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17/22

17:第一王子と第二王子は密談する

「おい、シルエス」


「どうかしたかい?」


 シルエスは、病院の外に止められた真っ黒な馬車に乗り込もうとするところだった。ジェラルドがその背を呼び止める。


「俺は、ロザリンドに関して謝るつもりはねえからな」


「なんのことかな?」


「とぼけるなよ。あんな薔薇の花束なんか持ってきやがって」


 シルエスは正確無比な笑顔を作る。王子として求められるうちに、仮面のように張りついたものだ。


「僕はあの子の幼馴染みなんだよ」


「だから?」


 ジェラルドは顔をしかめる。当然のことながら、自分の知らないロザリンドの幼少期をシルエスは知っている。それが少し気に食わなかった。


「ずっと近くで見てきたんだ。彼女が苦しんでいるところを……。だから、聖女として務めることが、ロージーのためにならないことは分かっていた」


 風が吹く。シルエスの金糸のような髪がさらわれて、目元を覆い隠した。


「それでも、僕はロージーに聖女であって欲しかった。そうでなければ、僕は彼女のそばにいられない。第一王子が平民の娘と言葉を交わすためには、そうしなければならなかったんだよ」


「……婚約は」


「ロージーの目が魔獣だけに向けられていて、僕なんか視界に入っていないことはいやというほど理解していたよ。ずっと隣でその横顔を見てきたんだから。だけど、僕は……」


 シルエスが瞑目する。


「僕は、愚かにも願ってしまった。ロージーに僕を見て欲しいと。人を愛する心を知って欲しいと。……僕を愛して欲しいと」


 自嘲の笑みを浮かべるシルエスを、ジェラルドは黙って見つめていた。


「だから、聖女という枷から彼女を自由にした。外の世界を見て、愛を与え、受け取る心を手に入れて欲しいと考えたんだよ」


 ジェラルドは吐き捨てる。


「<黄昏の宮>に入れたじゃねえか。結局飼い殺しにするつもりだったんだろ」


 自分と同じ身に落とされた彼女のことを、最初はたいそう哀れに思ったものだ。きっと一生ここから出ることは叶わない、と。


 シルエスは乾いた笑い声をあげた。


「そうだね。それは否定できない。もしも彼女が変わらないままだったら、僕だけのために生きていてくれたらいいと思ったよ」


 その瞳に不穏な影がよぎる。だが、一瞬のちにはいつもの王子様に戻り、絵画のような薄笑みを口元に張りつけた。


「さて、話はもういいかな? 僕はもう戻らなくては。──ジェラルド、君とこんなふうに会える日が来るなんて思ってもみなかったよ」


「そうかよ」


「まあ、無断での外出とか色々あるけれどね。それは今後の働き次第ということで、不問に付そう」


「本当に嫌なやつだな」


 ジェラルドはうんざりした顔を作ってみせた。この男と話していると調子が狂う。

 馬車に乗り込んだシルエスに、最後に一つだけ問いを投げた。


「おい。ロザリンドの何がよかったんだ」


 シルエスは馬車窓に設えられた日除けに手をかけた。悪戯っぽい目でジェラルドに笑いかける。


「それは君の方がよく知っているだろう? それに──第一王子である僕のことを幼馴染みだなんて言えるのは、もうこの世で彼女だけなんだよ」


 馬車がゆっくりと動き出す。その姿が夜闇の奥に消えていくのを、ジェラルドは見送っていた。

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