スマレースト大陸編 中世と現代の齟齬 経済問題
暁帝国は、管理通貨制度を採用しています。
平和主義の理由は、健全で安定的な経済活動に必要な要素だからです。
暁帝国との正式な国交を樹立したスマレースト大陸同盟。
その為の交渉中に発生したスマレースト紛争は、圧倒的な技術力にモノを言わせた一方的な結果となった。
大陸同盟各国はその力に恐怖するも、上手く取り込めればかつて無い発展を謳歌出来ると共に、莫大な利益を享受出来る。
そうした判断から、多くの権力者、商人、果ては王族までもが胎動する事となった。
・・・ ・・・ ・・・
スマレースト大陸沖
「♪~♪~...」
沖に船を出し、上機嫌に歌いながら成果を待つ漁師達。
「採れねぇなー・・・」
「いつもより難しい気がするぜ。」
空振りに終わる事は珍しい話では無いが、今までの経験からいつもと異なる気配が感じられた。
「つっても、何が違うんだ?俺には分からんがなぁ。」
「なんつーかこう・・・新しい天敵に目を付けられてるみたいな?」
「何だそりゃ?天敵がイキナリ沸いて出て来るワケ無ェって。」
「タダの例えだよ。魚の動きが今までと変わる何かがあるかもって話だ。」
その話を聞き、嫌な汗が流れる。
「・・・時化るかも知れんな。急いで戻ろう。」
「オイ、アレを見ろ!」
叫んで指差した方向は、ただの水平線であった。
「いきなり何だ?リバイアサンでもいた・・・!」
顔を上げて差された方向を見るも、リバイアサンはいなかった。
ただし、それ以上の物がいた。
「な・・・な、な・・・何だありゃぁぁぁぁ!」
それは、形状からして船と思われた。
しかし、そのサイズが桁違いであった。
島と見紛う巨大な船影は見る者を恐怖させ、魚すらもパニックに陥れたのである。
「ヤベェヤベェヤベェぞ!急いで船を戻せェー!」
そうして大慌てで戻った漁師達は、村へ戻るなり付近の漁師を全員集めた。
「急にどうしたんだ?今のお前ら、何か気味悪いぞ。」
集められた側は戦乱が起こった訳でも無いにも関わらず、鬼気迫る形相を前に引き気味であった。
「言ってる場合じゃ無ぇ!全員、暫く海に出るな!」
「イキナリ何を言い出すんだ!?俺達を殺す気か!?」
漁師としての突然の死刑宣告に、激怒して次々と立ち上がる。
「見たんだよ、ドエラいモンを!」
荒くれ者が多いせいで胸ぐらまで掴まれつつも語り始める。
「「「「・・・・・・」」」」
話を聞くと、困惑で全員が固まる。
(そんなにデカい物体が海に浮いてられるか?いや、浮くだけならまだしも、船みたいに動き回れるなんざ信じられん。)
船乗りとして、海上の異変ともなれば真剣に耳を傾けるも、荒唐無稽過ぎる内容に二の句が継げない。
「アレが何なのか判らんが、あんなのに目を付けられたらマジで終わりだ!大人しくしてた方がいい!」
「だが、どうして急にそんなモンが出て来たんだ?」
当然の疑問に首を捻ると、最近出回り始めたある噂が脳裏をよぎる。
「なぁ、暁帝国って知ってるか?」
「そりゃ、名前なら知ってるが。」
「いやちょっと待て、まさか・・・」
「かも知れんぞ」
つい最近、自国と同盟を結んだと言う謎多き新興国の噂が、沿岸部を中心に多少の時間を置いて世間一般でも話題に上り始めた。
ビンルギー公国 メイハレン
最初に暁帝国と接触する事となった街。
ところが暁帝国との国交により、重大な問題が発覚した。
港湾都市であるが故に船舶の往来が始まったのだが、現代水準の流通を担うにはあまりにもインフラが貧弱過ぎるのである。
コンテナを利用した迅速な物資のやり取りに対し、人力の積み降ろししか方法の無い公国は、それだけでも既存の帆船でさえ数日を要する。
それ以前に、数十万トンに達する巨大船を受け入れられる設備など存在しない。
その結果、沖に待機した状態で積み荷を開封し、小型船へ載せ替えての揚陸を行う羽目となっている。
街からも手漕ぎの小舟を往復させているものの、これだけで数日どころか二週間を要している。
しかも、現在やって来ているのはあくまでも小規模な先発隊に過ぎず、往来が本格化すれば海上で渋滞が発生するのは目に見えていた。
「うーむ・・・おい、郊外の開発関係の書類は何処へやった?」
「それでしたら此処に。それより、港湾再整備の件を早急に進めなければ。」
「その通りだが、今のペースでさえ内陸への輸送が追い付いていないんだ。倉庫の脇に積み上がっている商品の山を見てないのか?」
領主邸で、新領主となったアクーラが書類に埋もれながら部下と問題を話し合う。
問題が発生しているのは港湾ばかりでは無く、全てと言って良かった。
陸上輸送は馬以外に頼れる手段が無い極めて貧弱な状態であり、試験的に持ち込んだトラックを走らせてみれば、今度は未熟な街道が原因でパンクや横転事故まで発生してしまう始末であった。
使節団の持ち込んだ車両はより酷使に耐える事を前提としていたお陰で問題は起きなかったが、それよりも劣る民間車両はそうも行かない。
極め付けが国家体制である。
四ヶ国揃って前近代国家である事が、現代的な物流にまるで対応出来ていない一番の原因となってしまっている。
一例を挙げれば、それまでの物流は貴族と懇意となっている商会が特定の領域で独占的な立場にあり、それ以外は傘下に入るか、僅かな需給バランスの差を利用して食い込むか、ギルドを頼って零細に甘んじるしか無かった。
こうした癒着によって貴族が物流を意のままにし、税収を安定的に得る手段の一つとして来たのである。
だがこれは、近代的な自由主義経済と真っ向から対立してしまう。
また、物流を支配する手段としてよく利用される検問などは、現状でさえ流入して来る物量のあまりの多さにパンク同然の状態となり、むしろ物流を阻害する最悪の要因ともなっている。
他にも海外の珍しい商品と言う事で、一部の貴族が無理矢理接収して高値で転売を行ったり、私兵を動かして盗賊同然に強奪を行う商人すらも現れていた。
こうした強引な手に出る理由は、既存の体制を崩される事に対する怒りと恐怖、海の向こうの得体の知れない種族が格段に優れた技術を持つ事実に対する嫉妬も含まれている。
その一方、合法的に行う大多数にしても、立場や血筋などを押し出して便宜を要求する事が日常茶飯事と化している。
「アクーラ様、辺境伯のお二方が来訪されました。」
「・・・分かった、すぐ行く。」
こめかみに手を当て、渋々立ち上がる。
メイハレンは特に往来が活発である事もあり、お零れに与ろうとアクーラの元を訪れる者が後を絶たない。
唐突に自身が重要人物となってしまった事で、頭の痛い案件がいくらでも湧いて出て来ていた。
同じ頃、
メイハレン市内にて、新たな店舗が開業しようとしていた。
それこそ、暁帝国初となる海外店舗である。
数ある流通プランの中から採用されたのは、直接的な介入であった。
これは、スマレースト大陸全体のインフラ開発とセットで行われる事業となっている。
此処までの事をやる理由としては、効率化の一言に尽きる。
物資の陸揚げ問題一つ取っても、現代の高度にシステム化された物流網を機能させ得る条件が何一つ整っておらず、このままでは本格的な貿易の開始など絵空事にしかならない。
尚、今現在入港している船舶の規模が小規模での試験的なものだと知った大臣達は、机に突っ伏すか天を仰いでひきつった笑みを浮かべた。
まだ電気が使えない事から24時間営業や生鮮食品等の取り扱いは難しいが、最新の物流ノウハウを持ち、誰もが興味津々な暁帝国の商品を大量に取り扱うと言う事もあり、準備中にも関わらず人だかりが出来る程の騒ぎにまで発展している。
「いやー、何が売りに出されるんだろうなー?俺が一番に買ってやるぞ!」
「バッカ、俺達みたいなタダの平民が買える物なんぞ置いてあるワケ無いだろ。」
「ウッ・・・!いやまぁそうだけど・・・」
「ねぇ、ここっていつあくの?」
「もうすぐだぞ。いい子にしてたらすぐに開くからな。」
ガヤガヤと騒ぎ立てていると、格式の高そうな馬車がやって来た。
周囲には、局所に軽い鎧を身に付けた護衛が馬車を囲う形で並走している。
「どけェい貴様等、轢き殺すぞ!」
先頭の護衛が腕を振りながら怒鳴ると、野次馬達は漸く馬車の接近に気付き、慌てて端へ寄る。
馬車は店舗の前で停止すると、御者が周囲を見回す。
野次馬達からの注目を浴びている事を認識すると、護衛の方を向いて首を振る。
「見せ物では無いぞ!」
「平民如きが目を向けるなど不届き千万!」
「さっさと散れ!控えろォ!」
剣を抜き、大声で威嚇して野次馬を全員追い払う。
誰もいなくなると、御者が降りて戸を開ける。
中からそこそこの年齢と思われる女性と、あどけなさの残る青年が出て来た。
「此処なのか?」
「左様で」
青年の疑問に、御者が答える。
「極めて強大な国と聞いておりましたが、この様な狭苦しい場所で、この様なみすぼらしい建物を拠点にするなど、何を考えているのでしょうか?」
女性は、侮蔑の視線を向ける。
「母上、口が過ぎますよ。公王陛下に目を付けられてしまいます。」
「フゥ・・・」
息を吐いて気持ちを切り替えると御者を見る。
ガチャッ
「誰か!」
「ンオ!?」
御者の突然の大声に、店内で準備に勤しんでいた作業員が一斉に手を止める。
一方、御者の方も一瞬動きが止まった。
店内は考えられない程に散らかっており、作業員の服装も地味を通り越して醜いとしか評せない。
「私達はアルフレッド辺境伯の使いである。此処の代表者に取り継いで貰おう。」
尊大な態度に顔をしかめつつ、一人が前に出る。
「自分がそうだが。」
「正気か!?その様な小汚ない身なりで代表者だと?」
「この店舗の改装を請け負っている、監督の 中村 建夫 だ。」
「なるほど、ただの現場指揮官か。此方の意図を理解出来なかった様だな。」
三人は、心底うんざりした表情になる。
「それで、そちらはどう言った用件で?視察の予定は入っていないし、開店はまだ先だが。」
「無礼者!」
対応が急にいい加減になり、青年が憤慨して声を上げる。
「アポ無しでいきなり押し掛けて来た上に侮辱までして来る連中に無礼呼ばわりされる筋合いは無いな。」
直後、背後に控えていた護衛が中村の周囲を取り囲んで剣に手を伸ばす。
「貴様ァ、不敬にも程があるぞ!」
「下賤な輩が、本来であれば高貴な方々の目に入る時点で不敬の極みと知れ!」
「待ちなさい」
女性の声に、護衛の動きが止まる。
「私はアルフレッド伯の妻、キャリー と言います。そして此方は、我が息子であり長子である ジョー です。」
(取り敢えず、話は通じるみたいだな。)
尊大な態度ながら自己紹介を始めた事で、中村はそう考える。
「本日、この様な端所へ直々にやって来たのは他でもありません。まだ準備が出来ていないとの事ですが、今後この店に卸される暁帝国より斎される品を我が領地へ全て引き渡して貰います。」
(やっぱり駄目だったよ・・・誰だよ、話が通じそうとか言ったのは)
一方的な要求を聞き、内心で空を仰いで黄昏れる。
「勿論、タダでとは言いませんよ。此方が指定する額を渡しましょう。」
要求が終わり、護衛が再度身構える。
「返答は?」
「全員、その場を動くな!」
「何だ貴様等!?何をする!?」
突如として、青を基調とする服装をしたガタイの良い男達が乱入し、使いの面々をあっという間に拘束した。
「下賤な輩が触るな!何の権限があってこんな事をしてる!?父上に知れたらお前達全員死刑だぞ!」
「控えなさい蛮人が!私達をアルフレッド辺境伯の使いと知っての狼藉か!」
ジョーとキャリーが自身の立場を傘に着て喚き、護衛と御者も高圧的な振る舞いを止める気配が無い。
「我々は、暁帝国より派遣された警察・・・治安組織の者だ。」
把握している限りでは、警察に類する治安維持機関が存在しない事が判っている為、理解させる為に途中で治安組織と言い換える。
暁帝国の公的組織が相手である事を理解させられた一同は、漸く固まる。
ただし、一人を除いて
「何と愚かな事を!貴族である私達を他国の者が拘束するなど、どれ程の意味を持つか理解出来ないと?」
「そ、そうだ!下っ端のお前等は解ってないんだろうが、こんな事をしたら国が動いてお前等は終わりだぞ!」
交戦国や属国が相手でも無い限り、貴族に手を出す行為は重大な国際問題となる。
むしろ、それを利用して開戦の口実とする事もよくある話だが、態々へりくだった態度で(彼等にはそう見えていた)同盟を求めに来た暁帝国が武力による支配を求めているとは到底思えず、むしろ自身に有利な状況だとキャリーは判断していた。
その事に遅れて気付いたジョーも、調子に乗って脅し扱き下ろす。
対する警官は、冷めた目で口を開く。
「我が国民に手を出す行為がどれ程の意味を持つか理解していないみたいですねぇ。」
「何を偉そうに」
「人権及び国際司法権利協定」
聞き覚えの無い協定を口にされ、首を傾げる。
略して人司協定とも称されるこの協定は、国交締結時に同時に調印され、暁帝国を含む五ヶ国全てに効力が及ぶ。
これは、加盟国に所属する国民全てに国内法が保証する範囲に於いて基本的人権を階級の区別無く平等に認めると同時に、自国民が何処かの加盟国で犯罪被害者となった場合、自国の治安維持機関による加害者の拘束を許すと言うものである。
前者に関しては、近代的な人権意識が皆無な現状が暁帝国にも厄介事を持ち込む元凶となる事を危惧したものであり、将来的に特権階級の権力抑制による腐敗防止とスムーズな近代化を達成する為の法的な布石としたものでもある。
これにより、最終的には三権分立の元で法治国家を成立させる腹積もりである。
後者に関しては、事実上暁帝国民の保護を目的としたものである。
そもそも、外国にまで自国の治安要員を大規模に常駐出来る程の余力がある国は暁帝国しか無く、この様な半治外法権とも言うべき内容を通せるのは圧倒的な国力差があるからこそである。
階級そのものには一切口出ししてはいないものの、貴族であろうともこの協定から逃れる事は出来ない。
そうしなければ、階級を利用した罪の帳消しによって理不尽に処罰される事例が生じる恐れがある。
尚、加害者の拘置場所に関しては基本的に発生国とし、捜査権も発生国が共に持つものとしている。
それに加えて各国のトップ達は、「暁帝国の民に無用な接触を行うべからず」と通達を出している。
流石に、地元民との日常会話程度の接触まで禁止してはいないが、貴族階級ともなれば話は変わる。
つまりアルフレッド辺境伯は、多国間協定と自国政府の意向に逆らってしまった事となる。
「よく分からんが、その何とか協定をでっち上げても無駄だぞ!」
事の深刻さを理解出来ず、ジョーは更に醜態を重ねる。
そうこうしていると、外から鎧の金属音を含んだ足音が近付いて来た。
「ハハハハハ、これでお前達は終わりだな!」
「ええその通り、せいぜい自らの愚かさを悔いなさい!」
バンッ
「此処で騒ぎが起きていると聞いた!」
荒々しく扉が開かれ、警備隊長のグリンが飛び込んで来た。
「グリンさん、お疲れ様です。」
「あ、どうも。・・・イヤイヤ、呑気に挨拶をしてる場合では!」
警備隊長と警察官との和やかなシーンとはならず、状況を確認する。
「おい、見ての通りだ!早くコイツらを連れ出せ!」
この期に及んでジョーが声を上げるが、それがグリンの判断を早めた。
「では、このまま詰め所まで連行願います。」
「了解しました。」
拘束されている一同は、無理矢理立たされる。
「街の警備隊風情が、誰の意向があってこの様な真似を!?」
キャリーが髪を振り乱して猛抗議する。
「公王陛下、及び各大臣方、並びに暁帝国政府です。」
それを聞き全員が顔面蒼白となる。
「そ、そんな・・・違います!これは卑劣な罠です!私達を唆し、陛下を陥れようと画策している誰かがァーーー!」
「詳細は詰め所で根掘り葉掘りお聞きしますから、今は口を閉じていて下さい。」
「違います!違うんですー!」
あまりに喚く為、途中で布を噛ませて黙らせる事となった。
それでも何か言っていたが、耳に響く大声で無くなっただけマシと思うしか無かった。
領主邸
その夜、
「大変失礼致しました!」
アクーラは、駆け付けた大使館職員へ謝り倒していた。
「アクーラさん、謝罪はその辺で。事の詳細をお聞かせ下さい。」
アルフレッド辺境伯は公王派の貴族である為、スマレースト紛争後も特に問題無く領地経営に勤しんでいた。
「公王派の割には、今回の件は精細を欠きますね。」
「公王派は基本的に、開戦したくないと考えている者の寄り合い所帯です。国益を本気で考えて反対する者もいれば、開戦した場合の利益と損失を秤にかけて割に合わないと消極的な反対をする者もいるのです。その点で言えば、むしろ強硬派の方が団結出来ていたと言えるでしょう。」
開戦した後に手柄の奪い合いで揉めそうですがとも付け加える。
「アルフレッド伯も、どちらかと言えば後者です。傲慢貴族の典型ですが、自身の財産の損失に非常に敏感でして、損が確実な開戦など有り得ないといつも屋敷で愚痴をこぼしていたとか。幸いと言いますか、彼の言う財産には領地そのものも含まれておりましたので、領地経営は比較的良好だそうです。」
領地経営は上手い傲慢貴族の典型と言う矛盾する要素に思わず苦笑する。
だが、財産と無関係な外部に対しては遠慮が無いとも言う。
「旅人やキャラバンに対して高額な立ち入り税、売り上げ税、宿泊税などを課して搾り取り、常時監視役を配置しているとか。そして、商人が彼の望む商品を持ち込んだ時、指定した金額での売却を包囲しながら強要するとか。」
正に、今回のパターンである。
そして、財産にしか興味が無い姿勢が災いし、利益になりそうな話にばかり目を向けたまま、新たに締結された協定には遂に目を向ける事は無かった。
「なるほど、動機については判りました。しかし、実行を許した経緯については。」
「実に情け無い話ですが、警備の隙を突かれました。」
アルフレッドは、暁帝国が国交を締結したばかりの国であるが故に、(信用と新利益独占の観点から)各地の有力者との接触を制限するであろう事を事前に予想していた。
そこで、自身が嘆願の為に領主邸へ出向く事で要人警護の為に人員を割かせ、別動隊の直接接触の支援行動としたのである。
同じタイミングでもう一人の辺境伯が訪問したのは偶然であったが、複数人の要人警護とあって更に手薄となり、結果的に作戦成功の追い風となった。
「貴国のケイサツが派遣されていなければ、犠牲者が出ていたかも知れません。」
アクーラを含め、他国の警察が自国で活動している事実に良い感情を抱く者は誰もいなかった。
しかし今回の件が教訓となり、決して警察が動く行動を起こさない事を通達すると同時に、近代警察の組織に関する協力を暁帝国政府へ要請する事となる。
・・・ ・・・ ・・・
暁帝国 東京
名実共に世界最大のこの都市に、黒塗りの高級車が複数並んで走っている。
それ等に乗っているのは、スマレースト大陸でも有数の巨大商会を統率する立場にある者ばかりである。
彼等は、ある物を確かめる為に暁帝国政府に招待された。
事の起こりは記念すべき最初の貿易を開始しようとした時、金銭に対する認識の差が生み出したトラブルが原因である。
スマレースト側は金銀銅貨を、暁側は札束を出した。
「これは一体?」
「見事な絵画だ!」
「形状は奇妙だが、是非とも屋敷で飾りたい!」
スマレースト側の商人は口々に称賛し、暁側は唖然とした。
慌ててこれがカネである事を説明すると、今度はスマレースト側が唖然とした。
「紙製のカネだと・・・?」
「いくら何でもこれはあまりに・・・」
「紙をカネにするなど正気では無い!」
「これは新手の詐欺か?」
「芸術的価値は認めるが、カネとは認められない!」
これこそが、古来より貨幣に希少金属が使われ続けた理由である。
何故、カネと商品の遣り取りが成立するか?
それは、’人’がカネにその商品と同等の価値を認めているからである。
その価値を担保する要素の一つが、材料に使われている各種希少金属である。
その後、紙幣が普及してからもこの本質は長らく生き続けた。
国家の保有する金の数量に応じて紙幣を発行する金本位制である。
それは、’人’が紙幣そのものに価値を見出だせず、その価値の担保として金を見ていたからである。
現在でも、金は紙幣の価値の源の一部となっている。
しかし、現在は管理通貨制度が主となっている。
金の保有量に制限されていた紙幣の発行量を自由に調整可能となった制度である。
それは、金の代わりに担保可能な価値が見出だされたからである。
一概には言えないが、一つ確かな存在を挙げるとすれば、それは国家
国家の信用が紙幣の価値を担保すると’人’は認識した。
そう、カネを含む全ての価値を決めているのは’人’なのである。
そして、’人’の価値観は時代と共に変化する。
スマレーストの’人’の価値観では、紙幣にカネとしての価値を見出だせない。
暁帝国と言う後ろ楯は、価値の担保足り得ない。
そこで、彼等の価値観で担保足り得る物を見せる必要が生じた。
東京の町並みに終始圧倒されていた彼等は、目的地へと到着した。
そこは、政府系銀行の一つである。
エントランスの時点で既知の建造物を圧倒せしめる迫力があり、無意識の内に口が開く。
「此方です」
案内人の声で我に返り、先へ進む。
そして、関係者の中でも限られた者しか立ち入れないエレベーターへ乗せられた。
動き出すと若干の浮遊感を腹に感じ、誰もが慌てる。
「こ、これは一体!?」
「これはエレベーターと言いまして、簡単に説明しますと部屋を丸ごと上下へ動かして移動する乗り物です。」
最早、言葉も出ない。
暫くエレベーターを観察していると、唐突に停止して扉が開いた。
「此方へどうぞ」
そこは、これまでと異なり狭く殺風景で、尚且つ必要以上に頑丈であった。
異質な雰囲気を肌で感じていると、極めて重厚で巨大な鋼鉄製に見える扉が目の前に立ち塞がった。
「開けてくれ」
案内人は、待機していた職員に指示を出す。
ガコォーーン
暫く待つと、扉は重厚な音を立てて重々しく開いた。
「どうぞ」
案内人に従って入ると、材質不明な表面がやたらとデコボコした箱が二つ置かれているのが判った。
「お待ちを」
薄明るく狭苦しい空間で、案内人は鍵を開ける。
蓋を開くと一回り小さな箱が見え、また開け始める。
尋常では無い厳重さに恐怖すら覚えていると、また鍵が開いた。
蓋を開けると、梱包されている何かが目に入った。
案内人が一つ取り出し、見せ付ける。
「持ってみますか?」
最早、何の音も耳に入らない。
それは、美しい光沢を放つ金の延べ棒であった。
思わず箱へ目を向ける。
「・・・・・・これは、全て金なので?」
「その通りです。」
「どれ程の量なので?」
「此処にあるのは、全部で2トンになります。」
この数字だけでも放心しそうだが、重要な言葉を聞き逃す事は無かった。
此処にあるのは
つまり、他にもある。
口先だけならばいくらでも言えるが、暁帝国の実態はこれまでに散々見せ付けられて来た。
「満足戴けましたか?」
スマレーストの’人’は、暁帝国に価値を見出だした。
金も、人が価値を感じているからこそ使える資源なんですよね。
それにしても、ここまで普遍的で長期間価値が認められてるって何気に凄いですね。
ちなみに、電子機器に金が使用されている事はシークレットです。