地下へと到達すると手近な扉を開く。
『おい、全然違うぞ』
『おかしいな・・・向こうか?』
地下にあるのは牢屋だけでは無い。
倉庫も設置されており、間違えてそちらへ入ってしまっていた。
今度こそ正しい扉を開くと、ガラの悪い人相をしている囚人達が鉄格子越しに目に入る。
奥へ進むと、明らかに他とは異なる見た目をした男を見付ける。
『坂本さんですか?』
『そうです もしかして、救助しに来てくれたんですか?』
『その通りです 今、開けます』
銃弾で鍵を壊し、扉が開く。
『いやあ、助かりました』
『安心するのは帰ってからにしましょう さぁ、行きますよ』
『オイ、ちょっと待て!ソイツだけ釈放なんてズルいだろうが!俺も連れてけ!』
一部始終を見ていた他の囚人が騒ぎ出す。
『そうだそうだ、何でテメェだけ特別扱いなんだ!?』
『テメェ、碌な死に方しないぞ!』
大勢の抗議の大合唱が響き渡るが、一顧だにせず出て行く。
『自業自得でしょうに、盗人猛々しい』
『全くですね さぁ、行きますよ 走れますか?』
『大丈夫です』
作戦は滞り無く完了した。
恐るべき手際、恐るべき情報能力、恐るべき展開能力
演習で見せ付けられた派手さは一切無い。
だが、これこそが暁帝国軍の本質なのだと理解した。
何処までも迅速で、何処までも合理的で、何処までも機械的
(戦とは何だ?これを戦と呼んで良いのか?)
短絡的な行動に及んだ者は大なり小なり他にも存在するが、いくらも経たずに次々と無力化、ないしは拘束された。
更に、そこから芋づる式に関係を持っていた犯罪組織の存在が明らかとなり、その全ての無力化の為に想定外の時間を要する事となった。
だが、大陸同盟からすれば問題にならない程に迅速であった。
暁帝国の軍事力の高さは、演習から始まる一連の流れでハード、ソフト両面に亘って周知される事となった。
しかし、それが却って新たな問題を発生させてしまった。
中世の人間の価値観では、現代の軍事力は新し過ぎたのである。
その強大さは認めても、受け入れられるかどうかは別問題であった。
暁帝国の様な機械化、自動化の推進は、同時に人間を退化に追い込む。
技術を進化させる代償として、人間が退化を強いられると主張し出したのである。
これが、彼等の言う所の<先進的な退化>である。
であるからこそ、誇りを持ってこれまでの伝統を守らねばならないと主張した。
これが、彼等の言う所の<誇り高き懐古>である。
暁帝国の軍事行動は、両極端な評価を得た。
一度目は、その目的に於いて高い評価を得た。
二度目は、その手段に於いて酷評された。
ちょっと捕捉しますと、ドローンのカメラは暗視機能付きです。