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4:聖女は魔獣を祓えない

<黄昏の宮>を抜け出すのは思いの外容易かった。見張りの兵の目を盗み、宮を囲む壁を乗り越えるだけ。

 そのあとはひたすら街道を歩くだけ──のはずが、途中の村で妙な噂を聞いた。


「聖女と軍がこの先に向かった……?」


「ああそうだ。どうやら聖女様がお告げを受けなすったようでな。大勢の兵士を連れて行軍していったさ。聖女様が替わったとかなんとか聞いたが、お告げを聞くことなんて今までなかったのにな。本当ならすごいことさ」


「へえ……」


 私は薪割りの手伝いをして、水と食料を分け与えてもらいながら、村の男から話を聞いた。


「聖女様ってどんな様子でした?」


 軽く話を振ると、男は目を輝かせた。どうやら彼は聖女様を実際に見たことが自慢らしく、鼻息も荒く教えてくれる。


「そりゃもうすげえ別嬪よ。雲の上のお方って感じで、馬車に乗ってあまり俺たちに顔を見せねえんだ。だけど、俺は聖女様が馬車の窓から顔を覗かせてるときに行き合ってな、絶対に目があったな」


「はあ、そうですか」


「兵士たちも厳重に聖女様を守って、まさに深窓の姫君ってなもんよ。どんなふうに魔獣を倒すのか、見てみたいもんだ」


「魔獣に近寄るのは危ないですよ」


 私は苦笑して、興奮する男をなだめた。どうやら聖女は、周囲にはあまり姿を見せないようにしているらしい。その方が聖女の神秘性を高めるからだろうか。私は行軍の中にいて、村にも平気で顔を出したし、食事の準備も手伝っていたから、ただの平民の娘と変わらなかったかもしれない。聖女と聞いて謎めいた美しい女を期待していた人にとってはがっかりだっただろう。そんなことはどうでもよかったから、私は好きなように振る舞っていた。


 まだ話し足りなさそうな男に別れを告げ、私は考える。

 既にマリアベルたちが先行しているなら、私は街道を避けた方がよさそうだ。鉢合わせたら目も当てられない。遠回りになるが、山道をぬっていこう。


■■■


 そう考えて道を選んだせいで、目的の街に着いたときには、魔獣との戦闘が始まるところだった。


 現れた魔獣は見上げるほどの大きさで、鳥のような形をしている。こういう種類の魔獣は飛ぶから厄介だ。現に今も、羽ばたき一つで家をなぎ倒し、地上にいる兵士たちを嘲笑うように悠々と空を舞っている。

 街はひどい有様だった。建物が崩れ、崩落する瓦礫の中を逃げ惑う人々。一部では火の手があがり、悲痛な叫び声が怒号にかき消されていく。


 兵士たちが住民たちを避難させる中、颯爽と歩いてくる一群があった。護衛の兵士に囲まれたマリアベルだ。真珠が散りばめられた純白のドレスを身にまとい、長い髪を結ってティアラを頭に載せている。どこぞの王女かと見紛う姿だ。

 マリアベルは柔らかく微笑みながら、輪を描いて飛行する魔獣の真下に立った。両手を胸の前で組み合わせ、口を開く。


「聞き届けなさい──私は聖女、マリアベル=レ=ジルレーン。真なる聖女の名をもって、魔獣を祓います」


 長い睫毛が生え揃った目蓋をおろし、真剣な面持ちで祈りを捧げる。その姿に、逃げ惑っていた人々も何事かと注目しはじめた。

 空を飛ぶ魔獣が、一声鳴いたかと思うと、マリアベルの前に翼を広げて降り立つ。そして褒美を待つかのように頭を彼女に向けて下げ、静止した。


「いい子ね──」


 マリアベルはこの上なく美しく微笑むと、護衛が止める間もなく魔獣に手を伸ばした。魔獣の硬い皮膚に覆われた頭を撫でるそぶりを見せながら、


「あるべきところへ帰りなさい」


 小さく呟く。すると、以前見たときと同じように、魔獣は光の粒に姿を変え、消え去った。

 沈黙。

 人々は自分が目にしたものが信じられないというように、呆然とマリアベルを見つめている。炎が街を焼く音、建物が地面に崩れ落ちる音が、やけに響き渡る。

 その中心で、人々の視線を一身に集めながら、マリアベルは声をあげた。


「皆さん、もう大丈夫です! 魔獣は聖女である私が祓いました! もう安全です!」


 その声に応えるかのように、住民たちから一斉に歓声が上がる。


「聖女様!」「聖女様が祓ってくださったんだわ!」「マリアベル様、万歳!」


 マリアベルを称える雄叫びは、空気を震わせ、地面を揺らすほどだった。皆が皆、聖女マリアベルの御技を称賛し、喜びに沸いている。


 手を叩いてマリアベルを褒め称える人々の中で、私は一人、呆然とマリアベルを見つめていた。

 背中に一筋の汗が伝う。足が震え、視界が歪む。立っているのが精一杯だ。苦い唾をなんとか飲み込み、私は帽子を深くかぶり直して踵を返した。

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