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29、タイムリミット

29、タイムリミット



そういえば過去に一度だけ、こんな事があったのを思い出した。


それは、私も兄も幼かった頃、お兄ちゃんを追いかけていたらお兄ちゃんの持っていたオモチャが当たって、顔に傷ができた。今でも顎の所にうっすら筋がついてる。


その時に、母が兄に言った一言が今でも記憶にある。


「莉奈は女なのに…………跡が残ったらどうするの?」

「………………」

「何も言わないのね。そうゆう所、あの人にそっくりね。だから嫌いだわ」


母が兄を嫌いと言った。私は一気に不安になった。


母のその嫌悪感漂う顔が……忘れられなかった。でも、子供ながらに、あの人というのは父の事だと思っていた。


今思えばその嫌悪感から、あの人というのは母の離婚した元夫……兄の実の父親の事なんじゃないかと思えた。


その後も、兄は母に度々叱られていた。それは、兄だからとか、私は女だからとか、理解できない事が多かった。


今にして考えると…………兄として責任を問われる事もあったし、母に疎まれていたなら…………少しは理解できる事もある。


兄はいつも「大丈夫だよ。莉奈は僕が守るからね」そう言ってくれた。


それでも、兄が家族が嫌になって、異世界に来る理由になり得るかもしれない。


兄は今でも…………私や母を恨んでいるんだろうか?




あれからもう丸1日。


あの爆発の後から、智樹からの連絡が途絶えた。


現実世界に帰れなくなって、そろそろ5日が経つ。5時間も目が覚めなかったら、さすがの両親も異変に気がつくはず。現実世界では、もう夕方の6時くらいだから、母が帰って来るはず…………。


でも、もし、今すぐ帰れたとしても智樹を残しては帰れない。


目が覚めると、目の前に青い魚人がいた。


「ギャーーーーー!!」


近い!近い!近い!!アップはキツイ!!


青い魚人が黙って私の顔を覗き込んでいた。少しホッとした様子で私から離れて椅子に座った。多分、これが本物のサファイア王子だ。


辺りを見回すと、壁にポッカリ穴の開いた部屋にいた。あれ?ここって……………………


「あの…………ラルは…………?」


すると、サファイア王子はその水掻きのついた手で私の寝ていたベッドの足元を指差した。そこには小さな白い毛の塊がスースー寝息を立てて寝ていた。


「ラル…………」


私はラルの毛をそっと撫でた。大丈夫、傷が残ったりはしてなさそう。


その後、私は智樹にメッセージを送った。


『どこにいるの?すぐに連絡して』


返信は…………無い。


「おかしい…………」


ラルが起きて、体をぐっと伸ばして耳を振って言った。


「最後に返信があったのは爆発の直後だった」

「じゃあ、じゃあ生きてるって事だよね?」

「落ち着け。死んでいたらnoaddressでメッセージすら送れんわ。莉奈とはパーティーを組んでいるから離脱した事の通達が来るはずや」


メッセージも送れるし、意識解除された通知も無い。


「誰かに捕まってるとか!?」

「最後のメッセージはそんな感じやない」

「最後のメッセージって?」


ラルは智樹のメッセージの内容を教えてはくれなかった。本当は来ていなかったのか、それとも私に知られたくない内容なのか…………


だったらいい。本人を探し出して無事を確認できればそれでいい。


「どこへ行くつもりや?」

「深海」

「兄貴さえ見つけられないお前が、智樹を見つけられると思うんか?」


本来、兄を探しに来たのに…………兄に殺されそうになるなんて…………


また、涙が出そうになった。


「だったらラルも一緒に探し…………」


そう言いながら振り返ると、真後ろに青い魚人がいた。


「ギャーーーーー!!」

「いい加減慣れぇや」

「慣れる訳ないでしょ!?」


その青々とした肌の色、頭についた立派なヒレ。艶やかな肌………………


いやいや、無理!!無理だよ!無理!!


すると、サファイア王子はその丸い目から涙を流した。だから何故泣く!?


「サファイアはガラスのハートや。あんまりいじめんといて」

「いじめてないって!」


でも、見た目で判断しちゃいけないよね。冷静になってその魚人を見てみると、サファイア王子はその手に私のローブを持って差し出していた。


「あ、これ…………ありがとう」


私がローブを受け取ると、鼻から血を出して倒れた。


「ギャーーーーー!!倒れた!!」

「だから、イチイチ騒ぐなや!」


すぐに意識を取り戻したサファイア王子は、私を見るとまた気絶した。


「え?ちょ…………何これ?」

「お前の碧の気が強すぎるんや!」

「だからこれ、どうすりゃいいのよ!」


気の強さというのは、その人の強い望みや目的によって変わるらしい。


「やる気って事?モチベーションみたいなもの?」

「まぁ。そんなもんや。」


それが気の強さに関わって来るらしい。そうラルが説明してくれた。


「なぁ、莉奈、俺達先に死者の神殿へ行かん?」

「はぁ?私だけじゃ帰れないよ!!」

「ちと言いにくいんやけど…………」


何よ?やっぱり返信があったのは嘘!?


「現実世界の魂の抜けた肉体をこれ以上放ってはおけんやろ」

「魂の抜けた肉体?」

「魂の抜けた時間が長ければ長いほど、体に影響があるんや。完全なるタイムリミットは24時や。まぁ、今は病院とかで延命されるからもうちょい可能かもしれん。でも、もう6時間は抜けとる状態や」


24時の4分の1は過ぎた事になる。タイムリミットまであと18時間。こっちの世界では2週間と4日……。


余裕を持って旅をするならこれくらいは必要だと言われた。


「もしかして、現実世界では昏睡状態になってるって事?」

「多分な。24時以内なら健康で戻れる。それを過ぎたら、どない後遺症やら寿命の縮小かはよう知らん」


ラルによれば、誰かが定期的に入る事によって、現実世界の肉体に魂の抜けている時間をより短くする事ができる。そうすれば、現実世界の肉体が健康のままゲームの世界で冒険ができる。


だから、帰る方法を探すのが最優先だと言う事。


でも、どうしても私には納得がいかなかった。


「あんた、プルスの王子だよね?死者の神殿の事、知ってたんじゃないの?」

「知ってたで?でも、あの魚人の口から出て来るとは思わんかったわ」

「知っててどうして魚人を探させたの?最初から神殿へ行けばこんな事に…………」


ラルは顔を背けた。私と全く視線を合わせようとしない。


「私、ラルが信じられない…………」

「…………そらそうやろな」

「兄の事……どこまで知ってるの?」


ラルまで敵だとは思いたく無かった。


だけど、ラルがプルスの王子だという事がわかった以上、兄との何らかの繋がりがある。ラルは兄と何を企んでるの?


「どこまで?そんなんわからんわ」

「はぐらかさないで!!」

「はぐらかしてる訳ちゃう。ただ、1つ確実な事を教えたるわ」


すると、ウサギだったラルが人間に変わった。


「多分、お前の兄とは…………『purus aqua』を取り合ってる」


『puru saqua』それは、このゲームの完全クリア。不思議な力を持つと言われている透明な水。


「ねぇ、その価値って何なの?不思議な力って何?」

「それは…………『蘇りの水』や」


蘇りの水?生きかえれるって事?


「それは、肉体の?魂の?どっちもできるの?」

「わからん」


わからんって…………


兄は…………誰を蘇らせたいの?亡くなったお父さん?それとも、病気で亡くなった同級生?可愛がってくれていた父方のおばあちゃん?


それとも…………私の知らない恋人?


兄の本当の目的は理解できた。


そのためには…………私が邪魔なんだ…………。


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