30、独り
30、独り
このアクアからプルスに向かうには、連絡船に乗るか『魚の水』で泳ぐしか無いらしい。
連絡船を待つ時間がもどかしくて『魚の水』を使ってみた。
「ギャーーーーー!!」
鏡の中の自分を見て驚愕した。
「何で!?どうして!?」
「どないしたん?」
「いや、これ!」
ラルに気が早いと笑われた。笑ってんじゃねーよ!こっちは笑えないんだよ!!
『魚の水』は、その名の通り、魚人ではない種族が魚になれる薬だった。でも、てっきり女王みたいに人魚になるのかと思ってたのに!!魚人になるなんて…………
サファイア王子が私を見て、また涙を流した。だから何でよ?そして、やっぱり鼻血を出して倒れた。
いや、だから…………
「そら、サファイアには刺激的過ぎるやろ~!」
「いやいや、どこが?ただの魚人じゃん」
「サファイアにとっちゃ、ただのボインのねーちゃんや。ヤバいな~あいつ絶対にお前にホレたで?プルスについて来るかもわからんな?」
ちょ、ちょっとそれは…………
と、思っていたら…………ついて来た!!まじか!!まじでか!!何故か連絡船に乗ってる!!
すぐに元に戻す薬を使おうと思ったけど、ラルに変装代わりにそのままでいるように言われた。確かにこれで、一見冒険者には見えない。
連絡船は大きなイルカのような形の乗り物で、中は飛行機みたいだった。
爆発テロがあったせいか、手荷物検査や身体検査がなんだか厳しかった。
「アホか、検査した所で見つかるわけないやろ」
ラルが小声でそう言っていた。
あの『透明な水』は世に出回って無い物だった。あれを爆発物だと判断するのは難しい。ラルでさえ、あれが爆発する物だとは知らなかったと言っていた。
私はラルを膝の上に乗せ、窓際に座った。隣にサファイア王子が座った。ち、近い…………魚が近い……。
しかもなんかベタベタしてる……。隣でサファイア王子が油汗をかいていた。
「サファ……さっちゃん、大丈夫?」
「れ、連絡船は……初めてで……」
「こいつ乗り物乗れんのや」
いや、だったら無理してついて来なくていいから。
「あのさ…………ラルは誰を蘇らせたいの?」
「はぁ?ちゃうで?俺が使いたいのは、水の効能やのうて、水の稀少性や」
「稀少性?」
『purusaqua』その稀少価値を利用して国を動かそうとする輩が数多くいる。自分もその1人だとラルは言った。
「俺に言わせれば国王が優しい国なんさっさと滅びる。プルスはアクアのような古来からの神聖な力や人々の活気は無い。かといってプールスのような新しい技術力があるわけちゃう。戦争になって一番に滅びるんはプルスや」
「なんか…………」
「なんや?」
ただのクソ関西弁だと思ってた。
「ラルも一応王子なんだね」
「一応ってなんや?」
何となく、婚約者にされた理由も解った。私も、多分…………『透明な水』と同じ。兄を誘き寄せるための餌。
だって、兄は『purus aqua』に一番近い男だから。
「全然餌になってないじゃん!!」
「バカ!デカイ声出すな!」
「ご、ごめんなさい。すみません、すみません」
私が周りの人に謝っていると、サファイア王子が気絶した。
「あぁっ!さっちゃん!!」
すると、乗務員が「どなたか賢者様はいらっしゃいますか~?」と声をかけ始めた。
「あ、大丈夫です!大丈夫ですから!さっちゃん、起きて!起きて!」
私はサファイア王子の頬をペチペチ叩いた。うわっベタつく!正に青魚の叩き?
「あ、気がついた!大丈夫です!ね?大丈夫だよね?」
今度は涙を流して鼻血を出して失神した。
こいつ、めんどくせぇええええ!!
そんなこんなで、やっとプルスの連絡船乗り場についた。外に出られた時にはもうぐったりだった。疲れた…………
でも………………
「プルスの家に寄ってもいいかな?」
「寄ってどないすんねん?」
「あの…………着替えとか荷物の整理とか……」
ラルは少し考えて、許可してくれた。
え?何?許可とか何なの?もうガイドじゃないんだから別に一緒に行動しなくても………………
別に一緒に旅をする理由もない。智樹もいないし…………
私は…………独りだ。
誰もいないプルスの家に入ると、一目散にクローゼットに入った。クローゼットの中で、泣き叫んだ。
「うわぁああああ…………」
もう、誰も…………その扉を叩いてはくれない。
こうして、その晩は暗いクローゼットの中で一晩中泣き明かした。
次の日の朝、ラルの姿はどこにも無かった。
1人でも、現実世界に帰ろう。私だけでも帰って、智樹を早く病院に入れてもらって、お母さんを安心させてあげよう。
旅支度を始めると、背後に人影が…………
「ギャーーーーー!!」
そこには青魚がいた!!何で!?何でいるの!?
「………………」
しかも、相変わらず無言で泣いてるし!!
まぁ、誰もいないよりはマシか…………
「もしかして、死者の神殿に一緒に行ってくれるの?」
サファイア王子は黙って頷いた。
私が「じゃあ、よろしく」と手を差し出すと、さっちゃんは恐る恐る手を差し出して来た。その水掻きのついた手で握手した。
うわぁ…………水掻き…………
すると、やっぱり鼻血を出して倒れた。
ちょっと!!もういい加減にして!!私はさっちゃんを支えて床に静かに寝かせた。
そして、ふと、ソファーの前のローテーブルの下に何かが落ちているのに気がついた。
「ちょっとごめん」
私は倒れたサファイア王子をまたいで、ローテーブルの下を見て、手を入れて取り出してみると…………それは…………
赤いリボンだった。
「こんな所に落としてたんだ…………待って?」
自分のリボンはアイテム画面にあった。プルスで買ったリボンは、魚人にはつけられなかった。だから、アイテムボックスに大事にしまっておいた。
じゃあ、これは誰の?アクアにいたときは全員ついていたはず………………
リボンの後ろを見ると、何語かわからない言葉で一言書いてあった。何かの暗号?それとも誰かの名前かな?
プールスの闘技場の看板といい、このリボンに書かれた言葉といい、この世界の文字は読めない。
私はそのリボンを大事にアイテムボックスに入れた。神殿までの間に、この文をなんて読むか青魚に教えてもらおうかな?
しばらくすると、青魚が起きて出発する事にした。
「あのさ、気絶するのどうにかなんない?」
「………………」
青魚はまた無言で涙を流し始めた。うっぜぇええな!!
家の外に出ると、見慣れた姿がそこにはあった。白くてふわふわで赤いリボンのついたウサギ。耳を整えると、くるっと回って見せた。
いつもより決まってる気がする。何気合い入れ直してんの?
「お出かけですか?死者の神殿へ向かわれるんですね?僕が案内します!」
「ラル………………何でいるの?」
「いちゃ悪いのかよ!」
私はいつものようにラルの頭を撫でた。
「別に~?プルスに着いたから逃げたのかと思ってた」
「逃げるかいな!なんや、サプライズっちゅうのはもっと普通感動せーへん?」
「そこが可愛くないんだよね~」
私がラルを抱き抱えると、ラルが小声で言った。
「アホか……お前を1人にするわけ無いやろ?」
こいつ、ちょっとは可愛い所あるかも。




