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後妻が涙を流す時

作者: Ash

 歳の離れた夫に先立たれたジェニファーは小さいながらも居心地の良いコテージで悠々自適に暮らしていたが、それは睨みつけてくる目の前の人物のおかげで滅茶苦茶になっていた。


「どうしても嫌だと言うんだな!」


 ジェニファーより明らかに歳上である男は夫の前妻の息子で、ジェニファーと再婚する原因になった人物だ。最後の手段として示された後妻の身ではあったが、脛に傷を持っていた為に社交界に出ることも適わなかったジェニファーにとっては悪くない話だった。


「当たり前だわ。あなたのお父様が私に残してくださったものをあなたがとやかく言う権利はないのよ。私は男の庇護が必要な小娘ではなく、未亡人。あなたの継母なんですからね。それなりの敬意を払ってもらわないと困るわ」

「よし、わかった。そっちがその気なら、父との婚姻の事実がなかったと触れ回ってやる。身一つで実家に戻るんだな」

「十年以上、私を妻として連れ回していたあなたのお父様の顔に泥を塗る気? そんなことをしたら、あなたのお子さんたちの縁談にも響くとわかっていて、そんなことを言うのかしら?」

「お前が父の財産を相続するからだろうが、アバズレ!」

「本宅を明け渡して、私のものになったコテージに移ってあげたのにひどい言いようね」

「お前が父と結婚する前に純潔を失っていたことは知っているんだぞ!」

「それがどうしたの? お父様は経験がなくて痛がる小娘を一々相手にするより、楽しみを知っている小娘のほうがいいとおっしゃってたわよ。お父様が無垢な娘をいたぶる変態ではなかったことに感謝しなさいな」

「このアバズレがっ!!」


 殴りかかろうとする義理の息子に負けじとジェニファーは澄ました表情で迎えた。

 しかし、怒れる男への恐怖でスカートの中では足が震えている。あらゆる男を手玉に取ってきた女のように話していても、ジェニファーは良家で生まれ育って良家に嫁入りした未亡人だ。お行儀の悪い男には免疫がない。


「私に一つでも傷を付けてごらんなさい。金に汚い義理の息子が夫を亡くして悲しみに暮れている私に、財産を渡すように迫って暴力をふるったと治安判事に訴えてあげるわ!」

「誰がそんな戯言を信じるものか!」

「あなたが金に汚いのは有名な話でしょう? そのせいでお父様は財産のほとんどを私に残すか信託財産にして、あなたの手には四半期ごとの手当てが届くようにしたのよ。それを私に財産を放棄しろと言うなんて、お門違いよ」

「くそっ! 言いたいことを言いやがって! 父の財産は僕の物だ。お前の物なんかじゃない!」

「あなたの物じゃないわ。あなたのお父様の物は子孫のための物よ。あなたが使い果たしたら、あなたのお子さんにもお孫さんにも引き継げないじゃない」

「僕はそれを増やそうとしているんじゃないか」

「そう言って、お父様がもう四半期の手当て以外出さなくなるまで毎晩ギャンブルにつぎ込んで、奥さんがドレスの新調をしたのがいつだったかおぼえていて? 嫁と孫が可哀想だからと、あなたのお父様がいつも仕立て屋を呼んだり、食事を届けさせたりしていたのよ」

「何を言うんだ! 妻には持参金があるだろう? それでなんとかできたはずだ!」

「その奥さんの持参金を一年以内に使い切った馬鹿は誰? それすらも記憶にないなら保養所に入ったら如何かしら? その費用なら出してあげてもいいわよ」

「お前の持っている金はみんな僕の金なんだ! それを我が物顔で使おうなんて、許さないからな!」

「あなたみたいな半人前の男がいるから、あなたのお父様は私と弁護士に管理を任せたのよ。恨むなら、自分の軽いオツムを恨むのね」

「お前なんか使用人と火遊びをしてまともな結婚もできなくなったアバズレのくせに!!」

「私はそのことを恥じたりはしないわ。だって、私たちは愛し合っていたもの」

「相手は使用人だぞ?」

「それがどうかした? 使用人は人間じゃないとでも言うわけ?」

「使用人は使用人だ」

「あなただってメイドを部屋に引きずり込んでいるのに、メイドは人間じゃないって言うの? あなたは獣姦をしていたって言うの? なんて罪深い。ああ、神様。私の義理の息子は畜生に欲望を持ち、獣姦をおこなうような罪深い人間です。あなたの御許にいる夫の息子なんです。どうか、御慈悲を・・・!」

「くそっ・・・!! 今日のところは帰ってやるが、次来た時には僕が望む返事をするんだな!」

「汚らわしい背信者が好き勝手言わないでちょうだい!」

「僕は背信者じゃない! お前なんか娼婦じゃないか!」

「私はあなたが買うような安っぽい女じゃないのよ。愛している相手以外は結婚相手しか嫌なの」

「アバズレのくせに相手の足元を見ると言うのか?!」

「当たり前よ。それがあなたとあなたのお父様との違い。私は自分の価値を知っているし、あなたのお父様は私の価値をご存じだった。でも、あなたにとって自分より身分のあるレディですら、自分より下で、人間だとは思っていない。義理とはいえ母親に当たる私に敬意を払わないようにね」

「!! お前のようなアバズレに結婚なんてもったいない! 次、来る時には今日言ったことを後悔させてやるからな!」

「あなたの言う通り、私は娼婦だから高いの。我が家への援助だけでは支払えないくらいにね。あなたのお父様はそれをご存じだったから、私と結婚し、財産を残したのよ。それがわからないうちは来るだけ時間の無駄よ」

「・・・!」


 憎々しげに睨んだ後、義理の息子は別れの言葉すらかけずに去った。

 力任せに閉められたドアは大きな音をたてて閉まる。あまりの音の大きさにジェニファーは耳鳴りがして、顔を顰めた。


「まったく、もう。あのドラ息子ときたら、父親の金や遺言を何だと思っているのかしら?」


 コテージのノッカーが力強く叩かれ、ジェニファーは義理の息子が戻って来たのかと溜め息を吐いて、言いながら玄関のドアを開けようとした。


「しつこいわね。何度言われようと、駄目なものは――」

「昔からオレがしつこいことは知ってんだろ。諦めろ」


 義理の息子ではない声にジェニファーの言いかけた言葉が途絶えた。自分の失態にサッと顔から血の気が引く。

 思考が止まったまま来訪者の顔を見る。

 髪や目の色よりも、よく切れるナイフのような鋭い眼光に米神に付いた切り傷が目を奪った。それだけで、まともな職業ではないと一見してわかる。

 何故、そんな職業の人間がこの家を訪ねてきたのか、ジェニファーには心当たりなどない。ジェニファーは良家の娘で、良家の後妻になっただけの女だ。後ろ暗いことなど何一つしていない。

 男が知り合いだと言わなければ、亡夫がこういう輩とジェニファーの知らない繋がりでもあったのだろうかと、疑っていただろう。

 だが、ジェニファーには裏社会に生きているような人物の知り合いはいない。彼女の世界は生まれ育った家と家が属する階級の家々だけだ。同じ階級の人間とそれに仕える人々しか知り合いはいない。

 けれど、男の顔に見覚えがあるような気がした。

 もっと、肌が日に焼けて浅黒かったら。

 もっと、顔が幼かったら。

 もっと、体の肉付きが悪かったら・・・――


「シェーン? シェーンなの・・・?」


 何年も前に家を追い出された恋人が生きていることは結婚する時に夫が調べて教えてくれていた。

 それからも毎年、彼が生きているかどうか、夫は約束通り教えてくれた。

 年端もいかない身で故郷から追放された恋人が生きていけるように便宜を図ることと、彼が生きているかどうか教えてくれること。それがジェニファーが夫と結婚する時に取り決めた条件だったから。

 頼りない長男から家とその妻子を守ることと引き換えに、ジェニファーが強請ったことは恋人の安否。

 生きていることは知らされていても、現状を言わないで欲しいとジェニファーは夫に頼んでいた。恋人が既にジェニファーとのことを過去のものだと割り切り、別の女性と結婚したことなど聞きたくなかったから。

 だから、ジェニファーは恋人の安否だけを聞いた。

 親の言いつけや社会の暗黙のルールを破ってしまったジェニファーに許されていることはそれだけだった。

 これ以上、実家や両親に泥を塗るわけにはいかなかった。


「でも、どうして、そんな恰好で? それになんでここがわかったの?」

「お前の旦那の世話になりたくなかったから、提案された後も自分の力で生きてきた。オレがここに来たのはお前の旦那から連絡が来たからだ」


 まだ成人前だったシェーンが家を追い出され、紹介状もなく生きていくのは大変だっただろう。結婚する時に夫に調べてもらった結果が死亡や行方不明であっても、ジェニファーは仕方ないと思っていた。

 だが、シェーンは生き抜いていた。

 その上、夫との契約にあった生きていけるように便宜を図ってもらうことを拒否していたとは知らなかった。

 人生を狂わせてしまったジェニファーの償いを受けて、別の女性とやり直すことも夢ではなかったというのに。

 それを断って、ジェニファーの夫からの連絡を受けてここまで来る義務など何もないというのに。


「でも、彼は死んだのよ」

「直接、連絡してきたのは弁護士だ。自分が死んだら、お前のことをオレに伝えるように頼んでいたそうだ」

「レナード・・・」


 死んだ夫の契約にはなかった気遣いにジェニファーは言葉を失った。亡夫はギャンブル狂いの長男のことを気にして再婚したが、再婚相手であるジェニファーが未亡人になった後のことも考えてくれていたのだ。


「ジニー。お前の旦那は懐のデッカイすげぇ男だな」

「ええ、本当に。あなたとこうして再会させてくれるような夫は彼くらいだわ」


 ジェニファーにとって、夫は恋人への償いをしてくれる契約相手だった。

 夫だったその人の死にジェニファーは初めて涙した。葬儀の時も上司で、仕事仲間だとしか思っていなかった。


 しかし、今は違う。


 彼は夫だった。

 彼は舅としても、祖父としても立派に役目を果たしていた。唯一、失敗したのが父親役だった。

 嫁と孫への償いを代わりにしてくれる相手と再婚したにすぎなかった。

 それでも、後妻であるジェニファーの幸せを祈ってくれていたのだろう。


 初めて夫の愛に気付いて涙を流すジェニファーをシェーンは泣き止むまで抱き締めていた。




 そして、レナードの望んだ通り、二人の時間は止まっていたあの時からようやく動き出した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 固有名詞も無い義理の息子さんは近いうちに「不幸な事故」にあってもらったほうがいいんじゃないかな?嫁と子供がマトモな人なら主人公さんがどうにでもできようし。
[一言] 夫が恋のキューピッドかよw ギャルゲーとかで主人公の為にやたら情報持って来てくれる友人キャラを思い出した。(お助けキャラ) 一番幸せになってほしい部類のキャラだわw
[良い点] 四半期毎にのお金は本来嫁と子に使うはずがギャンブルに使われそうで、あらかじめ弁護士とで用途を決めていたと見た!
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