6、密入国
6、密入国
智樹に文句を言われながら、現実世界に帰って来た。
「え~!もう戻るの~?せっかく冒険者の称号もらったのに!クエスト受けられるんだからもうちょっとやろうよ!」
「ダメダメ!私明日テスト!智樹だって宿題も終わって無いでしょ?夕飯までに時間無いんだから、智樹も早くやりなよ?」
「え~!だって…………」
だってじゃないよ!
「成績下がって塾にでも入れられたらゲームの世界に行けないよ?」
そう言うと、智樹はしぶしぶ宿題を始めた。小学生はお気楽でいいよ。受験が無い。
私の方がヤバい。志望校のほとんどがD判定。やる気より絶望感しかない。
そんな現実世界とゲームの世界を行き来しているうちに、ふと気がついた。もしかして、勉強…………持ち込めるんじゃね?
私は簡単な勉強道具をトートバッグに詰めて、ゲームの世界に出掛けた。
それを見たラルに注意を受けた。
「異世界に勉強とかナンセンス!今すぐ教科書を閉じろ!」
「何でよ!私一応 受験生なんだけど?」
「ジュゲム?製?……なんですね~!でも……でも……でも、でも、でもでも、そんなの関係ねぇ!!」
古いっ!ギャグが古い!!
「あなたが気にするべきは、碧の冒険者の称号!」
「ね~それって自宅に配送してくれないの?」
「できるかーい!!」
私は教科書を閉じて単語帳を取り出した。
「それに、そろそろ剣を使いません?レベル的に剣が無いと厳しいですよ?」
「やだ~!だってあれ重いもん!肩に変な筋肉ついちゃう!」
「そりゃそうですよ!蒼の剣は獣人が使う物です!だから重いに決まってます!でも、碧の剣はアクアに行かないと手に入りません!だからアクアに行きましょう…………って聞いてます?」
私は単語を覚えるのに集中していた。
「ダメ!兄を見つける事が一番の目的なんだから、強い武器とか称号とかどうでもいいの」
「でも、その人探しだって称号が無いと……」
「別に智樹のがあるし」
智樹の所には、他のユーザーからメッセージが沢山届いていた。その中に兄のがないか探したけど…………残念ながらユーザー名では兄かどうかはわからなかった。
「私達が向かうのはプールス!そこ一択!!」
ラルがため息をついて言った。
「わかりました。そこまで言うなら、プールスに行きましょう。ただし、正規のルートでは無いので、くれぐれも慎重に」
その正規のルートではない行き方とは、1日1便しかないプールス行きの飛行船の貨物に紛れる事。
私達は夜になると、プールス行きの貨物倉庫に忍び込み、小麦色の袋を何個か外に出して狭い木箱の中に入った。
「狭~!これで本当にプールスに行けるの?」
「明日の朝一番の便が、プールス行きです。それを逃すとしばらくは厳しいですね」
「え?じゃあ、今回がラストチャンス?」
じゃあ、やっぱりこっちを優先しといて良かったじゃん。
智樹は自分のリュックからお菓子を出し始めた。
「まぁ、これ、密入国ですからね。バレたらしばらくは無理でしょうね~」
「え!?そうゆう意味!?」
それ、バレたらまた牢獄行きじゃないの?ねえ?
そんな会話を聞きながら、智樹はうまみ棒をあけて食べていた。
「あ、いいな~!私にも一本ちょうだい」
「やだよ!莉奈は帰って食べなよ」
「智樹のケチ!」
智樹はもう一本をラルにあげていた。
「ラル、あげる。これ、好きかな?うまみ棒チーズ味だよ」
「え?これを、僕に?」
ラルは感激のあまり震えていた。何これ?あんた達ラブラブ過ぎでしょ?
「あ、人参とかの方が……良かったかな?」
「いいえ!トモキのくれるものなら何でも嬉しいです!!」
そう言ってラルはうまみ棒にかじりついた。
「うっま~!これ、マジ旨~!」
「気に入ってもらえて良かった~!」
そりゃ旨いでしょうね。何なら世界一旨いと思うけど。
それにしても…………暗くて勉強にならない。こんな事ならスマホを持って来れば良かった。スマホは圏外だから置いて来たけど、ライトとか音楽プレイヤーとか写真とか、色々使える事に気がついた。今度から持って来よう。
「僕は持って来たよ!」
智樹はリュックの中から、携帯ゲーム機を取り出した。ゲームの世界でゲームするって…………どうゆう事!?
「ねぇ、時間の早送りとかないの?」
「チッ!これだから現代っ子は!じっくり待つ事もできねぇのか?」
「だって…………なんか、時間が勿体ないって言うか……」
ラルは深いため息をついた。
「我々の世界よりよっぽど長い時間を過ごせるのに、時間が勿体ないだなんて…………それは生きにくい世界ですね」
「そうかもね。特にさ、レールから外れた人間に対して風当たりが強いんだよね」
兄の事を話す近所のオバサンの話を聞くと、自分は逃げられないと思った。
ベルトコンベアに乗せられた私達は、少しでも規格が違えば弾き出され、かと言って一点物ほどの輝きはなく、中途半端はどうしていいかわからず持て余される。
「冒険者がこっちの世界に来たがるのも無理もありませんね」
「私ね、異世界から来たからって、特別とかやっぱり違うと思う。この世界にだって努力して、もがいてる人が沢山いると思う。そう思うと、冒険者の称号って下手にもらっちゃいけないんじゃないかな?」
智樹には冒険者の優遇があれば、宿や食事の心配はない。それに、何より本人がゲームだと割り切っているから、称号を持たせたけど……
だけど私は……あの、蒼の王子の言葉が頭から離れなかった。
『俺達はこっちが現実やねん。一度死んだらおしまいや』
「そうですね。冒険者はその全てをかけて、この世界を守る存在です。我々はそう願います。しかし、あなたは目的が違う。そう思うと、碧の冒険者の称号を得るのは少し違うかもしれませんね」
生半可な気持ちで、世界を守るとか言えない。この世界で本気で冒険するつもりもないのに、冒険者を名乗る資格なんてない。
いつの間にか智樹が寝ていた。
「あーあ、ゲームの途中で寝てる。バカだなぁ」
私はゲームを消して、マントを広げて智樹にかけた。すると、ラルはその寝顔を見て言った。
「それでも、トモキを守る為にアクアの剣を手に入れましょう。そうでなければ、これからの身の安全は保証できません」
「じゃあ、プールスの剣は?」
「それこそ相性最悪です。自分が碧の騎士という事をお忘れですね?」
ラルはイライラして言った。
「これから行くプールスは、あなたにとって最悪の地です。今度こそよく覚えておいてくださいね?」
ラルはもう面倒はごめんだと言う顔をしていた。
「プールスは比較的新しい国です。元々鳥人達はプルスに住んでいました。蒼のエリアに属していたのです。しかし、獣人達と折り合いがつかず、空中都市を築き、鳥人達によって独立国家を立てたのです」
「そうなんだ~!やだな~現実世界でも世界史覚えなきゃいけないのに、こっちでも世界史って……」
ラルは腕を組んで、鼻息を荒くして言った。
「そんなのどこの世界にいても同じです!自分のいる世界を知らなければ、自分の置かれている状況や行く末を知る事はできませんからね!」
え~?そうゆうもん~?
「まぁ、トモキの安全を考えれば、やっぱりアクアに行ってからのが良かったんですがね」
「まだ言うの?」
「当たり前です!武器はそこら辺で拾った木の棒、防具は初期のろくに防御力の無い、客寄せみたいな衣装。それも見るに絶えない露出」
私は何となく恥ずかしくなってトートバッグを胸に抱いて体を隠した。
「おまけに、教科書に単語帳と来れば……正直、かなり萎えます」
「ヤメテ~!そんな死んだ魚の目でこっちを見るのヤメテ~!」
すると突然、ラルがしっぽで私の口をふさいだ。
「しー!」
しばらくすると人の声が聞こえて来た。
「おーい!さっさと運び入れるぞ~!」
「せーの!」
どうやらいよいよ、荷物が運び込まれるようだった。ガタゴト音を立てながら荷物が積み込まれて行った。
そのうち私達が入った木箱が揺れて、バレるんじゃないかと思って冷や汗が出た。
本当にこんな方法で上手く行くの!?