ある平凡な雪の日の話
きょうは ゆきがふって いました。
おそとにも たくさんつもって いきがしろく なりました。
12月25日。
今日だけは、お母さんが僕にパイを焼いてくれます。ベランダからおうちの中にいれてくれます。今日だけは、お父さんがお家に居ないから。久しぶりのお家の中は、暖かくて柔らかい匂いがしました。
やっぱり今日もお母さんは僕のことが見えないようで、温かいパイは床に置いてありました。形が崩れてしまっているけれど、ミートパイからはいい匂いがしています。
僕は床に座ってパイを食べました。食べ終わると手が油でべたべたしたので、着ていたぼろで手を拭きました。ぼろは黒く汚れていて、いくつもシミができています。
お母さんはずっとテーブルの席に座って泣いています。僕はお母さんの傍へ行くと怒られるので、部屋の隅で静かにしていました。
部屋の中はいつもより明るくて、とてもきれいに見えました。部屋の隅でも暖かくて心地がよかったので、僕は久しぶりに心地よい眠りにつきました。
どれくらい経ったのか、わかりません。僕は大きな音で目を覚ましました。
気づくとお父さんが帰っていて、お母さんは新しくパイを焼いているところでした。
お父さんからはお酒の匂いがして、動いたらぶたれるので、僕は部屋の隅でじっとしていました。
でも、お父さんには見つかってしまいます。何て言っているのかも分からないほど大きな声で話して、大きな手で僕の頭を掴んでは何度も壁や床に打ち付けました。
そのうち頭があっつくなって、目の前がボーッとしてきました。お父さんは動かない僕を床の上に放って置いて、お母さんに何か怒鳴りつけました。お母さんはぎゅっと肩に力を入れて、僕のそばに立ちました。手には料理用の包丁を持っていて、その時だけは、お母さんにも僕の姿が見えているようでした。
突然、窓ガラスが弾けました。光を反射して、透明な雪みたいにキラキラ綺麗に光っていました。それから突然、窓の外から知らない男の人が家の中に入ってきました。髪もコートも真っ白で、同じく真っ白なストールを首に巻いていました。
「あぁらら、お楽しみのところごめんなさいね。何だかこの家、とても綺麗で幸せそうな家庭かと思ったものだから」
その人の声は平坦で、何だかふわふわした冷たさがあって、すっと僕の頭に響きました。
「ッ、誰なの、あんた!?」
「俺は、うん。そうだな。悪人だ。今からこの家の人間を殺して、盗んで、どこかへ逃げるからな」
男の人はニコニコと笑っていました。真っ白で綺麗で、僕はその人が天使だと思いました。
男の人は何かを叫んでいるお母さんの首を小さなナイフで斬り裂きました。真っ赤な血がそこらじゅうに飛び散って、男の人にもかかりました。コートが赤く染まるのも気にかけず、男の人は怒鳴っているお父さんのことも斬りつけました。最初は腕、次に胸とお腹、最後に倒れ込んだお父さんの首を刺し斬って、男の人は笑いました。とても澄んだ声でした。
真っ白な髪もコートもストールも、最初からそうだったように真っ赤に染まっていたので、僕はこの人が本当は天使ではなくサンタさんなんだと分かりました。今日は、サンタさんが良い子にプレゼントをくれる日なのを知っていたからです。
「サンタさん、お願いです。サンタさん」
僕は床まで届くサンタさんのストールの端を握って見上げました。
「なんだ、お前生きてたのか。床に落ちてるから死んでるのかと思ったぜ」
「サンタさん、お願いです、僕をここから出してください」
サンタさんはしゃがみこんで僕を見ると、にぃっと笑いました。
「俺はサンタじゃないけど、お前のことは気に入ったから連れていってやるよ。でも、その格好じゃ汚ねぇなぁ……ほら、これでも羽織ってろ。どうせすぐに捨てるしな」
サンタさんは着ていたコートをくれました。
僕は、今もこの人と一緒に生活しています。いろんな国へ行って、色んなことを教えてもらいました。一人で生活していく術や、ナイフや銃の使い方も。
この人は相変わらず真っ白な格好をしていて、僕はあの日のような赤いコートを羽織っています。
「さぁ、今日はどこへ行こうか」
プレゼント……